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中編

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 いつ連絡が来るかと楽しみにメールを待っていたが1日たっても来なかった。初日は二日酔いで寝ているのだろうと思った。もう、二日目の夕方だ。もしかしてメアドが間違っていたのだろうかと不安になった。心配になって、早く上がれた今日、彼の家の最寄り駅に向かってしまった。

 駅では会えないだろうと、彼のアパートに向かった。前方を見たことのある後ろ姿が見えた。
 彼だ。
 思わず声をかけた。それに彼はびくりとして立ち止まって私を見た。
 私は思わず、自分の行動にはっとした。もしかしてこれはストーカー行為? でもお互い好き合っているし……ああ、でもどうしよう?
「メールがなかったからつい来てしまったんだが、ストーカー認定はしないでくれると助かるな。」
 と思わず正直に話してしまった。
 ああ、彼が呆然としている。私は少し冷や汗を掻いた。
「あー、うちに寄ってく?」
 悩んだ末に出た言葉のような気がした。
 二度目になる彼の自宅訪問。

「あがって。何もないから…んーピザでもとる?」
 彼について彼の部屋に上がる。彼は手を出してきて私のコートを受け取るとハンガーにかけてくれた。
「メールじゃなくてメッセにしよう。ID教えて?」
 ああ、そうか。メールは古いのか。いまはSNSが主流なんだっけ。彼のスマホを操る慣れた仕草に少し年を感じてしまった私だった。もしかしたら一周りは違うかもしれない。
「ああ、そうか、いまどきの子はそっちが主流だったね。うっかりしてた。会社でもメッセを使ってたりするよ。私はセキュリティ面から会社で使うのは危ないと思ってるんだけどね。」
 私もスマホを出して、メッセを立ち上げた。お互いIDを交換して、テスト文を入れて確認した。ああ、これでいつでも連絡が取れる。

「既読スルーしても許して。」
 彼はおどけたように言ってソファーを勧めてくれた。
「お互い様でお願いするよ。」
 私も冗談めかして応じた。彼はペットボトルのお茶を出してくれた。彼の人となりは気遣いのできる人、であるような気がした。
「こんなのしかなくてごめんね。」
 私は横に首を振った。突然の訪問者にお茶を出してくれるだけでも、ありがたいというのに。
「いや、おかまいなく。」
 私たちはひと先ずお茶を飲んだ。彼は言い難いように言い淀みながら私に問うた。

「そ、それでフユキは突然どうしたの?まさかほんとにメールが来なかっただけできたのか?」
 私は微笑んで言った。彼はわかりきったことを何で聞くのだろうと思った。
「恋人と会いたいと思うのは当然じゃないかな?」

 そう言った後、彼の時が止まった。
 多分、5分はピクリとも動かなかった。
 一体どうしたんだろう? ようやく起動した彼の声は少し上擦っていた。
「恋、人?」
 私はにっこりと頷く。
「誰と、誰?」
 何を聞くのだろう。
 わかりきっていることなのに。ここには私とテツヤしかいない。
「私と君に決まってるじゃないか?」
 首を傾げつつ言った。

「え、えええ???」
 彼は思ってもいなかったことを言われた表情で叫ぶ。
 これはもしかして、話がかみ合っていない?彼は酔っていたし。あり得ることだとは思う。
「もしかして、覚えてないのかい?」
 彼は視線を泳がせた。ああ、だからメールも来なかったのか。
「え、え―と……」
 彼は良いあぐねて言葉を詰まらせた。そうしてやっと言葉をひねり出す。
「俺女じゃないよ?」
 もしかして彼はノーマルなのか? 君が女なら私は君と恋人になろうとは思わない。
 私は失望を吐息と一緒に吐き出した。確認しなければならない。
 とんだピエロだ。
「もちろんそれはわかっているよ?あのバーにいるのは皆ゲイだからね。」
 彼は驚いた様子で言葉を失くす。
 ああ、決定的だ。

「……、テツヤは知らなかった?」
 信じたくないと言葉が逸った。
「う、うん……」
 彼は素直に頷いた。ああ、なんということだろう。私はノーマルの子に手を出して。且つ酔ったうえでの言葉をうのみにして。

「……。」
 絶望感にめまいがした。だがこれは私の勘違いで、彼の罪ではない。私は頭を押さえてうつむいた。彼に顔を見られたくなかった。
 私はいい大人だ。もっと気分のよくない場面にもあったこともある。
 ただの誤解だった。それでいい。さあ、笑え。
 黙ってしまった私に、は心配そうな声をかけてくれた。
「フ、フユキ?」

 私は顔をあげると心配させないように笑顔を作った。だが、笑えている自信がない。
「すまない。私の勘違いだった。家に誘ってくれたからその気があるかと。チョコもくれたし、私をその、相手にしてもいいと思ってくれたとばっかり。恋人になっていいかと聞いて、いいと答えてくれたのも、もしかして酔っていて、意識がなかったからかい?」
 ああ、責めるような言葉を言うつもりはないのに。私が馬鹿だったのだ。

