ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

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魔女と奇妙な男 (47) 絶望の時

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「はい、ご苦労さん!」

そのいやらしい声と共に、メサイトはサジルのナイフを叩き落とします。

サジルは「ギャッ」と叫んで、その場に倒れ込みました。化け物の怪力はナイフをなぎ払っただけではなく、サジルの体全体に大きな衝撃を与えたのです。あわれな商人は床に叩きつけられ、のたうちまわりました。

「サジルさん!」

走っていたネリスの足が、ピタリと止まります。それは直感的に”死”を予感したからでした。

「あのお方から”人には手を出すな”と言われてたんで、今までは物を壊す程度で我慢してきたんだがよ。ハッキリ言って、物足りなくていけねぇ。

だがもうこうなったら構うもんか。どのみち事が済んだら、サジルは始末するつもりだったんだからな」

メサイトの目が、異様にギラギラと輝き始めます。それはまるで、”待て”を命じられていた犬が、我慢が出来ずに目の前の餌をむさぼり食う時のようでした。

「ちょ、ちょっと! さっき、盗む薬の目利きに、サジルさんが必要だって言ったじゃない」

サジルの死を少しでも引き延ばそうと、ネリスが必死に抵抗を試みます。

「フン、既にリストはあるんだ。こいつがいなくたって、どうにかなるさ。それよりも、巻き添えを食らいたくなかったら、もっと後ろへ下がってろ!」

化け物がネリスの方を、チラリと見て言いました。

「……ネリスさん、下がって、言う事を聞いて。あんたが傷ついたら、何の意味もない……」

喋る事すら苦痛であろうサジルが、新米魔女に最後の気遣いを見せます。ネリスは本能的に後ずさりました。

「あぁ!? 死に際まで善人ぶるってか? ま、それも結構。んじゃま、とっとと地獄へ行きやがれ。間抜けな商会主さんよ!!」

獲物の方へ向き直ったメサイトが、岩のような拳を凄まじい勢いで振り降ろします。

「サジルさん!」

ネリスが、絶望の声を上げました。

その場にいる全員が、良くも悪くもサジルの死を確信したその時です。

倉庫の入口に続いている真っ暗な廊下の方より、何かが勢いよく飛んできました。それにいち早く気がついたのは、身体能力が向上しているメサイトです。しかし余りに突然の出来事だったので、彼は眼前に迫る黒い塊に反応しきれませんでした。

ガシャン!!

その何かはメサイトの頭部に見事命中し、けたたましい音をホールに響かせて砕け散ります。誰もが状況を把握できません。一体、何が起こったのでしょうか?

「何だ!?」

メサイトがブルブルっと、頭を左右に振りました。ただ、サジルへの一撃を思い留まらせるには十分な衝撃でしたが、ダメージは殆どないようです。

一方、取りあえず命の灯火が消えずに済んだサジルは、只々呆気にとられておりました。

さて、ネリスはどうでしょう?

甕(かめ)! あれは薬草を保存しておくための、大きな甕だわ。

三人の中で、一番冷静でいられる立場のネリスは、すかさずそう判断しました。薬倉庫には完成品の薬はもちろんですが、成分を調整するための薬草類も多く保存されています。

なるほど。破片をよく見てそれを頭の中でつなぎ合わせると、確かにこれは甕のようですね。

「ん? 廊下の方に”誰か”いるな……」

化け物になった時のメサイトの目は、暗闇の中をも見通す事が出来ました。

”カツ、カツ、カツ”っと、靴音が真っ暗がりの向こうから近づいてくるのが分かります。甕は、この誰かが投げつけたようですね。しかし、相当に重い甕を勢いよく投げつけられるなんて、一体どういう人物なのでしょうか。

「よぉ、薄汚い化け物くん。”あのお方”ってのについて、詳しく聞かせてもらおうじゃないか?」

明々と灯る照明の下に現れた黒づくめの男は、いささか軽薄な口調でそう言いました。
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