ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

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魔女と奇妙な男 (45) ふさわしい主

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「まだ、薬があるの……!?」

良く考えてみればわかる話ですが、現代のヴォルノースにあるはずのない禁忌の薬が、そう何本もあるとは思ってもみなかったネリスでした。恐怖が彼女の判断力を、鈍らせていたのかも知れません。

メサイトは器用に片手で小瓶のフタを開けると、グイッとばかりに一気に中身を飲み干しました。

「この神秘の薬。効き目は抜群なんだが、効いている時間が短くていけねぇ」

その言葉が終るか終わらない内に、メサイトの体は再びグングンと大きくなっていきます。彼が巨大化するのと同時に、腕を掴まれたネリスの足も自然と床から離れていきました。

「いたっ、痛い!」

腕一本でメサイトに吊り上げられているネリスがたまらず叫びます。

「おぉ、いい悲鳴だ。今まで生意気な口をきいてくれた礼をしてやろう」

化け物と化した男は、ネリスを捕まえている腕をブルンと振るい、彼女をホールの奥まで軽々と投げ飛ばしました。

「きゃっ!」

そのままホールの床に叩きつけられるネリス。かなりの衝撃を受けたのでしょう。しばらくは、体をピクリとも動かしません。

「おい、死んじまったんじゃないだろうな? それじゃぁ、こっちが困るんだ」

再び高揚した声で、メサイトが冗談めかして言いました。

ネリスの頭はクラクラとし、さっきおやつに食べたドーナツを吐き出しそうになりましたが、グッとこらえて何とかその場に片膝を立てます。どうやら体重が軽い分、思ったよりもダメージは少なかったようですね。ですが、それでも体中があらん限りの悲鳴をあげています。

「ネ、ネリスさん!

メサイト、も、もうやめてくれ!」

サジルが叫びます。自分の息子と同年代のか細い少女が、凶悪な化け物の餌食になろうとしているのです。彼はもう見ていられませんでした。

「はぁ? そんな事を言っていいのかよ。オレの一言で、先祖代々続いてきた店がブッ潰れるんだぜ?」

ネリスの方へ近づいていくメサイトが、肩越しに言いました。

「……い、いいさ。もういい」

サジルが、小さく呟きます。

「なんだって~っ? 聞こえねぇぞぉ」

本当は聞こえているメサイトですが、サジルをいたぶるように嫌味ったらしく尋ねました。

「もう、いいって言ってるんだよ!」

立ち上がり、背筋をシャンとさせたサジルが言い放ちます。

「……わ、私は、勘違いをしていた。

百年続いた商会を潰さないのが、私の使命だと思っていた。だから、心ならずもお前の言う事を聞いてきたんだ。

……でも、本当は違うんだ」

「何が違うってんだ?」

少し興味を覚えたメサイトは、振り返り立ち止まりました。

「私は……、私自身が商会を潰す張本人になるのが嫌だったんだ。しかも、お前のような奴に騙されて!

身内や世間に、百年の歴史を滅茶苦茶にした無能な愚か者と嘲られる事が怖ろしかった、恥ずかしかった。それを想像すると、夜も満足に寝られなかったよ。

そして何より、自分がそんなくだらない存在だと、自分自身が認めるのが嫌だった。だから、店を守るためだなんていう言い訳をして、自分を誤魔化していただけなんだよ!

こんな、自分の事しか考えない私は、百年の歴史ある店の主にふさわしくない、とんだ大馬鹿もんだ!」

サジルのふくよかな頬には、両の目から流れ出た大粒の雫がボロボロと伝っています。でもその涙は、長年こびりついていた彼の心の汚れを綺麗さっぱりと洗い流してくれました。

大変皮肉な話ですが、サジルは今、はじめて百年の歴史を持つ商会の主として、ふさわしい人物になったのです。
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