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 私、逸見冬樹はゲイだ。子供のころから女の子には興味がなかった。どうも私はもてる容姿らしく、よく女の子から告白されてはいたのだが、全て断っていた。
 男が好きだと自覚したのは中学の時だった。
 何気ないしぐさに心臓が跳ねて、呆然とした。缶ジュースを飲む、その仕草が私はエロいと思ってしまい彼の口元を凝視してしまった。その視線に気付いた彼はジュースが欲しいのかと思って、分けてくれたが、関節キスだと喜んでいたのを彼は知らない。
 ゲイだと気づいてしまうと、府に落ちた。女に勃起しないのも、男の裸に感じてしまうのも。
 自覚してから私は用心深く振舞った。女はたんに興味ないと、まだ遊びや、友人と行動することが楽しい、ガキを演じた。

 高校大学と、友達と遊ぶことを優先し、彼女は作らない、俺はそんなふうに学生時代を過ごし、弁護士になった。国際契約を主に取り扱う事務所だ。最近はアジア関係が多い。仕事が忙しく、恋人を探すこともなく、歳だけを取ってしまった。
 もう私は32だ。一人寝が寂しく感じられる。そう思って、いわゆるゲイの出会い場というか、発展場を回ってみたが、どうも私は黙っていればそこそこもてるが話をすると残念な男になってしまうようだ。行為だけするのなら、それでいいのだが、パートナーを探すとなると、どうも私の性格は障害になるようだった。(もちろんそれなりに経験は積んでいる)

 世の中はバレンタインデーだが仕事が忙しく、事務所は男ばかり。もちろん義理チョコもない寂しい職場だ。恋人もいない私はチョコに一喜一憂する様子の世間男性とは縁遠い境地にいた。しかしバレンタインデー当日街はハートがいっぱいで、一人身に寒さが堪えて、何度か通っているゲイ専門のバーへ足を運んだ。せめて一晩誰かと一緒に過ごしたかった。
 クリスマスやバレンタインデーや一人身に厳しいイベントが多すぎる。どうせ、多分、見つからないだろうと諦めの境地で店内に入った私は天使を見つけた。

 カウンターに一人座っている若い男。大学生だろうか。細身で、すらりとした身体。髪はさらりとストレートの長めで顎にかかるくらい。卵型の小顔で、やや大きめの目に、鮮やかな色の形のいい唇。まるで女の子かと見紛うほどだ。肌は白く、きめ細やかで、若さなのか輝いて見える。Vネックの黒のセーターに、白のシャツ、黒のやや細めのパンツがとても似合っていて色気を感じた。
 挙動不審にならないように隣の空席に立った。さりげなく座り、水割りを注文した。鼓動のうるさい心臓をなだめて、落ち着いて聞こえるように声をかけた。

「こんばんは。少し話しても?」
「え、ど、どうぞ?」
 声を掛けられて少し驚いた顔には拒否の様子はなく、戸惑いながらも、そう言ってくれた。少し高い声も、心地いい。思わず口角が上がった。
 私たちは取り留めのない話をするうちに、彼が今日のバイトの話をしてくれた。
 
 彼は大学生で、バレンタインデーの短期バイトをしたそうだ。そこからバレンタインデーというイベントにかなり文句を言っていた。

 つまりは、フリーということなのだろう。
 
 まあ、こんなゲイの溜まり場に一人で来るのだから当たり前といえば当たり前なのか。ただ、チョコの紙袋はパートナーがいるのではと、少し気になっていて、理由を聞いてほっとした。

 その袋の中身を見せてくれながら彼はおどけたように笑った。心臓が掴まれたように痛かった。
「もう、一つしかないし、寒くて寒くて。なくなれば終わるかと思って。それでつい、チョコレート買っちゃいましたよ。」

 私は嬉しさに微笑んでいたのだろう。
「てっきり恋人にもらったものかと思ったよ。今年は誰にももらってないかな私は。」
 職場に女の子はいないし、パートナーもいないから当然なのだが。

「じゃあ、男からあれだけど、これやるよ。」
 え。もしかして。彼は私に好意を持ってくれたのか?
 差し出された袋を受け取るのに手が震えそうになって、必死でこらえて受け取った。
 嬉しくて飛びあがりたいくらいだった。

「ありがとう。」
 礼を言うと彼は嬉しそうに微笑み、私たちはかなり長い時間話をして、そして彼は酔い潰れてしまったのだった。

 バーを出てタクシーを拾って酔った彼に自宅の住所を言わせるとそこへ向かった。タクシーに乗っている間、彼は私に寄りかかって寝ていて、心臓が破裂しそうだったのは言うまでもない。
「着いたよ。歩けるかい?」
 目的地について彼を起こした。
「うん。あ、ごめん。ありがとう。」
 寝たことで意識がしっかりしてきたのか、彼はふらつきながらも立ち上がって、タクシーを降りた。私も一緒に下りて時間を見た。バーのあったところから電車で二駅くらいのところだったがすでに終電はなかった。

 彼の部屋は二階の角らしい。ふらつく彼を支えつつ、彼の部屋にお邪魔した。
 ワンルームの彼の部屋は意外と片付いていて好感がもてた。
 彼は部屋に入るなり青い顔をして口を押さえた。
「うわー気持ち悪いごめん!!」
 トイレに駆け込んでしばらく出て来なかったので私はソファーに座って待った。コートは脱いで、彼のデスクチェアの背に掛けさせてもらった。

 ようやくおさまったのか、青い顔をして出てきた彼は、きょとんとした顔で私を見た。
「あれ? 帰らなかったの?」
 私は申し訳ない気持ちになって理由を述べる。
「どうやら最終が出てしまったようで、申し訳ないが、が出るまで泊めてもらえないか?」
 これは本当だ。私の家は反対側でタクシーで帰るには距離がある。そして彼の家に泊まれる口実を述べるにはいささかも心が痛まない。もちろん下心ありだが。
 彼は申し訳なさそうな顔をして視線を彷徨わせた。

「うん。といっても寝るには寝具が……」
 といいながら毛布を引っ張りだしてきた。
 私のコートとスーツの上着をきちんとハンガーにかけてくれた。いい子だ。

「俺のパジャマじゃちょっと小さいかもね。フリーのトレーナーでも……」
 私の方を見てしばらく彼は考えた様子で言った。可愛く思えて彼の腕を取ってソファーに押し倒した。

「君が湯たんぽになるなら裸でもかまわないよ?」
 お互い酒の匂いのする息が混ざり合うほど近くで顔を覗き込んだ。アルコールで彼の体温は高かった。目元も紅潮して、潤む瞳は色っぽかった。はあと息を吐きながら彼は危機感も見せずに言った。

「男2人でソファーは狭いというか…裸で男同士って問題あるんじゃ…」
 かわいいなあ。もちろん問題はないよ。お互い好意を持ったゲイ同士なんだから。
「君ほど綺麗な子と一緒に寝るなんて役得だって思っているよ?」
 呆然とした顔で私をみる彼が誘っているようで、自然と口角が上がった。邪魔な服は取ってしまおう。私は彼を脱がしにかかった。すでにセーターを彼は脱いでいたので、前開きのシャツはとても脱がせやすい。

「え? え? え?」
 彼は目を白黒させていた。そのままシャツを脱がせて床に落とした。
 彼の背をソファーに押し付けて、彼の唇を奪った。
 ほんのりと歯磨きの味がした。それに混じってアルコールの香りがする。
 彼の咥内は甘くて、夢中で舌を差し込んで絡ませた。

「……ん、……ん―――……」
 彼の鼻に抜ける声が私を煽る。何度も口付けを交わすと彼の身体から力が抜けた。彼はされるままから自分からも応えて吸い返してきた。
 それが嬉しくてずいぶん長い間口付けを交わした。

 嫌がっているそぶりはなかった。とろんとした目が、色気を持って私を見る。
 次第に赤く染まっていく顔を見て私は嬉しくなった。
「あ、あ、あの…俺、テツヤ……その、名前……」
 ああ、彼から名乗ってくれた。とても嬉しい。

「フユキ、だよ。テツヤ。」
 思わず目の前の白い肌に吸いついた。あとは残さないように首筋から彼の胸へとキスを散らす。その内彼の股間が熱を持ってきたので、軽く撫でると彼の身体がびくりと跳ねた。

 私の愛撫に反応してくれているのが嬉しくて、彼の昂りを握りこんだ。
 すでに彼は一糸まとわぬ姿で、私の下で可愛く喘いでいる。

「ん、フユキ……気持ち、いい……」
 とろんとした甘い声でそう言ってくれた。私の股間も張りつめてきた。
 お互いの雄を擦り合わせるとお互いの先が濡れてきて、水音を立てた。

「あ……んん……イイ……」
 腰を私に擦りつけて強請る姿に私はごくりと喉を鳴らした。ああ、やっと見つけた。私の愛する人。

「テツヤ……好きだよ……君と恋人になりたい。……いいかい?」
 彼はこくこくと頷いて、もっとと私にせがんだ。
 お互いの雄を一緒に握りこんで扱く。彼は胸を逸らして腰を震わせた。
 その逸らした胸の赤い飾りを音を立てて吸い上げると、びくりとまた大きく震えた。
 舌で転がすとそこが堅く尖ってきて、吸い上げるとまた震えた。

「あ……そこ、気持ち、よすぎ……あん……フユキィ……」
 彼の嬌声はダイレクトに腰に響いた。胸が熱くなって鼓動が早まる。私は今までにないほど興奮した。

「あ……イく……あっ……あああっ……」
 テツヤの、切羽詰まった声に煽られるように、握り込む力を強くして、お互いが達した。
「はあ……はあ……よかったよ。テツヤ……」
 乱れる呼吸を整えて、彼の頬を撫でた。

「……テツヤ?」
 どうやら、彼は落ちてしまったらしい。
 アルコールも随分回っていたことだし、仕方ないと言えば仕方がない。

 私たちはこれから何度も会えるのだから、性急に事を進めなくていい。
 お互いゆっくりと知っていけばいいのだ。

 彼の身体を拭いて、失礼かと思ったが、パジャマと下着を探して着替えさせた。
 彼を抱き込むようにして寝た。
 
 始発の時間前に起きて、彼が寒くないように毛布をしっかりかけ、メモを置いて彼の部屋を出た。
 オートロックのようだったから心配はないだろう。初めて好きな子にもらったチョコを持って、始発に乗り込むと私は自宅に一旦帰って出勤した。
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