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後日談
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激烈な戦いの日から一週間。ネッドは、ギルド館の向かいにある、カフェ「ポラルゾ」にいた。
窓際のテーブルには、紅茶とミレッズオレンジを使った食べかけのパイが並んでいる。その向こう側にも同じメニューが並んでいて、その脇にはボンボンのついたニット帽が置かれていた。
あれは、本当に起こった事なのだろうか。
半月以上前、アスティとここで楽しく語らったのが現実だったのか、炎の魔人と化した彼と、命のやり取りをしたのが現実だったのか。今となっては、どちらも夢だったのではないかと
思えてしまう。
そんな取り留めもない事を考えながら、ネッドは通りをぼんやりと眺めていた。正面に見えるギルド館には、今日も冒険者たちが大勢出入りをしている。
彼らの知っている現実と、僕の知っている現実は違う。
そう思うと、ネッドは心にぽっかりと穴の開いたような孤独を感じた。彼はやがて席を立ち、表に出る。
ギルド館に寄って行こうかとも考えたが、今日はやめておく事にした。何かこう、やる気が出ないのだ。凶魔王になった後遺症かも知れないなとネッドは思う。
ところであれから尋ねて来たメルの話によると、ガントがギルマスを辞める話は無くなったそうである。彼が領主へ辞任を申し出ると、それは絶対にならぬと言われたらしい。
今回の探索、表向きは王都・ギルド協力の元、大成功の内に終わった事になっている。それなのにギルドマスターが突然の辞任をしては、人々は何事かと思い、ギルドはもちろんの事、領主、果ては王宮にまで疑問の目を向ける輩が出るのは避けられない。下手をすれば、ゴワドン侯爵が革命を企んでいた事すら、噂として漏れ出てしまうだろう。
事態の後始末は諜報省主導で、ゴワドン侯爵は無理がたたって突然の病死という話でケリがついているし、その他諸々の都合の悪い事実も全て闇から闇へと葬られた。今更それを蒸し返されて、特をする者など誰一人としていない。
ギルドマスターのガントも領主の命令には逆らえず、総合的な見地からギルマス辞職を思いとどまったのである。
気持ちを切り替えなくっちゃ。
ネッドは両手で頬を叩く。これで全てが終わったわけじゃない。明日も明後日も日々の生活は続くし、頑張って暮らしていかなくちゃいけない。ぼんやりしていたら、またシャミーに怒られてしまうだろう。店舗兼自宅である「ハッピーアディション」が見える辺りまで来たネッドは、努めて明るい表情をするように心がけた。
「ただいま、シャミー」
ネッドは朗らかな声とともに、居間のドアを開ける。
「よぉ、ネッド。どこをほっつき歩いてたんだ? お前の為に、はるばる王都から尋ねて来てやったのにさ」
居間に入ったネッドの耳に、聞き覚えのある横柄な声が飛び込んできた。
「……リュラン。まぁ、来るなとは言わないけどさ。今度の一件で、滅茶苦茶忙しいんじゃないのかよ。こんなところで、油を売ってていいのか?」
気の置けない者同士の、他愛もない会話が始まる。
「油を売っているとは、ご挨拶だな。そんなこと言っていいのかよ。なぁ、シャミー」
「そうよ、お兄ちゃん。リュランがわざわざ来てくれたのに、その言い草はないわよね」
二人のやりとりを聞いたネッドが妹の方を見ると、彼女は如何にも上機嫌という顔をしている。さてはまた、高価な土産でも持ってきたのかとネッドは訝しんだ。
「これだよ、これ」
ネッドが全く事情を理解していないと察したリュランは、テーブルの上に置いてある、同じくらいの大きさの二つの布袋を指さす。それは硬貨を入れる定番の袋であり、中身もそれなり以上の額が入っているサイズに見えた。
「で、それが?」
未だに、状況を把握できないネッド。
「これは、王宮からお前への報奨金だよ。まぁ、表ざたには出来ない金だから、そのつもりでな。上の連中は、今回のお前の活躍をかなり高く評価してる。もっとも、俺の伝え方が上手かったせいもあるけどよ」
さりげなく、恩を着せるリュランであった。
「ところでリュラン。どうして袋が二つあるの?」
少しでも早く、袋の中身を確認したいシャミーが尋ねる。
「あぁ、これね。片っぽは、俺の取り分」
シャミーの目が、キッとつり上がる。
「おい、お前の取り分ていうのは何だよ」
妹の爆発を未然に防ごうと、ネッドは間髪入れずに尋ねた。
「言葉の通りさ。王宮からお前に支払われた報奨金の内の、俺の取り分。まぁ、お前の取り分だけを持って来ても良かったんだけど、こういう事は透明性が大事だろ? 俺の公平極まりない、清浄な心のあらわれだよ」
両手を広げ、好人物を気取るリュラン。
