私を見つけないで下さい 〜元✕✕は平穏を望む〜

米穀店

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最上階へと到着し、スイートルームの重厚な扉を目の前にして涼香は一瞬怯んだものの、慣れた手つきでカードキーを挿す恵の「入りましょう」という言葉にどうする事も出来ず、恵の後に続いた。

「……凄い…」

豪奢なインテリアで彩られ、何部屋ある中でも特段広々としたリビングへ入ると、広い窓から都内の夜景が一望出来る最高の一室だ。

しかし入ってものの数分で、涼香は居心地の悪さを感じてしまう。

「(……帰りたい)」

豪華なシャンデリアも、足が沈み込むような絨毯も、自分には全てが不釣り合いだ。

あまりにも落ち着かず、ソワソワと部屋の中を彷徨っていると、ソファに座る恵が見かねて、穏やかに声をかけてきた。

​「涼香さん、そんな所で立っていないで、こっちに座りませんか?」

​恵が自分の隣のスペースを軽く叩いた。

「……」

しかし涼香は彼から人2人分もの距離を空けて、ソファの端の端へ、縮こまるようにして腰を下ろしてしまう。

身体の向きすらも正反対に向けるその姿に、恵は困った顔で苦笑した。

「じゃあ……僕が、そちらへ行っても良いですか?」

優しい声と共に恵が立ち上がると、涼香はビクッと肩を震わせる。

「だっ、ダメです!!」

「、っ」

ピシャリと言い放った事で、涼香に近付いていた恵が、あと一歩という所で、その足を止めた。

美貌のトップ俳優に対し、身の程知らずな態度を取っているのは分かっている。

しかし……涼香は“とある事情”で、絶対に彼を受け入れる訳にはいかないのだ。

​「……お願いします。私のことは、もう空気だと思って下さい」

「……………」

振り絞る様な涼香の声だけが、静寂のリビングに虚しく響く。

「何も気にしなくていいですから、どうか……っ、へ!?」

​最後の言葉を言おうとした瞬間、恵が、涼香の細い肩を包み込むように、後ろから抱き締めた。

​「な、何してるんですか!?離して下さい!」

​思いもよらなかった密着に、涼香はパニック状態で身を捩らせた。しかし恵の腕は優しく、しかし決して逃がさないという強い意志を持って拘束すると、彼女の耳元で甘く囁いた。

​「涼香さん……もうとっくに、気付いているんでしょう?」

恵の切なげな声色に、涼香の心が揺れ動く。

恵の言う通りだった。

国民的俳優である彼からそんな筈はないという謙遜と、知らない、分からないフリをして自分を守ろうとする防衛反応が、恵の想いから目を逸らしていたのだ。

しかし彼にはもう、涼香の黙殺を容認出来る程の余裕など、微塵も残されていない。

荒い息を混じらせて、恵が言葉を紡ぐ。

​「あなたを……僕のものにしたいんです」

​あまりにも真っすぐで、あまりにも強欲な言葉に、涼香の顔は耳の裏まで一気に真っ赤に染まった。

「やっ、止めて下さい!そんなっ、気まぐれで……!」

「気まぐれ?」

​恵は涼香の肩を掴むと力強く、けれど壊れ物を扱うような繊細さで自分の方へと向かせる。

​「証明してみせましょうか?僕の本気を」

​低くて甘い、それでも有無を言わせぬ強い響き。

震えながら顔を上げた涼香の瞳に映ったのは、これまでメディアに見せてきた爽やかで誠実な“蓮岡恵”ではない。

獲物を射抜く様な、雄としての色気を剥き出しにした熱い眼差しが、そこにはあった。

​「……っ、ダメ、待……っ!」

​涼香が彼の熱に気付き、身を翻そうとしたその瞬間、

目の前の顔が近づき、逃げる間もなく唇が重なった。

​「んっ…、ふ……」

​最初は触れるだけの、小鳥の様なキス。しかし涼香が息苦しさに開けた僅かな隙を見逃さず、恵は強引に、その内側へと侵入した。

​絡み合う舌の感触。口内をゆっくりと、隅々まで愛するように侵していく恵の舌の動きに、涼香の思考は真っ白になる。

それは、涼香の心までをも喰らいつくそうとするキスだった。
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