騎士をやめて機能付加職人になったけど、妹が厳しすぎて困ります 【第一部 ホントウ】

藻ノかたり

文字の大きさ
145 / 153

新たな真実

しおりを挟む
それは数カ月前、王宮に密かに流れた噂。

王都の南側にある森で、何らかの異変が起きた。目撃した者の話では空間が歪み、その先からドス黒い”何か”が押し寄せようとしていたらしい。だが大きな衝撃が森を覆ったかと思うと、まるで何事もなかったかのように、全てはいつも通りに戻った。

その真相は調べられる事も語られる事もなく、それどころか目撃者いっさいに厳しいかん口令が敷かれ、多くの者は王都を強制的に追われたという。これとて侯爵の地位にあるゴワドンが、持てる力をフルに使って調べた結果だ。だが、殆ど何もわからずじまいだった。

その中で彼が得た、希少な情報が二つ。一つは、騎士であるネッドとリュランが関係していたらしい事。ゴワドン、すなわちマリオンが、ネッドを人知れず目にかけていたからこそ得られた情報だ。

そしてもう一つ。それは”凶魔王”という謎の存在。これについては、その名前以外は一切わからなかった。

……恐らく秘密を知っているのは、王をはじめ数人の重臣のみ。この私でさえ真相の欠片にすら辿り着けなかった。そしてネッド君の急な騎士引退。それを引き留める気配すらなかった王や側近たち。

マリオンは今のネッドの変貌に、この謎の事件が深くかかわっていると確信した。

「ネッド君。君の姿、その力には”凶魔王”という、何かが関わっているのかね?」

憎悪の魔人が、痛みをこらえつつネッドに尋ねる。

その問いかけに僅かに動揺したものの、ネッドは微動だにせず黙して語らない。

「そうなのだな? 凶魔王とは何なのだ。もしかしたら、何かの魂石が絡んでいるのではないのかね。例えば、君の体に大いなる力を持った魂石が……」

「マリオンさん、降伏して下さい。でなければ、僕はあなたを葬らねばならない!」

魔人の言葉を遮るように、ネッドは声を張り上げた。

自らの問いを無視された魔人の腹は煮えくり返る。

「私を無視するな!私を怒らすな!私を軽んずるな!私がせっかく誠意をもって聞いているのに、答えないとは何事だ!」

既にドラゼルの心に支配されているマリオンは、自分の思い通りにならない状況に激高した。

「まぁ、いい。君を倒して、無理矢理にでも解明してやる!」

憎悪の魔人は、ネッドに猛攻撃をかける。四本の腕は既に使えないものの、強力な二門の破壊光線を連続して撃ちまくり、触手状の足を縦横無尽に繰り出した。

だがネッドは、それを事もなげにかわしていく。

「ジャイアントの腕力を機能付加」

ネッドが、静かに言った。その落ち着いた声とは裏腹に、彼の体は異様な闘気に包まれる。

「大人しく、私に従え!」

迫りくる魔人の横っ面に、ネッドのパンチがヒットする。本来なら著しい体格差のため、魔人には毛ほどのダメージも与えられないはずであった。だが、物理法則を無視したかのように、魔人は地面に叩きつけられ何度もバウンドをする。その軌跡にある多くの木々が、轟音と共になぎ倒された。

「バカな、バカな、バカな!」

魔人は恐ろしい程の異様な叫びで、この理不尽な状況を嘆く。

「私は敗けない。私は屈しない。勝利するのは、この私だ!」

魔人は再びネッドに挑むが、結果は変わらない。顔面と言わずボディと言わず、彼は何度もネッドの拳や蹴りを当てられて、その度にもんどりうって地面に激突する。

満身創痍の魔人が何とか立ち上がろうとした時、三度目の大きな雷が襲った。体から焼け焦げた煙が何本も立ち昇る。

うつ伏せに倒れている魔人の頭に近づくネッド。気絶しているフリをしていた魔人は、おもむろに顔をあげ、破壊の光をネッドに浴びせようとした。だが何一つ慌てる事なく、彼は魔人の顔面に強力な蹴りを放つ。魔人はその巨体を宙に浮かせ、再び地面に激突した。

