I NEED YOU

リンネ

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エピソード6

別れ

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 「一掃してやるよ」
 蒼愛は呟くと、一気に顔の皮膚が割れ、黒い翼が大きく開いた。
 「おぉ!!これを待ってた!そんな格好して、俺はてめぇをぶち殺す!」
 齋藤は力強くナイフを握りしめ、蒼愛に向けた。
 「く……」
 その時、陽山は蒼愛の部屋から盗んでいたナイフを使って縄を切っていた。
 「もう少し、もう少し!」
 じりじりとナイフの刃先を擦りつけると、ようやく腕の縄が解けた。
 「よし!」
 その調子で足も解く。目が塞がれていなかった分、いくらか楽に動けた。
 陽山が次に玉森の縄を解こうと近寄ろうとした時、先に齋藤の方が玉森のところに着いた。
 「おいてめぇ!見ろ」
 齋藤は椅子に座った玉森の首に、ナイフを当てにやりと笑う。
 「変なことすんなよ?こいつを殺してやるよ」
 蒼愛は冷静かつ冷たい目で齋藤の様子を見続けた。
 すると、陽山が齋藤に飛びかかった。
 「うわっ!」
 齋藤は不意に飛びつかれバランスを崩した。蒼愛も加勢しようとすると、齋藤が怒り出した。
 「しゃーしいわ!!」
 そう言うと、玉森を強く蹴っ飛ばした。
 「ひゃっ!」
 玉森は椅子とともに床に倒れ込む。
 蒼愛はその光景を見た。
 すると、齋藤は陽山を引き剥がし、玉森の元へ行く。そのまま頬に刃先を当てた。すると僅かながら血が出た。
 「ぐあぁぁ!!」
 蒼愛が心臓を抑え、苦しみの声を上げる。
 齋藤はそれを見て面白がった。
 すると、蒼愛の様子がおかしくなる。怒らせたようだ。
 陽山はその様子を見ながら呟く。
 「堪忍袋の緒が切れた……?」
 「ぶっ殺す」
 蒼愛がそう言うと、蒼愛の背に大きな魔法陣が生まれた。
 「命に従い、排除する」
 機械的に蒼愛が言うと、齋藤はますます二タニタと笑う。
 蒼愛はお構い無しに齋藤の方へ手のひらを向ける。すると、背にある魔法陣と同じ魔法陣が生まれた。
 「どんな殺し方がいいか」
 そう言いながらも、凍てつく音がする。
 「どうせなら、息子と同じ死に方がいいか?」
 蒼愛は真顔で齋藤を見て、ふざけた様子も全く投げにそういう。
 すると、魔法陣から冷たい煙が出て、齋藤の体が凍りつき始める。
 「な、なんだこりゃ!」
 齋藤は氷を剥がそうとするが、当然ながら氷は体の一部のように、皮膚のように張り付き、剥がれる様子はない。
 蒼愛はまず、動こうとする足を凍らせて動きを封じた。そしてそこから徐々に上へ凍らせていく。
 「やめるんだ!!」
 陽山はさっきまで憎しみの溜まったような瞳をガラリと変えて、今は完全に人間の目をしていた。
 「もう遅い」
 蒼愛は冷たく放ち、陽山の顔は見ようとはしなかった。
 陽山は少しだけ悔しそうな顔をしたが、ふと玉森が視界に入り、ナイフを握って玉森の元まで走った。
 「もう大丈夫です」
 玉森の耳元で聞こえるように言うと、陽山は縄をナイフで切っていく。
 その間に齋藤の体は全てが凍りついた。
 氷の中の齋藤は恐怖に怯えた顔をしていた。これもまた、人間の顔であった。
 「ぐっ!!ゲホッゲホッ……」
 蒼愛はまた苦しそうに心臓を抑えて、血を吐いた。
 蒼愛は心臓を抑えたまま、凍りついた齋藤の元まで歩み寄る。
 すぐそこまで近づいて、深呼吸して、齋藤の頭をめがけて思いっきり蹴っ飛ばした。
 その瞬間、丁度玉森の目を塞いでいた布がとれた。すると、あの時の光景が蒼愛と玉森の頭の中で蘇る。
 凍りついた齋藤の頭が蒼愛の足によって飛び、それを玉森が見つめている。
 あの時の記憶。そして蒼愛の中で何かが走馬灯のように思い出された。
 いままで憎しみをひた隠し、玉森に怪しまれないように過ごしてきた毎日。
 すべてを知られたあの瞬間。初めて言い争いになったあの日。
 頭を蹴っ飛ばしたあと、蒼愛の瞳から不意に涙が溢れた。
 足を床につけると、蒼愛は玉森から顔を隠すようにすぐに背を向けた。
 「蒼愛ちゃん……」
 玉森はゆっくりとその身を立ち上がらせて、蒼愛に近づく。
 「来ないで!」
 玉森はその声に驚いていた。明らかに声色も話し方もあの頃に戻っていたからだ。
 「こっち向いて、蒼愛ちゃん」
 「ダメなの!もう見せる顔なんかない……」
 すると、玉森が強引に蒼愛の肩を持って自分の方へ向かせた。
 蒼愛は玉森の顔を見ようとはしなかった。
 玉森はそれに対し、罪の意識があると思い、蒼愛の頬に優しく自分の手を持っていく。
 蒼愛の頬には暖かく優しく柔らかい感覚があった。蒼愛は不意に父親を思い出す。気づくと玉森と目が合っていた。
 「怖くないの?」
 「全然」
 蒼愛は目を逸らした。すると、玉森はつかさずそれを指摘する。
 「私を見て」
 優しくそう言われると、逸らした目線を玉森に寄せ、再び目を合わせる。
