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四十年前の真実(1)
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「何だって? じゃぁ認めるのか。あんたがマリオン・ガナレットだって」
「あぁ、そうさ。ネッド君の言う通りだ。本当に大した奴だよ、君は」
リュランの問いかけに、マリオンはきっぱりと答えた。
「あぁ、やっぱりわからねぇ。何でそういう事になったんだ。っていうか、今までバレなかったってのが、おかしいだろ!」
リュランは、未だに半信半疑だ。
「僕も、それを知りたい。父はいつも、あなたのお父さんの話はしていたけど、息子であるあなたの話は聞いた事がないんです。一体、四十年前に何があったんですか」
「いいだろう。君たち、特にネッド君にはそれを聞く権利がある」
マリオンは、手近な岩に腰掛け静かに語り始めた。
**************************
ここは、四十年前のポーナイザルの街、一人の少年が急ぎ足で、とある建物に向かっていた。
少年の名はマリオン・ガナレット。魂石を使う機能付加職人の一人息子である。ひょんな事から数日前よりこの街に滞在している、ゴワドン侯爵の子息の遊び相手に抜擢された十歳の男の子だ。
「アルベルトの家に寄っていたら、遅れてしまった。早く行かないと、あのワガママな若様になんて言われるかわかったもんじゃない」
彼は、憂鬱な心を引きずりながらも先を急いだ。
”すまない、すまないな。お前だけに、辛い仕事を押しつけて”
さっきまで話していた、親友アルベルト・ライザーの顔が浮かぶ。あいつは頭に”クソ”がつくほど真面目だからな、本当に申し訳なさそうだった。奴の手前、”まかせとけ”って啖呵を切ったけど、本当に憂鬱だよ。
そもそもアルベルトが熱を出したのだって、あのバカ様、いや若様がまだ水が冷たいこの時期に、アルベルトを川へ突き落して魚を取らせたのが原因なんだ。俺たちにとって最悪の三日間だったけど、それも今日で終わりだ。明日には侯爵一行は王都への途に戻る。
今日だけ、今日だけ我慢をすれば全部終わるんだ。アルベルトがあとあと気にしないように、今日は完璧に若様の相手を務めなければ……。
”今日で終わり”。その言葉を唯一の希望に、彼はひた走る。
やがてマリオンは、ゴワドン侯爵一行が逗留している、街で一番上等な宿屋の前に到着した。入り口には侯爵が引き連れて来た兵士が立っていたが、彼の顔を見ると早速、ゴワドン侯爵の息子・ドラゼルを呼んでくれた。
「おそいぞ、マリオン。もう待ちくたびれて、尻が痛くなっちゃったよ。ほんと、庶民の座る椅子は拷問器具と同じだよな」
早速、いつも嫌味が始まった。この三日間、ドラゼルはこの街や住民たちが如何に低俗か、そして自分が如何に高尚かを何かにつけて自慢した。もちろん、反論など許されない。常に「仰せの通りで」と言うのが決まり文句となっていた。
ついには我慢出来なくなったマリオンが「それは、違うと思います」と言った時など、ドラゼルは烈火の如く怒りだし”僕に逆らうとは何事だ”と、持っていた短いムチでマリオンを酷く叩いた。アルベルトが必死になって止めなければ、どうなっていたかわからない。そしてマリオンの為に許しを請うたアルベルトを、ドラゼルは川へ突き落としたのだった。
「ん? 今日は、アルベルトはどうした。まさかサボってるんじゃないだろうな」
ドラゼルが飴を口の中でしゃぶりながら、嫌味たっぷりの口調で尋ねる。
「もちろんです、若様。あいつは熱を出して床に伏しております」
マリオンは、正直に伝えた。もし後で嘘だと分かったら、自分ばかりかアルベルトまで酷い目にあわされると分かっていたからだ。
「もしかして、昨日の川遊びか?あれしきの事でだらしない。これだから、下賤な奴はダメなんだ」
自分がアルベルトを川へ突き落した事などとうに忘れたように、ドラゼルが毒づく。親友を侮辱されたマリオンは、拳を強く握りしめたが、その怒りを心の奥に無理やり押し込めた。
「この汚らしい街とも、明日でおさらばだ。おい、マリオン。何かせめて僕を少しでも楽しませるものはないのかよ」
「……と、仰せられても」
マリオンは、口ごもる。この三日間、大人の力も借りて、ありとあらゆる娯楽を体験させてきたが、ドラゼルは苦虫をかみつぶしたような顔をするだけで、決して満足はしなかった。
「ちっ、本当に役に立たないな。……あぁ、そう言えば宿舎で耳にしたんだけど、リルゴットの森の入り口あたりに、セルラビットっていう、可愛らしい兎が出ると聞いたぞ。
そこへ、連れて行け」
ドラゼルが、面倒くさそうに言う。
「それは、おやめになった方が宜しいかと存じます。確かにこの季節、セルラビットはおりますが、それを狙ってゾラウルフという恐ろしい狼の群れが現れるのです。若様を、そんな危険な場所へお連れするわけには参りません」
これは、マリオンの本心であった。彼とアルベルトの使命は、ドラゼルを退屈させない事は勿論、彼の安全を命に代えて守る事なのだ。それを狼がいるかも知れない場所へ連れて行くなどもっての他だった。
