70 / 249
第六章
第70話
しおりを挟む「あれほど穏やかな表情の父上を見たのは初めてだ」
獣人族専用の執務室に設置されている応接室セット。
そのソファーに座ったソルビトールは、昨夜みたセルヴァンの顔を思い出す。
自分たちの前では決して見せたことのない表情はヨルクの腕の中・・・たぶん『さくら様』に向けられていたのだろう。
「母上がまだ生きてた頃に、どうして母上は父上と結婚したのか聞いたことがあるわ」
五人の中で最年長の長女カトレイアの言葉に弟妹は視線を集中させる。
「母上は何と?」
末っ子のアムネリアが興味津々な表情で姉に先を促す。
その様子に他の兄姉が苦笑する。
「母上が仰るには『誰よりも愛情深い方だから』って。でも今まではその言葉を信じていなかったの。だって父上は『鬼族長』で有名だったもの」
そうなのだ。
この大陸では『セルヴァン』の名前を知らなくても『獣人族の鬼族長』と聞いただけで恐れ慄く。
そして『ドワーフ族のドリトス様』と共に恐れられる存在と認識されているのだ。
そのドリトス様も父同様、さくら様のお側に仕えるため部族長を辞められた。
それを聞いて、事情を知らない誰もが「さくら様はお二人がお世話しないといけないほど『困った性格』なのか?」とウワサされたくらいだ。
「・・・でもね。昨日の父上の表情を見て分かったわ。父上はさくら様のそばだと『本当の父上』でいられるのね」
それは同じく『すべてを投げ捨ててさくら様を選ばれた』ドリトス様や幼馴染のヒナリやヨルクにも言えることなのだろう。
そして自分たちでは父に穏やかな表情も笑顔もさせられないことが哀しかった。
此処で父に教育を受けているシルバラートたちは、逆に父を激怒させてしまった。
そんな父を落ち着かせたのは『さくら様の存在と御言葉』だ。
それも難しい言葉ではない。
ただひと言「早く帰ってきてね」。
それだけだ。
でもその『ひと言』が父にはどんな言葉よりも『大切』なのだろう。
カトレイアはそれを聞いて驚いた。
そんな『簡単な言葉』ですら、自分たちは父に掛けたことはなかったのだ。
そして気付いてしまった。
父は自分たち子供の前でも『族長』のままだったのだ。
そんな父から『国王』という重圧と仮面を取り払い、『セルヴァン』という一人の獣人として見てくれるさくら様を、『守護者』としてお守りしたいと願うのは『当たり前』のように感じた。
それはドリトス様やヒナリ、そしてジタン様にも『当てはまる』のだろう。
重圧やプレッシャーを一蹴し、『個人』を尊重してくれるさくら様に、誰もが惹かれてもおかしくはない。
そして、飄々としつつ特定の相手にしか心を見せないヨルクも・・・
先ほど、さくら様が熱を出されたと話したヨルクはツラそうだった。
彼らは『ことを大きくしないため』に来たのだろう。
もしも父やドリトス様が来ていたら『タダでは済まなかった』ハズだ。
ジタン様から『さくら様は怒気に弱い』と聞いている。
あの騒動に2人が出ていたら、怒気を纏ってさくら様のそばへ戻ることが出来なかった。
その代わりに来たヨルクたちだったが、彼らだってさくら様から離れたくなかったハズだ。
彼らには本当に申し訳ないことになってしまった。
ヒナリの弟たちは『自分達が先に会っていたら『さくら様とお近付き』になれていた』と思っていたようだ。
しかしそれは無理だろう。
あの2人では近付く事も出来なかったハズだ。
・・・そう。さくら様の側にいられるのは『自分勝手』な考えを主張する者ではないだろう。
「帰る前にヨルクやヒナリに『幼馴染み』として会いたいな」
ソルビトールは天井を見上げる。
その先にいるであろう幼馴染みに聞こえるように。
彼は昨日会えなかったヨルクに会いたくて行ったのだ。
彼の兄弟たちも同じだ。
ただ『幼馴染みの2人と会って色々と積もる話をしたかった』だけだ。
他の大人たちとは違い『さくら様』が目当てではない。
だから階段を守っていた親衛隊に『どうしたらヨルクたちに会えるか』と聞きたかった。
しかし騒ぎが起き、『最悪なカタチ』で幼馴染みと再会してしまった。
ヨルクには誤解されたかもしれない。
自分とカトレイアは数日後に帰国する。
次に会えるとしたら来月にこの国で執り行われる戴冠式だ。
その前に『誤解』だけは解いておきたい。
きっとヨルクは戴冠式に出ないだろう。
そしてさくら様も。
ヒナリを通してヨルクに連絡が取れたとしても、ヨルクはさくら様を一人にして出てくる事はないだろう。
さくら様には父やヨルクがご迷惑をおかけしていないか聞いてみたい。
でも昨夜見た父の様子ではさくら様をとても大切にされていた。
屋上庭園からの逆光で姿は影だったが、さくら様から父に手を伸ばしたのは分かった。
それはさくら様が父を信用し慕っているからだろう。
隣にいたドリトス様も父と同じく穏やかな笑顔を見せていた。
そんな様子をヨルクとヒナリはやはり笑顔で見守っていたのだ。
「さくら様には『これからも父上やヒナリたちのことをお願いします』ってお伝えしたいわ」
カトレイアも同じことを考えていたのだろう。
父はさくら様の前では『鬼族長』の姿を見せていないのだろう。
シルバラートたちからは『さくら様の話をヒナリとしただけで父上の怒気がほぼ消えた』と聞いている。
「ねえ。ジタン様に話を聞いてみない?」
『だれの?』とは聞かない。
父や幼馴染みの話に『さくら様の話』が少しでも入ればいいと思っている。
ジタンならさくら様とお会いしているのだから『どのような御方』かをご存知だろう。
9
あなたにおすすめの小説
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる