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ヘリスウィル・エステレラの章(第二王子殿下視点)

ヘリスウィル・エステレラ~カフェ~

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 カフェのプレオープンの日。
 お忍び用の馬車でロシュの自宅へ迎えに行った。
「殿下、お招きありがとうございます」
 そう言って出てきたロシュの後ろに、ロシュに似た女性がいた。この方がロシュの母親だろうか。
「大事なご子息を預かる。無事に返すと約束しよう」
「ありがとう存じます」
「行ってきます!」
 ロシュをエスコートして馬車にのせる。中には僕付きの侍女と護衛騎士が乗っていた。
「殿下、いつもと感じが違うね」
「そうか? 一応街中に出るから、相応の外出着を着てきたのだが変だろうか」
「ううん。かっこいいよ」
「ありがとう。ロシュは今日も素敵だ」
 ロシュはいつもは髪の色に近い赤系統の服を着ているが今日は落ち着いた紺色と白の服を着ていた。
「……あ、ありがとう」
 ロシュが照れている。そういえば衣装を褒めたことはなかった。マナー違反だった。次からはちゃんと褒めよう。
 
 伯爵の店は“カフェ”という業態だそうだ。店名は【月夜の黒猫】。
 着いたそこは落ち着いた佇まいに淡い色彩を使った装飾がされていた。こじんまりした可愛らしい外装でいかにも女性に受けそうな店だ。外には贈られた花が飾られていて、送り主の名前から後援者も推し測られた。僕の個人名で贈った花もある。
 多分この花を贈った者たちはこのプレオープンに招待されているのだろう。
 プレオープンは1週間ほど開催され、そのあとに正式なオープンとなると招待状には書かれていた。
 プレオープンの間に従業員の実践的な教育を終え、メニューの調整を図るのだろう。
 入り口のドアは開けられており、扉の両脇に従業員が立って案内をしているようだ。
 護衛と侍女が先に降りたち、次に僕が降りてロシュをエスコートする。
 先に招待状を侍女が入り口の案内人に渡した。

「ようこそいらっしゃいました。ご案内いたします」
 案内人が中の従業員に招待状を手渡して先導する。侍女が先に立ち、護衛騎士は僕の後ろだ。ロシュは僕の隣でエスコートされている。
 扉に近づくと甘い匂いが漂ってきた。店内に入ると入口付近は焼き菓子が飾られていて土産にできるようだ。リボンや花が壁面に飾られていて、壁面も淡い色を使って温かみのある色合いになっていた。
 伯爵と夫人が店員と一緒に並んで出迎えをしていた。店内のテーブルにはほかの招待客も何組かすでに席についていた。
「ようこそいらっしゃいました。ヘリスウィル殿下」
「ロアール卿、招待ありがとう」
「こちらこそお祝いの花、ありがとうございます」
 軽く挨拶を交わすと、先ほどの従業員が二階へ促した。一番奥の個室に案内され、護衛は入口に立ち、侍女は隣の控室に案内された。
 中には白いテーブルクロスがかかった角テーブルの中央に花が飾られていた。少し豪奢なこの部屋は身分の高い客専用のようだった。
 椅子を引かれて、ロシュから座った。小さなメニューカードが置かれていて、どうやら本日は品が決まっているらしい。

 案内人が出て行くと、ロシュと二人きりになった。そういえば二人きりなんて初めてだ。
「凄い。 外も中も可愛くて、これってメニューなのかな?」
「多分今日のメニューだろうと思う」
「アフタヌーンティー……こんなに品数があるの? ほんとにデザート?」
 確かにキッシュとか、書いてあるな。この料理名は王宮では見ないものだ。
 そんな話をしていると紅茶がワゴンで運ばれてきた。ポットから小さなカップに注いだ紅茶をその給仕が飲んでから客用のカップに注いだ。侍女が毒見役なのだが、今回、毒見は給仕がするようだった。
 いい香りが広がった。ポットはテーブルに置かれて布が被せられた。
「美味しい」
「ああ、美味しい」
「ありがとうございます。開店後は紅茶も選んでいただくようになります。今回は料理に合わせた紅茶を用意させていただきました」
 一旦、給仕は出て行った。

