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大魔法使いの死 (3) シュプリンの献身
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意識を失ったパーパスは、やがて懐かしい感触を覚え目を覚ます。これはいつものベッド、いつもの寝室の空気である。先ほどまで居た”どこか”のような違和感はない。
体の節々が痛いが、それはあの時感じた種類とは別物だ。まるで、慣れない運動をした翌日のような心持である。
上半身を起こし、ベッドから抜け出ようとした時、部屋のドアが開いてシュプリンが入って来た。
「あぁ、マスター。お気づきですか」
カラクリ人形が、さも人間の如く口を開く。それだけ優秀な証拠である。
「シュプリン、ワシはどうしたんじゃ。実験室に居た所までは、覚えているんじゃが……」
ベッドに腰掛け、パーパスが執事の顔を見上げた。
「何も覚えていないんですか? もう、呆れますね」
「うるさい。さっさと説明せんか」
いつもの掛け合いが始まった。
「実験中に爆発が起きたんですよ。まぁ、私には、具体的な原因はわかりませんがね。ただ、あなた自身は咄嗟に防御魔法を唱えたのでしょう。大したケガはありませんでした」
シュプリンが、滔々と話す。
「実験室はかなり滅茶苦茶でしたけど、私がもうすっかり片付けてしまいましたよ」
「そうか、ではさっきまでの事は、体の痛みが影響した夢だったのか……」
パーパスが、呟いた。
「夢ですって? こっちが大変な思いで後始末をしている時に、悠々と夢を見ていらっしゃった」
開いた口が塞がらないといった表情を示すシュプリン。
「本当に、気を付けて下さいよ。大魔法使いとは言え、年が年なんですからね。
それで、晩ご飯は食べられそうですか?」
説教がてらにシュプリンは、努めて彼を一刻も早く日常生活に戻そうと腐心する。主人が病人扱いをされるのを、酷く嫌うと知っていたからだ。ここで下手に同情するそぶりを見せれば、途端に「もう、なんでもないわ!」と怒鳴られるのは目に見ている。
翌日、念の為に呼んだ医療精霊に問題なしと太鼓判を押され、二人はまた、何百年も続いてきた昨日とかわらない今日を送る事となった。
事故の話が二人の口の端にのぼらなくなった頃、パーパスの体に異変が見られるようになる。幻視や幻聴の症状が現れ始めたのだ。
それらは皆、あの時見た風景や声だった。決して同じフレーズの繰り返しというわけではなく、気を緩めたり、うつらうつらとした時などに、霧の向こうで実際に何かが起こっているような感覚に襲われた。
「マスター、どうかされましたか?」
その度に、シュプリンが声をかける。医療妖精が大丈夫と言ったので安心はしていたけれど、主人の様子が時々おかしくなる事態に、彼は一抹の不安を覚えていたのである。本当に、彼は主人思いの執事であった。
「ん、それじゃがな……」
普段なら、自分の弱みをおくびにも出さないパーパス。しかし寄る年波が彼の鎧を一枚ずつ剥がしていったのか、”あの時”見た夢や、幻視・幻聴の話を語り出した。
「へぇ~、そんな事が……」
シュプリンは、意外に思った。我がままの権化のような性格とはいえ、未だ頭は冴え渡り、その身も大変にかくしゃくとしている。ヴォルノースで一番の健康老人と言えるだろう。その彼がこんな悩みを持っていたとは、さすがの名執事シュプリンも気づく事は出来なかった。
だが、この告白は裏目に出る。話し終わったパーパスの表情が、急に険しくなり始めたのだ。
「マスター、どうされました。気分でも……」
シュプリンが気遣う言葉さえ、もうパーパスの耳には届かない。急激にいつもの幻が見え、聞こえ始めたのだ。それはまるで、目の前の現実が霧のように消失し、本来そこにあった風景が現出して来るようであった。
「シュプリン、助けてくれ、助けてくれ!」