「だから、何で僕がもらう報酬から、お前に支払わなきゃならないんだ?」
ネッドが、食って掛かった。
窓際のテーブルには、紅茶とミレッズオレンジを使った食べかけのパイが並んでいる。その向こう側にも同じメニューが並んでいて、その脇にはボンボンのついたニット帽が置かれていた。
あれは、本当に起こった事なのだろうか。
半月以上前、アスティとここで楽しく語らったのが現実だったのか、炎の魔人と化した彼と、命のやり取りをしたのが現実だったのか。今となっては、どちらも夢だったのではないかと
思えてしまう。
そんな取り留めもない事を考えながら、ネッドは通りをぼんやりと眺めていた。正面に見えるギルド館には、今日も冒険者たちが大勢出入りをしている。
彼らの知っている現実と、僕の知っている現実は違う。
そう思うと、ネッドは心にぽっかりと穴の開いたような孤独を感じた。彼はやがて席を立ち、表に出る。
ギルド館に寄って行こうかとも考えたが、今日はやめておく事にした。何かこう、やる気が出ないのだ。凶魔王になった後遺症かも知れないなとネッドは思う。
ところであれから尋ねて来たメルの話によると、ガントがギルマスを辞める話は無くなったそうである。彼が領主へ辞任を申し出ると、それは絶対にならぬと言われたらしい。
今回の探索、表向きは王都・ギルド協力の元、大成功の内に終わった事になっている。それなのにギルドマスターが突然の辞任をしては、人々は何事かと思い、ギルドはもちろんの事、領主、果ては王宮にまで疑問の目を向ける輩が出るのは避けられない。下手をすれば、ゴワドン侯爵が革命を企んでいた事すら、噂として漏れ出てしまうだろう。
事態の後始末は諜報省主導で、ゴワドン侯爵は無理がたたって突然の病死という話でケリがついているし、その他諸々の都合の悪い事実も全て闇から闇へと葬られた。今更それを蒸し返されて、特をする者など誰一人としていない。
ギルドマスターのガントも領主の命令には逆らえず、総合的な見地からギルマス辞職を思いとどまったのである。
気持ちを切り替えなくっちゃ。
ネッドは両手で頬を叩く。これで全てが終わったわけじゃない。明日も明後日も日々の生活は続くし、頑張って暮らしていかなくちゃいけない。ぼんやりしていたら、またシャミーに怒られてしまうだろう。店舗兼自宅である「ハッピーアディション」が見える辺りまで来たネッドは、努めて明るい表情をするように心がけた。
「ただいま、シャミー」
ネッドは朗らかな声とともに、居間のドアを開ける。
「よぉ、ネッド。どこをほっつき歩いてたんだ? お前の為に、はるばる王都から尋ねて来てやったのにさ」
居間に入ったネッドの耳に、聞き覚えのある横柄な声が飛び込んできた。
「……リュラン。まぁ、来るなとは言わないけどさ。今度の一件で、滅茶苦茶忙しいんじゃないのかよ。こんなところで、油を売ってていいのか?」
気の置けない者同士の、他愛もない会話が始まる。
「油を売っているとは、ご挨拶だな。そんなこと言っていいのかよ。なぁ、シャミー」
「そうよ、お兄ちゃん。リュランがわざわざ来てくれたのに、その言い草はないわよね」
二人のやりとりを聞いたネッドが妹の方を見ると、彼女は如何にも上機嫌という顔をしている。さてはまた、高価な土産でも持ってきたのかとネッドは訝しんだ。
「これだよ、これ」
ネッドが全く事情を理解していないと察したリュランは、テーブルの上に置いてある、同じくらいの大きさの二つの布袋を指さす。それは硬貨を入れる定番の袋であり、中身もそれなり以上の額が入っているサイズに見えた。
「で、それが?」
未だに、状況を把握できないネッド。
「これは、王宮からお前への報奨金だよ。まぁ、表ざたには出来ない金だから、そのつもりでな。上の連中は、今回のお前の活躍をかなり高く評価してる。もっとも、俺の伝え方が上手かったせいもあるけどよ」
さりげなく、恩を着せるリュランであった。
「ところでリュラン。どうして袋が二つあるの?」
少しでも早く、袋の中身を確認したいシャミーが尋ねる。
「あぁ、これね。片っぽは、俺の取り分」
シャミーの目が、キッとつり上がる。
「おい、お前の取り分ていうのは何だよ」
妹の爆発を未然に防ごうと、ネッドは間髪入れずに尋ねた。
「言葉の通りさ。王宮からお前に支払われた報奨金の内の、俺の取り分。まぁ、お前の取り分だけを持って来ても良かったんだけど、こういう事は透明性が大事だろ? 俺の公平極まりない、清浄な心のあらわれだよ」
両手を広げ、好人物を気取るリュラン。
「だから、何で僕がもらう報酬から、お前に支払わなきゃならないんだ?」
ネッドが、食って掛かった。
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