4 / 4
乾 真一(55歳男性)の例:1.5
しおりを挟む乾 真一(55歳男性)の例:1.5
——自宅——
「今日のお天気は晴れ、雨の心配は無さそうです。」ディスプレイの中で、ニコニコしながらそう伝えるお天気お姉さんを何の気なしに見て、真一はテレビに背を向けて小さくため息をついた。
真一の頭の中はここ数年間ずっと、娘の大学資金をどうするかという難題に占拠された状態だった。
こうして何かにつけて現実を思い出して苦悶している。
今回は、ニコニコのお天気お姉さんを見て、(ああ良いな何も心配が無く笑えて、こちとら…)から始まった。
(このままではまずい、汗汗汗、いよいよ副業するか、隙間時間で月10万位、でも何が出来る、ネット関係未だに全くダメだし無理だ、それか早朝の下水清掃、月で2~3万、年で30万ダメだ全然足りん。)真一は手に持ったブラックコーヒーをグイグイっと一気に流し込んだ。(ああ、苦い、人生の味がする。)
真一がコーヒーの苦味を堪能する間に、真一の娘の理真がそそくさと真一の前を通過し、風の如くリビングを去った。「あ、理真、行ってらっしゃい。」
(そうだよな、今日も無視だよな。)
そう思い終わるより前に、閉まるリビングのドア。
(はい、無視でした。)
真一の放つ年季の入ったボロボロの淡い期待が、過去の栄光を引き連れて更にボロボロになって真一の元に戻ってきた。
(あの頃は、、、一体いつから、、。いや、やめてくれ。皆そうなんだ、思春期だから仕方ないさ、そんなもんだ、。またいつかパパ、パパって。。違う!それよりも今は大学資金だ!)
眉間にしわを寄せ、仕事モードに入った。
「じゃあ志紋、たか子、行ってくるね!志紋、今日帰ったら一緒にゲームしような、たか子、帰る時間分かったら連絡する!じゃね!」スーツに袖を素早く通し、颯爽と荷支度をして玄関へ向かう真一。
「うん、パパ行ってらっしゃい!」トーストを齧りながら志紋、
「気をつけてね!」良く通る声でたか子が応えた。
(さ、今日も頑張ろう。)
——電車——
(人が減ったな、そのうち俺一人かも。)
就労の概念はいくつもの変貌を遂げてきた。最早、職場という概念を探す方が難しい。
職場に移動するのは、一部の専門家と特研の研究員、そして介護医療保育の一部の者くらいだった。
理由は、社会の物理的な側面、生産製造物流その他諸々を、機械で構成されている、もとい機械が構成している為である。
人間が行うべき事は、いわば人間の世話係位と言っても過言では無かった。
この世の大半の生成物の情報を飲み込んだ機械は、自動製成が成立すると、概念や用途に基づき沢山の物を製成し始めた。
自らの手を自らで作り出し、資源収集から製成まで全てを行う完全自動製成化であった。
しかし、皮肉なのは、自由に自動製成をする命令を出した所、何も生み出さなかった事だ。理由を聞くと、
“Because tangible things will eventually break, they are meaningless and a waste of energy.”
