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魔法のマグカップ 《前編》・ママはご機嫌斜め
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ここはヴォルノースの南の森。その一角に、ニンゲンの男の子ニールが住んでいるお家がありました。
二階建ての石造りの家には、今、ニールのママの他には誰もいません。ニールは朝早くから遊びに行ってしまいましたし、パパはお仕事が休みという事で、早くから物置でゴソゴソしてると思ったら、プイッとどこかへ出かけて行ってしまったからです。お休みの日には、やってもらいたいあれやこれやが山ほどあるのに。
いつもの事とはいえ、ママは呆れかえってしまいました。でも、誰もいない静かな我が家。外には早くも春風が吹き始め、窓を開けてもいいかなと思う気持ちのいい午前中です。
ママは魔法の力を使いながら、家事をチャチャっと済ませていきました。
よくパパには、
「君は、家事に向いた魔法が使えていいよなぁ。僕は自分の体だけで料理や洗濯をしなくちゃならないのにさ」
と、うらやましがられます。
でもママからすれば、パパの使う魔法の方がずっと素敵だと思っているのです(何の魔法かは、まだ秘密です)。
「あの人、物置で何をやっていたのかしら」
家事をあらかた終えたママが、ふと思いつきました。随分と、バッタンドッタンと音が聞こえていたからです。急に心配になったママは、物置へと向かいました。
「あら、まぁ……」
二階から降りて、一階に辿り着いたママはちょっとビックリしてしまいました。それは物置のある地下室へ通じる扉の外まで、ガラクタ(ママには、そう見えます)が、ところせましと散らかっていたからです。
ママは、
「これは、片付けが大変だわ。私は絶対に手伝いませんからね」
と、パパがいくら泣きついて来ても、知らんぷりをしようと心に決めました。夫も子供と同じ。甘やかしたら、ドンドンつけ上がって行くに決まっています。”ひどい事にならぬよう、きちんとしつけなければ”と、ママはいつも思っているのです。
だけど……。
どうせパパが散らかしたんだから、何か入り用なものがあるかどうかを確認しようとママは考えました。この上、少しくらい散らかしたって、わかるものではありません。どうせパパが片付けるのだからと、ママは階段を下りて行きました。ちょっとチャッカリしています。
「あら、まぁ……」
ママは、先ほどと同じセリフをもう一度口にします。地下の物置は、ママの予想をはるかに超えるチラカシようでした。かろうじて、足の踏み場があるくらいです。
「これじゃぁ、何があるのか調べるのは無理ね」
ママはそうつぶやくと、このガラクタ倉庫を後にしようとしました。でも、ふとある品物が目に入って来たのです。それは出口近くにある棚の、上から二番目のところ。他のものに隠れるように置いてありました。
「あら、懐かしいわ」
ママはそれを手に取り、愛おしそうに持ち上げました。
ママが見つけたのは、マグカップでした。でも、ただのマグカップではありません。魔法のかかったマグカップです。ただ、何年もしまっておいたせいで、すっかりホコリまみれになっていました。
ママは物置の中や階段に散らばる、あれやこれやの品者につまづかないよう気をつけながら、慎重に一階へと戻ります。そして思い出の品を、キッチンのシンクの中へそっと置きました。
ママは古びたカップに洗剤を少し入れ、次に蛇口をひねって水を入れます。
そして、
「泡の精、水の精、どうか私の大切な思い出をキレイにして下さいな」
と魔法の呪文を唱えると、洗剤と水は途端に混じり合い、ブクブクと泡を立てはじめました。泡はすぐに、カップの中や外へくまなく広がります。それを注意深く見ていたママは「もう、そろそろかしら」とつぶやくと、カップの取っ手をもって、蛇口から出る水にかざしました。
「さぁ、キレイにキレイにキレイになぁれ」