勝負は、完全に決した。

「もう、やめましょう」

ネッドが、冷徹に繰り返す。

「私は敗けない。絶対に敗けない。もしここで敗けてしまったら、この四十年は無駄になる。意味がなくなってしまう。

これで終わったら、私は父と同じ侘しい存在になってしまうではないか! 惨めに人生を終える事になってしまうではないか!」

憎悪の魔人は、膝まづき天を仰いだ。

「そんな事はありません。あなたの父親ガナレットさんは、惨めに死んだりなんてしていない」

ネッドが、魔人を見上げる。

「気休めを言うな。侯爵が全てを不問に付したのにも関わらず、それでも気を病んで死を選んだじゃないか。これ以上、惨めな最期があるものか!」

おぞましい姿の魔人が嗚咽をもらす。

「違います。多分……ですが、ガナレットさんは、全てを知っていたと思います。つまり、あなたがドラゼル少年を手にかけ、成り代わった事を」

「何?」

「だからガナレットさんは、あなたの代わりに罪を償ったんだ。全てをその胸にしまって、息子の幸せを願って」

ネッドの思わぬ言葉に、魔人は動揺した。

「嘘をつけ、どうしてそんな事が分かるんだ」

魔人は、ネッドを責める。

「ガナレットさんの遺書には、こう書いてあったそうです。

”息子の罪を知るにあたり、せめてもの償いをする。息子の魂が救われんことを切に祈る"

と……」

ネッドは、伯父に聞いた話を魔人に聞かせた。

「だから、私が侯爵の息子を守り切れず、精神崩壊に追いやった事を罪だと言って、死んだんだろう?」

魔人は、いやマリオンは、それまでずっと思っていた認識を持ち出して反論する。

「そこが違うんです。あなたは、勘違いをしている」

「何が勘違いか。その通りじゃないか」

マリオンが、食って掛かった。

「あなたはガナレットさんが、ドラゼルが精神を病んだのは、息子の責任だと認識していたから、それを苦に命を絶ったと言った。

それが、間違いなんです」

「そりゃ、どういう事だ、ネッド」

リュランが、口を挟む。

「精神崩壊の話は、最初、侯爵家側しか知らない事実だったんですよ。ドラゼルに化けたあなたを見つけた数人を除いてはね。一職人のガナレットさんが、それを知ってるわけがない。

伯父の話では、当時のゴワドン侯爵は自らのメンツを保つため、対外的には”息子は気丈に振る舞って、城へ帰って行った”と言っていたそうです。当然、ガナレットさんもそう思っていたはずです。

あなたは、その事を知らないでしょう?」

「……確かにメンツ第一の人だったから、さもありなんという所だな。

……あっ!」

マリオンは、ネッドが言わんとしている事に気が付いた。

「そうか。ガナレットはドラゼルが精神崩壊したなんて知らなかったんだから、命を絶つ理由がない……」

リュランが、ネッドの話を補足する。

「ま、まさか……」

マリオンの脳裏に、四十年前の記憶が甦った。

私が家にミミックの面と早駆けの靴を取りに行った時、玄関の方で物音がした。もしあれが、父さんだったとしたら……。私が走り去る姿を見ていたとしたら……。

当然、ミミックの面が、それも子供用の面が無くなっているのに気がついたろう……。そして……。

「わかったでしょう。あなたのお父さんは、責任感の強い立派な人だったって」

ネッドが、話を締めくくる。

これで奴が納得してくれたら……。リュランは、そうなる事を心から期待した。だが、それは虚しく打ち砕かれる。

「た、たとえそうだとしても、何も変わらない。あの惨めだった暮らしが変わるわけじゃない。父さんが憐れな機能付加職人のまま、寂しくこの世を去った事に変わりはない。

やはり、この国を変えなければならないんだ。私が英雄として、革命を成功させなければならないんだ」

その時、不自然に練り込まれた魂石が、マリオンの激情に過敏に反応した。

「な、なんだ?」

リュランは、魔人の体から異常な魔力が大量に放出されるのを見逃さなかった。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

処理中です...