「あぁ、そうさ。ネッド君の言う通りだ。本当に大した奴だよ、君は」
リュランの問いかけに、マリオンはきっぱりと答えた。
「あぁ、やっぱりわからねぇ。何でそういう事になったんだ。っていうか、今までバレなかったってのが、おかしいだろ!」
リュランは、未だに半信半疑だ。
「僕も、それを知りたい。父はいつも、あなたのお父さんの話はしていたけど、息子であるあなたの話は聞いた事がないんです。一体、四十年前に何があったんですか」
「いいだろう。君たち、特にネッド君にはそれを聞く権利がある」
マリオンは、手近な岩に腰掛け静かに語り始めた。
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ここは、四十年前のポーナイザルの街、一人の少年が急ぎ足で、とある建物に向かっていた。
少年の名はマリオン・ガナレット。魂石を使う機能付加職人の一人息子である。ひょんな事から数日前よりこの街に滞在している、ゴワドン侯爵の子息の遊び相手に抜擢された十歳の男の子だ。
「アルベルトの家に寄っていたら、遅れてしまった。早く行かないと、あのワガママな若様になんて言われるかわかったもんじゃない」
彼は、憂鬱な心を引きずりながらも先を急いだ。
”すまない、すまないな。お前だけに、辛い仕事を押しつけて”
さっきまで話していた、親友アルベルト・ライザーの顔が浮かぶ。あいつは頭に”クソ”がつくほど真面目だからな、本当に申し訳なさそうだった。奴の手前、”まかせとけ”って啖呵を切ったけど、本当に憂鬱だよ。
そもそもアルベルトが熱を出したのだって、あのバカ様、いや若様がまだ水が冷たいこの時期に、アルベルトを川へ突き落して魚を取らせたのが原因なんだ。俺たちにとって最悪の三日間だったけど、それも今日で終わりだ。明日には侯爵一行は王都への途に戻る。
今日だけ、今日だけ我慢をすれば全部終わるんだ。アルベルトがあとあと気にしないように、今日は完璧に若様の相手を務めなければ……。
”今日で終わり”。その言葉を唯一の希望に、彼はひた走る。
やがてマリオンは、ゴワドン侯爵一行が逗留している、街で一番上等な宿屋の前に到着した。入り口には侯爵が引き連れて来た兵士が立っていたが、彼の顔を見ると早速、ゴワドン侯爵の息子・ドラゼルを呼んでくれた。
「おそいぞ、マリオン。もう待ちくたびれて、尻が痛くなっちゃったよ。ほんと、庶民の座る椅子は拷問器具と同じだよな」
早速、いつも嫌味が始まった。この三日間、ドラゼルはこの街や住民たちが如何に低俗か、そして自分が如何に高尚かを何かにつけて自慢した。もちろん、反論など許されない。常に「仰せの通りで」と言うのが決まり文句となっていた。
ついには我慢出来なくなったマリオンが「それは、違うと思います」と言った時など、ドラゼルは烈火の如く怒りだし”僕に逆らうとは何事だ”と、持っていた短いムチでマリオンを酷く叩いた。アルベルトが必死になって止めなければ、どうなっていたかわからない。そしてマリオンの為に許しを請うたアルベルトを、ドラゼルは川へ突き落としたのだった。
「ん? 今日は、アルベルトはどうした。まさかサボってるんじゃないだろうな」
ドラゼルが飴を口の中でしゃぶりながら、嫌味たっぷりの口調で尋ねる。
「もちろんです、若様。あいつは熱を出して床に伏しております」
マリオンは、正直に伝えた。もし後で嘘だと分かったら、自分ばかりかアルベルトまで酷い目にあわされると分かっていたからだ。
「もしかして、昨日の川遊びか?あれしきの事でだらしない。これだから、下賤な奴はダメなんだ」
自分がアルベルトを川へ突き落した事などとうに忘れたように、ドラゼルが毒づく。親友を侮辱されたマリオンは、拳を強く握りしめたが、その怒りを心の奥に無理やり押し込めた。
「この汚らしい街とも、明日でおさらばだ。おい、マリオン。何かせめて僕を少しでも楽しませるものはないのかよ」
「……と、仰せられても」
マリオンは、口ごもる。この三日間、大人の力も借りて、ありとあらゆる娯楽を体験させてきたが、ドラゼルは苦虫をかみつぶしたような顔をするだけで、決して満足はしなかった。
「ちっ、本当に役に立たないな。……あぁ、そう言えば宿舎で耳にしたんだけど、リルゴットの森の入り口あたりに、セルラビットっていう、可愛らしい兎が出ると聞いたぞ。
そこへ、連れて行け」
ドラゼルが、面倒くさそうに言う。
「それは、おやめになった方が宜しいかと存じます。確かにこの季節、セルラビットはおりますが、それを狙ってゾラウルフという恐ろしい狼の群れが現れるのです。若様を、そんな危険な場所へお連れするわけには参りません」
これは、マリオンの本心であった。彼とアルベルトの使命は、ドラゼルを退屈させない事は勿論、彼の安全を命に代えて守る事なのだ。それを狼がいるかも知れない場所へ連れて行くなどもっての他だった。
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