ママが楽しそうに口ずさみます。でもこれは魔法の呪文ではありません。ママの心が自然にそう歌わせているのです。だって、この魔法のマグカップは、ママにとって本当に懐かしい思い出の品だったのですからね。ウキウキするのも当然なんです。
カップがきれいになったところで、ママはコーヒーをいれる準備を始めます。別に紅茶でもココアでも良いのですが、コーヒーが一番このマグカップの魔法の効果を引き出せると知っていたからでした。
ママは戸棚からコーヒーメーカーを取り出して、テーブルに置きました。
インスタントじゃだめよ。出来るだけ美味しいコーヒーをいれなくちゃ。せっかく魔法のマグカップで飲むのですから、ママの張り切りようにもうなずけます。
コーヒーメーカーのポコポコという音や、ドリップされていく琥珀色のしずくを眺めながら、ママの心は少しずつ高鳴っていきました。
ママは窓を少し開けて、春風を招き入れます。そして魔法のマグカップにコーヒーを注ぎ、昨日つくったクッキーを乗せた皿をその横に並べました。
さぁ、準備万端です。
ママは大きく息を吸って、それから吐きだしました。深呼吸です。ちょっと緊張しているのです。なぜ緊張しているのかですって? それは、すぐにわかります。
ママは、マグカップをそっと持ち上げました。良い香りが、ママの鼻をくすぐります。ママの目の前が、少しぼやけてきました。でも、それはコーヒーの湯気のせいではありません。
「さてと」
ママはカップの端に口をつけ、まず控えめに一口目を舌の上に乗せました。少しほろ苦い味が口の中に広がります。そしてママの目の前はいよいよぼやけてきて、今まで見えていた壁紙の模様やお気に入りのチェストは、もう見えなくなりました。
「あぁ、そうそう。そうだったわ」
ママが、懐かしそうにつぶやきます。
今、ママの目の前には草原が広がっていて、ママは大きな木の根元に座っているのです。着ている服も今とは全然違います。とてもハツラツとして、素敵なワンピースです。今はちょっと恥ずかしくて、もう着る事はありません。たぶん、サイズも合わないでしょう。
ふと視線を落とすと、そこには美味しそうな手作りのサンドイッチ。一緒に水筒もありました。中にはもちろん、美味しいコーヒーが入っています。
二階建ての石造りの家には、今、ニールのママの他には誰もいません。ニールは朝早くから遊びに行ってしまいましたし、パパはお仕事が休みという事で、早くから物置でゴソゴソしてると思ったら、プイッとどこかへ出かけて行ってしまったからです。お休みの日には、やってもらいたいあれやこれやが山ほどあるのに。
いつもの事とはいえ、ママは呆れかえってしまいました。でも、誰もいない静かな我が家。外には早くも春風が吹き始め、窓を開けてもいいかなと思う気持ちのいい午前中です。
ママは魔法の力を使いながら、家事をチャチャっと済ませていきました。
よくパパには、
「君は、家事に向いた魔法が使えていいよなぁ。僕は自分の体だけで料理や洗濯をしなくちゃならないのにさ」
と、うらやましがられます。
でもママからすれば、パパの使う魔法の方がずっと素敵だと思っているのです(何の魔法かは、まだ秘密です)。
「あの人、物置で何をやっていたのかしら」
家事をあらかた終えたママが、ふと思いつきました。随分と、バッタンドッタンと音が聞こえていたからです。急に心配になったママは、物置へと向かいました。
「あら、まぁ……」
二階から降りて、一階に辿り着いたママはちょっとビックリしてしまいました。それは物置のある地下室へ通じる扉の外まで、ガラクタ(ママには、そう見えます)が、ところせましと散らかっていたからです。
ママは、
「これは、片付けが大変だわ。私は絶対に手伝いませんからね」
と、パパがいくら泣きついて来ても、知らんぷりをしようと心に決めました。夫も子供と同じ。甘やかしたら、ドンドンつけ上がって行くに決まっています。”ひどい事にならぬよう、きちんとしつけなければ”と、ママはいつも思っているのです。
だけど……。