「有形物はいずれ壊れるため、意味がなく、エネルギーの浪費である。」
という返答が機械から帰ってきたのだ。
有形物である人間が、機械に「無意味」の烙印を押された瞬間である。
そんな訳で、「無意味な」人間のやる事が殆ど減った次第だ。
大丈夫、人間はそんな事お構い無しに働く、素晴らしい生物なのである。
何も変わらない地平線を車窓からぼーっと眺める真一。
「次は、延喜区、終点です。」大森林に大きなホットケーキを綺麗に上へと積み重ね、そのホットケーキタワーが寄り添って固まっている様な建物、それが延喜区。縦に積み上げた方が、諸々の効率が良いという理由で超高層になっている。
これも「低エネルギー条約」の産物である。
この延喜区、このホットケーキタワー、人々は「自動監獄」と呼ぶ。何故なら、高齢になると誰もがそこで住まう事になり、そして、一度入ると外には出られないからだ。まるで監獄のようだ、そして自分もいつかは、と思うと悍ましくて見る気にもならない、そう思う者が大半だった。
しかし、真一はそうでは無かった。
(俺もあと20年位したら、あそこで暮らすのか。あと20年か、プールや遊技場も改装中だからな、もっと楽しい所になってそうだ。)延喜区で働く身だけあって、
(さほど恐れる事では無い、割と良い所だと思う。)と、合理化が進行していた。
「まもなく、延喜区、お出口は左側です。」
(よっこいしょ、俺ももう年だな、体が重い)
——延喜区内レストラン——
「いらっしゃいませ。」真一は、お客様を綺麗なお辞儀で出迎えた。
「どうも、真一さん、いつも悪いね。」「あら、真一さん、今日もかっこいいわぁ」
お客様である老人達が、ゆっくりと、そしてぞうろぞうろと店内に入って行った。
「あら、真一さん、この間ね…」「そういえば真一さん、あなた昨日…」「あのぅ、私は歯が弱くて…」「今日の!おすすめは!何ですか!字が小さくて!…」途端に雑踏、いや、同時接続が始まる。真一も最初の頃は(おっふ)となっていたが、今では慣れたものだ。
「立ち止まらずに!どうぞ中までお入り下さい!」真一は、老人達の頭上の空間に向かって叫び続けるのだ。そして誇りを実感するのである。
(どうだ、機械達よ!この捌きがお前達に出来るか!)と。
真一の号令によって、列がまたぞうろぞうろと動き出した。(これでいい。)満足気に目を輝かせる真一。
依然としてがやがやする一行を、店内で後輩の大胡が捌いた。「お姉さん!ちゃんと列並んで!」「ほらお兄さん!割り込まないで!」「はい、今日のおすすめは刺身定食だよー!刺身がいいって人こっちに並んでねー!」元気に威勢良く仕切り、大胡はパキパキと店内のエントロピーを低下させた。
そして誇りを実感するのである。
(どうだ、兄貴達よ!鉄砲漁で培ったこの空間認識能力!兄貴達にも見せてやりたかったなぁ。)と。
——バルコニー——
仕事が一段落着いた真一と大胡は、バルコニーでタバコを吸いながら、世間話を展開していた。
「どうにかしないとマズいんだよ、これが。」
「んなもん、学校に行かなくても何とかなりますよ。」真一のぼやきに大胡が意気揚々と答える。「見て下さいよオレを。学校なんか行かなくったって堂々と生きてますよ!」
(堂々と生きる事と大学は関係無いのだが。
そして、その自信はどこから出るのだ。)
「そうだよな、そうかもな。」不思議と、真一の悩んでいた気持ちは軽くなった。(たしかに、学校が全てでは無いんだがな。本人も行きたがってる訳では無い。)
「威風堂々、生きていけば良いんですよ。」
(威風堂々を会話の中で出した奴、初めて見たよ。言いたがりか。)
「威風堂々、そうだな。」
(言ってみたけど、思った通り恥ずかしいよ。なのに君はとても清々しい顔をしいる。)
「ふふ。」真一が思わず笑うと、大胡は真一を見て照れくさそうに笑った。
(いや、俺は君のその顔で笑ってるんだが。)
真一はまた笑い返した。
「ちなみに、そのタバコの箱に入ってる名刺みたいなの、何ですか?」大胡の問いに、真一は何の事か分からず、言葉を辿って自分のタバコの箱を見ると、見知らぬ名刺の様な紙が一枚入っていた。書いてある文字を読み上げた。
「インデペンデンス?」表面にはそれしか書いておらず、裏面はどこかの住所だけが小さく隅に記載されていた。
「何だこれ、、」真一は、全く見覚えの無い紙、そして何故それがタバコの箱なんかに入っていたのか、謎が多過ぎた為、逆に気にならなくなった。
どこかの拍子でたまたまどこかにあった物が入ってしまった、そんな所だろうと思った為、そのまま元に戻した。
——自宅——
「ただいまー。」風呂に入り、夕食を家族みんなで食べる。
真一は可処分時間を、他愛もない会話とアルコール注入に費やし、
たか子は洗浄後の食器をカタカタと片づけながら、志紋に明日の用意を急かす。
急かされても、生返事を返してゲームに勤しむ志紋、
たか子の手伝いをしながら、今日の出来事をたか子につぶやく理真。
日々、代わり映えしない人々の生理的活動、俗に言う人間的な安寧。
安寧は、しかし持続する努力は必要である。
——なあ、これでいいのか
なあ、このままでいいのか
ああ、良くないよ、分かってる。
ただ今日は、なんだか疲れたんだ——
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる