ヴォルノースの森の なんてことない毎日

藻ノかたり

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魔女と奇妙な男 (88) ゼシュタルの冷や汗

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「まず、ネリスって娘と百年商会長が外へ出ようとした時、それに商会長が一人で戻って来た時、あなたは何故それを止めなかったの? そうしていれば、メサイト坊やの勝利は確実だったはずだけど」

ティシカの瞳が、使い魔をねめつけます。

「はい。あの時、メサイトはいつになく禁忌の薬を使いこなしておりました。そして、使用時間の大幅な延長も見せています。これは、戦闘魔女との戦いがあったればこそだと確信いたしました。

よって勝負を最後までさせた方が、より良いデータを得られると考えたのです」

使い魔ゼシュタルが答えます。

「ふーん、なるほどね。では次に……」

ティシカはテーブルに設置されている灰吹き(キセル用の灰皿)に、キセルの先を打ち付けました。

その音に、ゼシュタルは少しビクリとします。

今の答えは、正解なのだろうか?

不安を表情にこそ出しませんでしたが、ゼシュタルの額に汗が滲み出ました。

「坊やが敗れた後、あなたがクレオンを倒す事も出来たはずだわよね。それをしなかったのは、どうして?」

ティシカは、青紫色の煙をたなびかせながら詰問します。

「確かにあの状況ならば、私はあの戦闘魔女を打ち破っていたでしょう。しかし悪魔を騙す隠蔽結界を張り続ける場合、その場で常にチューニングをしていなければいけません。さすがに、戦いながらでは難しい。

そのため、もし彼らの気配を察したレアロンが駆けつた場合、かなり面倒な事になると判断したのです。何よりも、私の正体が露見する可能性が高かった。

今はメサイトや強盗団の所で、情報を遮断するのが必須であると考えました」

ゼシュタルが、伏し目がちに答えました。

妖精魔女はもう一息煙を吐いた後、ひときわ大きく、キセルを灰吹きに打ち付けます。

使い魔の体が、明らかにブルっと震えました。

「上々、上々! あなたの判断は、私の意志をとても良く汲み取っているわ。さすが、私の使い魔ね」

ティシカはカラカラと、上機嫌に笑います。ゼシュタルの体中から、今度は安堵の汗が流れ出ました。

「ふふっ。まぁ、禁忌の薬開発の為に、コリスの家から魔法書や薬草を持って来られなかったのは残念だけど、メサイトがこちらの期待以上の結果を出したとあっては、むしろ事を大きくしない方が得策だわ。

こちらの”研究”にも、支障が出かねませんからね」

脚を組み替えたティシカが、独り言のように呟きます。

「マダム・ティシカ。一つ、質問してもよろしいでしょうか」

ゼシュタルが、おずおずと尋ねました。

「……えぇ、いいわ。今回のご褒美として、答えてあげましょう」

ティシカが、優しい口調で応じます。よほど、結果に満足したのでしょうね。

「私がどうしてもわからないのは、メサイトの変化です。私の認識といたしましては、現段階での禁忌の薬の効き目は非常に短く、ましてや二段、三段と姿が変わるなどとは思いもよりませんでした」

使い魔は、疑問を率直に口にします。

「なるほどね。あなたが言う事は、もっともだわ……。

でも実を言うとね。メサイトを選んだのは”そうなる事”を期待しての話だったのよ。

被験者が、誰でも良かったわけではないの」

ティシカの答えに、ゼシュタルが目を丸くしました。

「知っての通り、禁忌の薬の製造方法は、既に失われてしまった。でも、私が実家の書庫で、その片鱗を見つけたのは話したわよね。

でもそれだけじゃぁ、私の計画の役には立たない。かといって、足りない部分を新たに研究開発するのには時間もかかるし、そもそも私だけが禁忌の薬について知っているとは限らない。

単に複製しただけじゃ、解毒剤のようなものを作られてしまう可能性だってあるわ」

ティシカの言葉に、ゼシュタルは自らの記憶をたどります。

確かにそうだ。遠い昔、ヴォルノースの戦国時代。マダムの祖先の魔女が、とある王の薬師であると聞いた事がある。そして兵士を強化する為の薬、今でいう禁忌の薬の開発に血道をあげたと記された、彼女の日記も出て来たという。そこには全てではないものの、薬の製造法に関する記述もあったとか。
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