ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

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昇らないお日さま (3) お月さまの元へ

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「うるさいな。これがわしのお気に入りなんじゃ」

パーパスが、つっけんどんに言うと、

「そりゃぁ、あなたがまだ鼻タレのお子さまだった頃には、魔法使いはそれが普通だったんでしょうけれどね……」

と、半分諦めた声でシュプリンが返しました。

「お帰りはいつ? お昼ご飯の用意は、いつもの時間でよろしいでしょうか」

「わからんよ。もう、そういう古女房みたいな言いようはやめてくれ」

パーパスはシュプリンの返事を聞く前に、玄関へ続く廊下へと急ぎます。そして魔法の杖を持って外へ出て行きます。

シュプリンはヤレヤレという顔をして、朝ご飯の片づけを始めました。

家の外へ出たパーパスは、空を見上げます。なるほど、確かに月がポッカリと昇っていて、どう見てもまだ夜に違いありません。

パーパスは、白いヒゲを撫でつけながら、

「うーん、これは尋常ならざる事態だぞ。はて、どうしたものか」

と思案しました。

しばらく腕を組んで考えていた大魔法使いは、ふと思いついたように呪文を唱えます。彼の周囲に緑色の光がまとわったように見えましたが、それはすぐに四方へ広がっていきました。なんの魔法なのでしょうか。

「大きな呪いは、ないようじゃの」

なるほど、彼はこの異常な出来事が呪いのせいではないかと考えて、それを調べていたのですね。でも、違ったようです。

パーパスは、ますます思い悩みました。このまま各地へ飛んでみて、様子を調べようかとも思いましたが、それでは大変な時間と手間がかかります。その間に人々は恐れ苦しみ、場合によっては不安から暴れ出す者が出るかも知れません。

その時です。パーパスのモジャモジャの白い眉毛が一瞬、ピンと真っすぐに伸びきりました。彼が名案を思い浮かべた時に現れるサインです。以前からこのサインのおかげで、何度こまった事件を解決して来たかわかりません。

「問題は、月が動かないので、太陽がここへ来られない事じゃ。であるならば、なぜ動かないのかを月に聞いてみればいいじゃないか」

当り前と言えば当り前の話です。でもそんな発想、大魔法使いでなければ出来ません。

彼の帽子や服にたくさん付いている星型の柄の一つ一つも、ピカピカと光ってお祝いをします。彼らも生きた布で出来ているのですからね。

さて、やる事が決まったパーパスは、さっそく両手で握った魔法の杖を縦に目の前へとかざします。そして、何やらブツブツと唱え始めました。何秒かたって、杖が少しブルっと震えたかと思うと、杖は勢いよく天を目指して昇り始めます。杖を握っているパーパスも一緒に、天へと昇ります。

え? 杖にまたがって行くんじゃないのかって? 

まぁ、他の魔法世界ならそうかも知れませんが、ヴォルノースの世界では違います。だって杖にまたがったりしたら、足の付け根が痛くなってしまうじゃありませんか。

さて、杖につかまったパーパスは、グングンと空高く上昇していきます。下を見るとついさっきまで朝ご飯を食べていた魔法の家が、ずいぶんと小さくなっています。

「ここまで昇るのは久しぶりじゃな。十年ぶりくらいかの」

パーパスは、風になびくヒゲを少し気にしながら下界を一望しました。もうそろそろ、影の森の全体が見えてきます

「いつかは、どうにかしなくてはなるまい」

大魔法使いは、自らの暮らす森を見下ろしてそう思いました。どうやらパーパスと影の森の間には、大きな秘密がありそうです。

地上から飛び立って、何分が過ぎたでしょうか。大魔法使いパーパスは、ヴォルノースの森の周りを囲むようにそびえたつカクリン山脈帯をも眼下に従え、間もなく雲の中へと入りました。

月が見えるくらいですからそれほど厚い雲ではないのですが、彼の帽子や服は雲の中の水分でかなり濡れてしまいます。そこに強い風をもろにくらうので、大魔法使いは寒くなってクシャミをいくつもしました。その度に、長いひげがダンスを踊るようにワサワサします。

もしこれで風邪でもひこうものなら、またぞろシュプリンに大目玉を食らうでしょう。パーパスは、ちょっと憂鬱になりました。パーパスはシュプリンのご主人様なのに、頭が上がらない所があるのです。

「さぁ、もうすぐじゃ。月があんなに大きく見えて来た」

大魔法使いの言葉通り、まんまるいお月さんがすぐそばまで迫って来ています。彼がお月さまに会うのは、そう、五百年ぶりくらいでしょうか。前は月に住んでいるウサギたちに沢山の子供出来て、とてもウルサイと相談されたと彼は記憶していました。

パーパスがお月さまに近づくにつれ、どこからかシクシクと泣いているような音が聞こえてきます。彼はそれが、お月さまの泣き声だとすぐに気づきました。

あぁ、下ではシュプリンが大騒ぎをしているだろうな。月がこれだけ涙をこぼせば下界では、さだめし洪水に違いない。

パーパスは帰った後に聞くだろう、シュプリンの愚痴を思い浮かべてゲンナリとしました。

「さてと」

気を取り直したパーパスはお月さまの正面まで行くと、杖を横にしてそこにお尻を乗せました。座り心地は良くありませんが仕方ありません。

「これ、月よ。なぜ泣いているのだ。そして、なぜここに留まっているのだ」

パーパスが尋ねます。ちょっとぶしつけな感じもしますが、それがパーパスなのです。シュプリンがいつも彼に文句を言うのも、少しうなずけますね。もっともこんな変わり者だからこそ、大魔法使いになれたのかも知れません。

「あぁ、これは誰かと思えばパーパスさま。一体こんな所まで、どうしたのでしょうか?」

五百年ぶりの再会に、お月さまは驚きます。

「どうしたも、こうしたもないよ。さっきも言ったように、お前がいつまでも同じ場所にいると太陽がこちらへ来られないだろう。これは尋常ならざる事態だと思って、やってきたんだよ。

ワシとお前さんは昔ながらの知り合いだ。何か事情があるのなら、ワシに話してみないかね? きっと力になれると思うんだ」

ようやくパーパスは、お月さまに優しい言葉をかけました。これ以上泣かれては、本当に影の森は大洪水になってしまうからです。

「ご存じの通り、私はもう何千年、何万年も夜の世界に一人きりでいます。そして毎日毎日、同じ道を通って過ごすばかり。もう寂しくてたまりません」

彼女が話を始めます。

「一人きり? いや、周りに多くの星々がいるじゃないか。寂しいという事はなかろうて」

パーパスが口をはさみました。こういう告白は、まず黙って聞くものだという事を知らないのでしょう。

「あんなのはダメです。みな只々またたくようにピーチクパーチクとうるさいだけで、私の話し相手にはなれません」

彼女は切々とうったえます。天上の事にそれほど詳しくないパーパスは、そんなものなのかなと思いました。

「そこでふと考えついたのが、お日さまの存在です。私たちはもちろん会った事はありませんが、その噂は、もうずうっと前から聞いておりました」

なるほどそうですね。お日さまとお月さまが同じ場所にいるなんてありえません。
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