老人の叫びも空しく、彼の目の前から、ヴォルノースの風景が掻き消えた。
意識を失ったパーパスは、やがて懐かしい感触を覚え目を覚ます。これはいつものベッド、いつもの寝室の空気である。先ほどまで居た”どこか”のような違和感はない。
体の節々が痛いが、それはあの時感じた種類とは別物だ。まるで、慣れない運動をした翌日のような心持である。
上半身を起こし、ベッドから抜け出ようとした時、部屋のドアが開いてシュプリンが入って来た。
「あぁ、マスター。お気づきですか」
カラクリ人形が、さも人間の如く口を開く。それだけ優秀な証拠である。
「シュプリン、ワシはどうしたんじゃ。実験室に居た所までは、覚えているんじゃが……」
ベッドに腰掛け、パーパスが執事の顔を見上げた。
「何も覚えていないんですか? もう、呆れますね」
「うるさい。さっさと説明せんか」
いつもの掛け合いが始まった。
「実験中に爆発が起きたんですよ。まぁ、私には、具体的な原因はわかりませんがね。ただ、あなた自身は咄嗟に防御魔法を唱えたのでしょう。大したケガはありませんでした」
シュプリンが、滔々と話す。
「実験室はかなり滅茶苦茶でしたけど、私がもうすっかり片付けてしまいましたよ」
「そうか、ではさっきまでの事は、体の痛みが影響した夢だったのか……」
パーパスが、呟いた。
「夢ですって? こっちが大変な思いで後始末をしている時に、悠々と夢を見ていらっしゃった」
開いた口が塞がらないといった表情を示すシュプリン。
「本当に、気を付けて下さいよ。大魔法使いとは言え、年が年なんですからね。
それで、晩ご飯は食べられそうですか?」
説教がてらにシュプリンは、努めて彼を一刻も早く日常生活に戻そうと腐心する。主人が病人扱いをされるのを、酷く嫌うと知っていたからだ。ここで下手に同情するそぶりを見せれば、途端に「もう、なんでもないわ!」と怒鳴られるのは目に見ている。
翌日、念の為に呼んだ医療精霊に問題なしと太鼓判を押され、二人はまた、何百年も続いてきた昨日とかわらない今日を送る事となった。
事故の話が二人の口の端にのぼらなくなった頃、パーパスの体に異変が見られるようになる。幻視や幻聴の症状が現れ始めたのだ。
それらは皆、あの時見た風景や声だった。決して同じフレーズの繰り返しというわけではなく、気を緩めたり、うつらうつらとした時などに、霧の向こうで実際に何かが起こっているような感覚に襲われた。
「マスター、どうかされましたか?」
その度に、シュプリンが声をかける。医療妖精が大丈夫と言ったので安心はしていたけれど、主人の様子が時々おかしくなる事態に、彼は一抹の不安を覚えていたのである。本当に、彼は主人思いの執事であった。
「ん、それじゃがな……」
普段なら、自分の弱みをおくびにも出さないパーパス。しかし寄る年波が彼の鎧を一枚ずつ剥がしていったのか、”あの時”見た夢や、幻視・幻聴の話を語り出した。
「へぇ~、そんな事が……」
シュプリンは、意外に思った。我がままの権化のような性格とはいえ、未だ頭は冴え渡り、その身も大変にかくしゃくとしている。ヴォルノースで一番の健康老人と言えるだろう。その彼がこんな悩みを持っていたとは、さすがの名執事シュプリンも気づく事は出来なかった。
だが、この告白は裏目に出る。話し終わったパーパスの表情が、急に険しくなり始めたのだ。
「マスター、どうされました。気分でも……」
シュプリンが気遣う言葉さえ、もうパーパスの耳には届かない。急激にいつもの幻が見え、聞こえ始めたのだ。それはまるで、目の前の現実が霧のように消失し、本来そこにあった風景が現出して来るようであった。
「シュプリン、助けてくれ、助けてくれ!」
老人の叫びも空しく、彼の目の前から、ヴォルノースの風景が掻き消えた。
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