ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

文字の大きさ
9 / 218

昇らないお日さま (4) お月さまの告白

しおりを挟む
「それで、お前がここに留まっている理由と、お日さまが何か関係あるのかね」

年を取って、少々せっかちになったパーパスが話を促します。

「はい。空にポッカリ浮かんでいる事、一日に一回みなさんに姿を見せる事、そして何より真ん丸な事。私とお日さまには共通点が沢山あると気がついたのです。だから、きっと良いお友達になれるのではないかと思いました」

ここでお月さまはその頬をちょっと桃色に染めました。多分、地上から眺めると、それはピンクムーンに見えたでしょう。

「友達にね……。だが、お前と太陽が会うのは不可能じゃ。どうやって、友達になるつもりなのかね」

パーパスは杖に座ったお尻が少し痛くなってきたので、お尻の位置をずらしながら聞きました。

「はい。聞くところによると、下界では文通という方法があるらしいですね。手紙のやりとりです。それなら私にも出来ると思い、お日さまに便りを出そうと考えました」

お日さまとお月さまの文通。何かとてもロマンチックな話です。なぜならお日さまは立派なジェントルマンなので、素敵なレディーのお月さまとはお似合いなのでした。

妙なやり方を考えるものだとパーパスは感心しましたが、そのままじっと聞いています。

「でもどうやって手紙を渡そうかと考えていた時に、ふと下界に目をやると、森の中で一羽のゴクラクチョウが眠っていました。そこで閃いたのです。あの者に手紙を運んでもらおうと」

ゴクラクチョウというのは、きれいな飾りをした鳥の名前です。

「声をかけたところ、彼は快く引き受けてくれました。私はさっそく手紙を書いて、ゴクラクチョウに託したのです」

お月さまは、遠くを見て思い出すように話しました。なにかとてもうれしそうです。

「で、返事は来たのかね」

少し興味の沸いたパーパスは、身を乗り出して聞きました。おかげで危うく、杖から落ちそうになりましたが。

「はい!」

お月さまが、喜々として答えます。よほど返事が来たのが嬉しかったのでしょう。

「内容は、是非とも文通をしたいとの事でした。それからというもの、お日さまと私は何度も何度も手紙のやり取りを重ね、やがて下界で言うところの、恋人同士になりました。

会う事は出来ませんが、心のつながりがあれば立派な愛が生まれます」

お月さまはここまで言うと、更に顔を赤らめました。多分、地上では「月が燃えるような真っ赤になった。良くない前触れに違いない」と騒ぎになっている事でしょう。

「まぁ、恋愛は結構な事じゃが、今回の騒ぎと何か関係があるのかい?」

パーパスは、さっそく聞いてみました。

「……」

お月さまは答えません。普段は執事兼召使いのシュプリンと二人きりの生活をしているお年寄りとしては無理もないのかも知れませんが、乙女の恋愛事情を聞くには多少急ぎすぎな気もしますね。大魔法使いといえど、そういう所はちょっと疑問です。

「答えてくれんかの。わかっているとは思うが、下界では皆が心配しておるのじゃよ」

パーパスの言葉に、お月さまがやっと口を開きます。

「返事が来なくなったのです。しかも突然に……。それまでの手紙にはもちろん、最後に来た手紙にも、イザコザとか厄介事とか、そういう内容は少しもありませんでした。それなのに……」

お月さまが、また大粒の涙を流します。

「行き違いという事もあろう。それからも手紙を出したのかね」

パーパスは、再びお尻の位置を変えながら聞きました。

「えぇ、あれから三度も出しました。もちろん、知らず知らずのうちに怒らせてしまったのならご免なさい、といった言葉もきちんと添えました。でも、返事は全くありません」

お月さまは、更に涙を何粒も流します。

「だから私、もうどうしていいのかわからず、ここから一歩も動けないのです。動く気力すらもうありません」

男女の間には他人の入り込めないものがあるとは思いますが、パーパスは困り果ててしまいました。

「じゃぁ、こうしよう。もう一度、太陽に手紙を書きなさい。そこに、ワシも一筆そえてしんぜよう。返事をよこすようにな。いかに太陽が頑固とはいえ、ワシの願いをむげにする事は出来んじゃろう」

そうなんです。パーパスは大魔法使いとはいえ、一人のヒト妖精にすぎません。でも、お月さまや太陽が一目置くような存在なんです。

「ダメです。ダメなんです」

お月さまは、その丸い顔を左右に振りました。

「いつの間にか、手紙を運ぶゴクラクチョウも来なくなってしまったんです。だから、もうどうにもなりません。お日さまに手紙を送る事すら出来ないんです」

お月さまの声は、絶望に打ちひしがれていました。

そこでパーパスは一計を案じました。このまま夜がずっと続いては困るからです。

「そうだ。ではワシが手ずから、そなたの恋文を太陽に渡してやろう。そのあと、ゴクラクチョウも探してあげる」

パーパスは、そう提案をします。

「まぁ、そんな。恋文だなんて」

お月さまは更に顔を赤らめましたが、思いもよらぬ提案に大変喜びました。

お月さまは、さっそく手紙をしたためてパーパスに渡します。手紙を受け取った大魔法使いは、杖を再び手に呪文を唱えると、杖は東の空へと勢いよく飛んでいきました。そして杖につかまったパーパスを、お日さまのいる場所へと運びます。

パーパスを引き連れた杖は、あっという間に忘却の草原の上空へと入りました。

あぁ、ここで忘却の森について、少し説明をしておきますね。

ヴォルノースの森は、輪っかのようなカクリン山脈帯に囲まれています。その更に外側に広がっているのが忘却の草原です。名前の通り、彼の草原に足をふみいれた者は記憶の殆どを失います。ただヴォルノースの森に住む圧倒的多数の人にとって、それは恐ろしいうわさ話に過ぎません。だって草原に立ち入った者は記憶を失ってしまうので、実際に何がどうなっているのかを人に伝えるのは不可能だからです。

忘却の草原を見下ろしながら、パーパスはため息をつきました。嫌な思い出が頭をよぎります

えっ? パーパスは記憶を失わないのかって? そうですね。本当ならば忘却の草原は、そこを通った者はもちろんの事、上空を飛ぶ者の記憶すら消してしまいます。だから本当だったら、パーパスの記憶も消えてしまうはずです。

でもね、大丈夫なんです。どうしてかというと、大昔、何の変哲もない只の草原にそういう魔法をかけたのは、他ならぬパーパス自身だったからです。だから自分がかけた魔法の効果を、自分が受けないようにする工夫をしていました。

パーパスが何故そんな事をしたのかは、この物語の終わりに明らかになるでしょう。それがいつなのかは、わかりませんが。

「いやいや、今は朝が来ない事態を解決するのを最優先にしよう」

パーパスは、そう自分に言い聞かせ先を急ぎます。

どれくらい杖につかまって飛んだでしょうか。だんだんと向こうの空が白んできました。お日さまが近づいてきた証拠です。パーパスは服のポケットを上から触って、お月さまが書いた手紙を確かめます。

ようやっとお日さまの所へと辿り着いたパーパスは、ちょっとおかしな事に気がつきました。何かほの暗いのです。パーパスが六百年前にお日さまと話をした時には、もっとハツラツとした明るさに満ちていたはずなのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

処理中です...