どうせパパが散らかしたんだから、何か入り用なものがあるかどうかを確認しようとママは考えました。この上、少しくらい散らかしたって、わかるものではありません。どうせパパが片付けるのだからと、ママは階段を下りて行きました。ちょっとチャッカリしています。
「あら、まぁ……」
ママは、先ほどと同じセリフをもう一度口にします。地下の物置は、ママの予想をはるかに超えるチラカシようでした。かろうじて、足の踏み場があるくらいです。
「これじゃぁ、何があるのか調べるのは無理ね」
ママはそうつぶやくと、このガラクタ倉庫を後にしようとしました。でも、ふとある品物が目に入って来たのです。それは出口近くにある棚の、上から二番目のところ。他のものに隠れるように置いてありました。
「あら、懐かしいわ」
ママはそれを手に取り、愛おしそうに持ち上げました。
ママが見つけたのは、マグカップでした。でも、ただのマグカップではありません。魔法のかかったマグカップです。ただ、何年もしまっておいたせいで、すっかりホコリまみれになっていました。
ママは物置の中や階段に散らばる、あれやこれやの品者につまづかないよう気をつけながら、慎重に一階へと戻ります。そして思い出の品を、キッチンのシンクの中へそっと置きました。
ママは古びたカップに洗剤を少し入れ、次に蛇口をひねって水を入れます。
そして、
「泡の精、水の精、どうか私の大切な思い出をキレイにして下さいな」
と魔法の呪文を唱えると、洗剤と水は途端に混じり合い、ブクブクと泡を立てはじめました。泡はすぐに、カップの中や外へくまなく広がります。それを注意深く見ていたママは「もう、そろそろかしら」とつぶやくと、カップの取っ手をもって、蛇口から出る水にかざしました。
「さぁ、キレイにキレイにキレイになぁれ」
ママが楽しそうに口ずさみます。でもこれは魔法の呪文ではありません。ママの心が自然にそう歌わせているのです。だって、この魔法のマグカップは、ママにとって本当に懐かしい思い出の品だったのですからね。ウキウキするのも当然なんです。
カップがきれいになったところで、ママはコーヒーをいれる準備を始めます。別に紅茶でもココアでも良いのですが、コーヒーが一番このマグカップの魔法の効果を引き出せると知っていたからでした。
ママは戸棚からコーヒーメーカーを取り出して、テーブルに置きました。
インスタントじゃだめよ。出来るだけ美味しいコーヒーをいれなくちゃ。せっかく魔法のマグカップで飲むのですから、ママの張り切りようにもうなずけます。
コーヒーメーカーのポコポコという音や、ドリップされていく琥珀色のしずくを眺めながら、ママの心は少しずつ高鳴っていきました。
ママは窓を少し開けて、春風を招き入れます。そして魔法のマグカップにコーヒーを注ぎ、昨日つくったクッキーを乗せた皿をその横に並べました。
さぁ、準備万端です。
ママは大きく息を吸って、それから吐きだしました。深呼吸です。ちょっと緊張しているのです。なぜ緊張しているのかですって? それは、すぐにわかります。
ママは、マグカップをそっと持ち上げました。良い香りが、ママの鼻をくすぐります。ママの目の前が、少しぼやけてきました。でも、それはコーヒーの湯気のせいではありません。
「さてと」
ママはカップの端に口をつけ、まず控えめに一口目を舌の上に乗せました。少しほろ苦い味が口の中に広がります。そしてママの目の前はいよいよぼやけてきて、今まで見えていた壁紙の模様やお気に入りのチェストは、もう見えなくなりました。
「あぁ、そうそう。そうだったわ」
ママが、懐かしそうにつぶやきます。
今、ママの目の前には草原が広がっていて、ママは大きな木の根元に座っているのです。着ている服も今とは全然違います。とてもハツラツとして、素敵なワンピースです。今はちょっと恥ずかしくて、もう着る事はありません。たぶん、サイズも合わないでしょう。
ふと視線を落とすと、そこには美味しそうな手作りのサンドイッチ。一緒に水筒もありました。中にはもちろん、美味しいコーヒーが入っています。
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