「えっと、はっきりと覚えてるのはキスした時までで…その。ごめんなさい。チョコは早く帰れるかと思って最後の一個を買ったから自分が食べるよりは人にあげた方がいいかなって…」
 やはり。あの、可愛い色っぽいテツヤは幻だったのだ。覚えてないなら、そういうことだ。

「わかった。私の勘違いで、テツヤの気持ちを確認しなかったのも悪かった。テツヤは普通に女の子が好きなんだね?無理に私に合わせることはないよ?」
 困った顔をした。きっと私を傷つけまいと、言葉を選んで、選べなくて。そんな、顔をしている。ああ、私は悪い大人だ。こんな良い子を傷つけた。
 いけない。もう彼の事は忘れて、二度と彼に会わないようにしよう。……しばらくは夢に見るだろうけど。決定的な言葉は聞きたくはない。
「あの……」

 だから、彼が声をかけた時に立ち上がった。
「今日はお暇しよう。IDは削除しておくよ。」
 コートを取って玄関に向かった。彼の前から消えたい。大泣きをする準備はある。早く家に帰ろう。

「待って、待ってよ、フユキ。俺キス嫌じゃなかったよ。」
 意外な言葉を聞いて思わず足が止まる。彼に、後ろから抱きつかれた。
 思わず鼓動が跳ねた。

 え? どういうことだ?

 ぎゅっと抱きしめてくる彼の腕のぬくもりが嬉しい。

「その、俺、男なのにおかしいんじゃないかって思って悩んでメールできなかった。だから、その、恋人とかって急には無理だけど、と、友達からなら!」

 ほんとうに? ノーマルなのに、私ならいいと思ってくれた?
 思わず彼の手に自分の手を重ねた。確認しなければ。誤解だったらお互い傷つく。
 そっと手を外して彼と向き合う。私を見る真剣な目に吸い込まれそうだった。
 思わず抱きよせてしまった。その耳元で問う。

「……友達から恋人になったら私はキス以上の事、君に求めるよ? 私は君を抱きたいって思ってる。それでもいいのかい?」
 ピクリと彼が震える。
「お、お互いよく知ってからそうなるんだったら、俺は構わないと思ってる。急には無理だけど……その、キスは嫌じゃなかったから、大丈夫だと思う。」
 ……いいのか? 本当に!? 私は踊りだしたい気分を押さえてダメもとで言ってみる。ああ、なんて日なんだろう。地獄から天国と言ったらいいのか。

「じゃあ、試してみるかい?あの時は酔ってたから感じなかった可能性があるよ?」
 顔をあげて彼の顔を覗き込む。そのまま引き寄せられるように唇を合わせた。

 これが夢でないと確認したくて舌を伸ばす。
 彼は自分からそれを受け入れてくれて吸い返してくれた。抱きついてくる彼をぎゅっと抱きしめて支えるようにして唾液を交わす。
 いつの間にかお互いの唇を貪るようにして何度も唇を重ねた。
 ずいぶんと長いキスに彼の身体から力がすっかりと抜けていた。

 離れるのが惜しかったがそれでも唇を話すと唾液の糸がお互いの間に伸びた。うっとりとした表情を浮かべるテツヤに私は胸を掴まれているようだった。

「テツヤ……どう、だった?」
 なんとなく答えはわかっている気もしたが、彼の口から聞いてみたかった。真っ赤になって俯く彼は物凄く可愛かった。

「い、いやじゃなかった。もう一度してもいいくらいに大丈夫。」
 神様、ありがとう。生きていてよかった。
 思わず抱き締めた。
「ああ、嬉しいよ。テツヤ。……お互いにわかりあうために今日は泊まっていいかい?」
 帰りたくなくてそう言うとちょっと呆れた顔をして彼は私を見た。
 え、だめなのかい?

 盛大に息を吐きだしたあと彼はいいよと泊めてくれた。
 私は彼の大きめのスウェット上下を借りて、布団を床に轢いて抱き合って寝ようとしたが、私が浮かれて自分の事を話しまくった。

 彼は途中で相槌だけになって眠ってしまった。
 朝になって彼は眠たそうな顔で”引っ越したい”といった。
 恋人になったら私の自宅へ引っ越してくるといいのに。

 彼は試験が終わったら暇になるというので私の休みに合わせてデートをしてくれることになった。彼の喜びそうなところを調べて連れていった。
 最初は映画。洋画のアクションものだった。彼は意外とアクティブで、拳で語り合うのも得意らしかった。
 喧嘩はできないと思った。ジムで身体は鍛えているが喧嘩はしたことがない。

 食事を共にしたが、彼はマナーが良く、食べ方も綺麗だった。一応社会人と学生なので、私が出すことにしたのだが、割り勘だと言ってくる彼に好感がもてた。
 出世払いで就職してもらった給与でおごってくれればいいと、先の約束をした。それまで恋人になれるだろうか。
 美術館に水族館。美味しいところがあれば、会社帰りに待ち合わせて、一緒に食事をしたりした。
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