 今の玉森には、酷くひび割れた頬も、大きく開いた黒い翼も、赤く染まった瞳も全部、蒼愛であることを受け入れられる準備が出来ていた。
 「ありがとう。そしてごめんね、やっと会えたのに優しくしてあげられなくて」
 玉森は涙目になりながら泣きそうな声で言った。
 すると、急に蒼愛が苦しそうな表情になった。
 「ゲホッゲホッゲホッゲホッ」
 蒼愛は玉森から離れて後ろに何歩も下がり、咳をする。咳には大量の血が混じっている。
 「もう、時間が……」
 蒼愛は苦しそうに小さく呟いた。
 すると、徐々に蒼愛の体がすけ始めた。
 「蒼愛ちゃん!」
 「ねぇ、覚えてる?」
 「何を……」
 「私が誰だか、覚えてないかな?」
 玉森は蒼愛の赤と青に輝く瞳を見つめた。
 不意に蒼愛の赤い方の瞳から血が流れた。しかしそれを蒼愛は拭い、顔を上げて玉森を見た。
 「緋彩」
 蒼愛は初めてあった時と同じような優しい声でそう言った。すると玉森の中でなにかの記憶が蘇る。
 記憶の中には、高校の頃の蒼愛によくにた人物。その人物が自分を読んでいた。
 『緋彩』
 玉森の記憶の中でそれと今が完全に合致した。途端に玉森の瞳から涙が溢れ出す。
 するとその瞬間、蒼愛は青白い光に包まれ始めた。
 「思い出させてくれてありがとう。今までごめんね。殺意のせいで緋彩がわかんなかったの」
 「まさか……樋川莉緒……莉緒ちゃんなの?」
 「遅くなってごめん。そうだよ、緋彩」
 蒼愛はさっきの、殺意で満ちた表情とは違い、優しさで満ちた笑顔だった。
 「緋彩に教えて貰った、命の重さ。なのにもう忘れていたの」
 「でも莉緒ちゃんはあの時……」
 玉森の言葉を遮って蒼愛が話し出す。
 「そうだよ。死んだ。間違いなく地面に落ちて、たしかに死んだよ。でも、天国でいいことがあったの」
 蒼愛は自分の心臓の場所に手をあてた。
 「悪魔に会ったの。神に逆らって地に落ち、復讐を果たせと、命令を受けたの。輪廻転生だよ。死んだ高校時代に」
 完全の霊として成仏できなかった蒼愛は、行き場をなくしたまま、地獄の悪魔にであったのだ。 そして「復讐を果たせ、そうすればお前の居場所は現れる」その命令を蒼愛はうけたのだという。 
 「そうすれば、居場所は現れる。そう言われて、それに従って復讐対象を殲滅した。でもね、悪魔と交わした契約内容の1つを、私は破ったの」
 悪魔との契約の内容には、「人間の手助けをしない。誰にも干渉せずに復讐を果たすこと」それが約束されていたはずだったのだ。
 しかし蒼愛はそれを破ったのだ。
 あの日、あの瞬間に蒼愛は悪魔との契約内容を破ったため、蒼愛はバツを受ける必要があるのだ。
 「罰を受けなきゃならない。それに、神に逆らった罰も」
 「そんなこと……そもそも、莉緒ちゃんを苦しめた人達が悪いんじゃない」
 玉森は状況の収拾がつかない様子で、蒼愛に涙目で問いかける。
 「そう言いたい。言い訳を言えるなら、そう言いたい。それでも、私が選んだ結果だよ」
 玉森は大粒の涙をこぼして、蒼愛に近寄ろうとする。
 「ここから抜け出して、また2人であそこに住もう?今度は陽山先生もいるのよ。あなたはくるしくないはず」
 玉森は蒼愛の左右異なる瞳を、悲しみに満ちた目で見つめる。
 一方で蒼愛の体は徐々に足から上に向かって消えていく。
 「ごめん。それは出来ない。でも、もし神に罰をくらいこの世界から私が消えても、きっとまた生まれ変わるから」
 玉森は重い足を、持ち上げて踏ん張って蒼愛に歩み寄る。
 「そしたら、きっとまた巡り会える」
 蒼愛はとうとう腕も消えていた。
 「きっと会える、絶対に蒼愛ちゃんを……莉緒ちゃんを探すから!」
 玉森は悲しみと苦しみを抑えて、蒼愛にそう言う。
 「ありがとう……蒼愛……素敵な名だね……その名前、大好きだよ」
 蒼愛はそういう瞬間、赤い瞳から血を流し、青い瞳からは透き通った綺麗な涙が流れた。
 玉森は消える前に1度抱きつこうとしたが、それよりも早く、蒼愛の姿がまるで風に吹かれるように消えてしまった。
 消える瞬間、蒼愛の瞳から流れた、清く透き通った涙が落ちた。
 その涙は、まるで悪魔がながす様な涙とは思えなかった。かつて人間だったものが流せる、人間の涙であった。別れ際に見せた笑顔も、本当に悪魔だとは思えなかった。
 
 目の前で消えた蒼愛は、たった1つの黒い羽根を残して、会えないものへと変わり果てた。
 玉森の横には、頭の取れて凍りついた死体。玉森のすぐ側には、涙を堪える陽山。
 そして外からは警察の警報が聞こえる。
 玉森は、力なく床に座り込んでしまった。そのまましばらく立つことが出来ないまま、漆黒に染まった羽根を両手で握りしめて静かに涙を流し続けた。
 陽山はしゃがんで、玉森の肩にそっと手を置く。
 何もなくなってしまったこの空間が虚しく、静かに時間が過ぎた。
 警報の音が静かに聞こえた。玉森の涙は絶えることがないまま、床にこぼれ落ち続けた。
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