「紅茶が美味しいと、凄く期待できるね」
「ああ。とても美味しい」
 紅茶は意外と美味しく淹れるのは難しいものだ。淹れる者によって同じ茶葉でも味が違う。母に付き合って何人もの侍女が淹れた紅茶を飲む機会があるから余計に思う。
 次にワゴンを押して給仕が入ってきた時、ワゴンには二段の鳥かごのようなものに皿がのせられ、下から一段目はキッシュが二段目にはビスケットのような色合いの焼き菓子が置かれていた。
 給仕が少しずつ毒見をした後、テーブルに置かれ、下の皿が目の前に置かれた。
 まだ湯気が立っていて美味しそうだった。
 ロシュが目を輝かせて料理を見ている。
「いただこうか」
「うん」
 さくっとした生地に包まれたキッシュはほうれん草とベーコンが入っていて美味しかった。デザートの店なのに、何故なんだろうと思いつつ、軽食も出す店なのだろうと自分を納得させた。
「美味しい!」
「ああ。美味いな」
 給仕が笑顔で、テーブルの傍に控えていた。一皿目が終わると皿をすぐに下げ、二段目の皿を目の前に置く。

「こちらはスコーンでございます。二つに割っていただき、このコンフィチュールと、クロデットクリームを添えていただき、食していただきます」
 給仕が実演してくれ、自分でもスコーンにのせて食べてみる。少し塩味のする生地に酸味のあるベリーのコンフィチュールと、甘さのないクリームが合わさって、美味しい。少しぽろぽろと水分の少ない生地が落ちるが仕方がない。
 食べた後で紅茶で喉を潤すと、それがまた紅茶の味も、スコーンの味も引き立てた。
「美味しい……」
「美味しいな」
 感動しているロシュの顔を見て連れてきてよかったと思う。多分この店はすぐ予約で埋まってしまうだろう。そして僕や王家の者は気軽に来れる格でもない。
 レシピを買い取って城の料理人に作らせるしかないだろう。
 セイアッドと交流があり、開店前だからこられたのだ。
 スコーンを食べ終わって、メニューカードにまだ品物の名前があった。

「では3皿目ですがこちらから選んでいただけますか。何品でも結構です」
 ワゴンの下から大皿が出て、その上には色とりどりの二口ほどで食べられそうな小ぶりのデザートがのせられていた。ケーキやタルトだった。
「こんなに沢山の中から? え、選ぶの?」
「はい、お好きなものを取り分けます」
「僕は毒見はいいよ。そうだなあ。これとこれとこれがいいかな」
 ロシュはイチゴの乗った白いクリームのケーキとブルーベリーのタルト、生地の中に白いクリームとカスタードの入ったシュークリームを選んだ。
 僕はそれほど食べられないので、赤いケーキを選んだ。ルビーチョコを使ったケーキで、生地はムースのようだった。
 酸味があって甘すぎず、クリームも甘さが控えてあって、中にチェリーが入っていた。
 チョコレートとはこんな味だっただろうか。
「これは美味しい。ロシュも食べたほうがいいぞ」
「え? ほんと? じゃあ、僕も……」
 給仕が笑顔で空になった皿を下げ、新たにロシュに饗した。
「このケーキ、すごく美味しい。 食べたことない味だ。チョコって……」
 給仕がルビーチョコレートについて話して、黒い実ではなく赤い実を使ったと説明があった。酸味もその実にあるようで、酸味のあるフルーツと相性がいいようだった。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、紅茶も飲み干して帰る時間になった。

 侍女に焼き菓子を買えないか聞いてもらい、母への手土産と、記念にメニューカードをもらい、帰路に着いた。
「殿下、ほんとに誘ってくれてありがとう。お土産も買ってもらってほんとによかったの?」
「ああ。今日付き合ってくれた礼だから大丈夫だ。あの店はなかなか男性一人ではいけない店のようだしね」
「開店したらなかなか入れなさそうだよね」
「機会があればまた行こう」
「うん。ありがとう殿下」
 ロシュを送り届けて母に土産を渡してその日は終わった。
 凄く楽しかった。ロシュがずっと笑顔だった。それだけでもよかった。
 
 ロアール伯爵に感謝の手紙を書いて送った。ルビーチョコレートのケーキのレシピを買い取りたいと希望もした。原材料が貴重らしくその注意が書いてあったが、無事に買い取れた。ロシュの美味しそうな表情を思い出し僕は心が浮き立った。

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