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01 掃除屋というモノ
日常賛歌と懐古中毒
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真っ白な部屋の中で、俺がプカプカ煙を吐き出すタバコの煙だけが不愉快なのだとヘルゼルは言う。俺が懸命に片付けた部屋を、好き放題散らかすくせに。
こんなゴミまみれの世界じゃあ、楽しみのひとつくらいないと生きていけない。たまたまそれが体に悪いものだった、というだけで、ジャンクフード好きのあいつに文句を言われる筋合いなど、そもそも無いのだ。
褒められた話ではないが俺は17でタバコを吸い始めた。弁解するならば、口うるさく咎めてきたり、好奇の視線を向けてきたりしない無機物をはけ口にしないとやっていけないくらいの苦しみに、当時の俺は襲われたのだ。
それが何かはさておいて、俺は今事務所のベランダでタバコを楽しんでいるのであった。部屋に臭いが付くのを嫌がるヘルゼルに気を使う俺はなんて心優しいんだろう。
空は澄み渡る水色だが遥か向こうにはスペースデブリと呼ばれる宇宙の塵が飛び交う。
遠くに見える公園では元気一杯の子供達がサッカーだかラグビーだかで競い合っているが、恐らく花壇の茂みには空き缶が捨てられている。
オフシーズンで緑に染まる桜の木々の根本には、どんな廃棄物が埋まっているのだろう。
日常に浸っている最中ですらゴミどものことを考えてしまう職業病を、早く治してしまいたい。
「この暑いのに禁煙はしないって?」
背後から声を投げてきたのは顔を見ずともとも分かる、子供のように無邪気であどけない23歳児のヘルゼルだ。それは愛しい恋人、だが俺はあえて振り向かずそっけない返事をした。
「煙がない世の中は生きるに値しない」
「またそういうこと言う。体のこと心配してるんだよ?」
「ならお前は3食コンビニ弁当で済ますのを今日で終わりにするんだな」
ガサガサッ、とビニールがこすれる音がしたのは、十中八九、コンビニで弁当やお菓子を買ってきたヘルゼルがバツが悪くなってレジ袋を隠したからだろう。俺はほくそ笑む。
「ま、お互いに譲歩しよう。煙も、不摂生も。多分そっちの方が上手く行く」
「むう」
何やら不満そうなヘルゼル。8月の屋外はいい加減暑いから部屋に戻りたいし、目も合わせずに対話を続けるのはそろそろやめにしようか。
屋外灰皿にタバコを押し付ける。しかしかすかなオレンジ色がいまいち消えない。他の吸い殻に熱が移り、火が生き残っているようだ。
「燃えろ」
俺はその紙屑に命令した。そうすると、脳髄から指先へ、その指が触れる吸い殻へと命令が伝播する。
吸い殻は一瞬で灰と化し、サラサラとそよ風に流されていった。
「綺麗に燃えていくね」
うっとりしたような口ぶりが嬉しくて、俺はヘルゼルの緑色をした瞳を覗き込み、心の底から幸せを覚えた。
こいつだけが俺のこの力を認めてくれる。
俺はもう十分過ぎるくらい満たされている。
17歳の俺を悩ませた異能の力「パイロキネシス」。一般的には炎を操る能力を指すらしいが、俺はそれだけでなく、煙を伴わず触れた物体を瞬時に灰にすることすらできる。
力に目覚めたその時から、マズい、と直感した。これは俺を社会から孤立させるだろうと。人間は異質な存在を集団から排除するのが好きだからだ。必死で力を隠そうとしたが、いかんせん力を手にしたばかりで制御ができなかった俺はボヤ騒ぎを起こしてしまった。
叱責と嘲笑、そして畏れの視線にさらされる日々。
堪えられず高校を中退し、俺はタバコを吸い始めた。自分を追い詰めた火にまつわる娯楽だけが、皮肉にも一番俺を癒やしてくれた。
何度もこの力を呪ったし、死を希求する日さえあった。自分の人生はゴミ箱をゴールに設定されているような気がしていた。
しかし俺は。
この異様な力のおかげで、ヘルゼルと結ばれることができたんだ。
自分語りが長くなってしまった。将来そういう中年にはなりたくないと心底思っているにも関わらず、だ。
とにかく俺達はクーラーの効いた室内に逃げ込み、机の上に仕事の資料を広げて話し合いを始めた。
「管理局からの正式な依頼、ということでいいんだな?」
「うん、ビスさんと取り合いになったけど、なんとか貰ってきたよ」
「あの女は本当に、お前の前になると容赦がないな。なんでなんだか」
ビスというのは同業の事務所で秘書をしている若い女だ。俺と話すときは穏やかで礼儀正しい印象を受けるのだが、ヘルゼルが絡むと何故か意固地になって些細なことすら譲ろうとしない。そこさえ直せば美人なキャリアウーマンで通りそうなものの、今じゃすっかり業界のお笑いネタだ。最強に噛み付く最凶、だとか言われる始末。
「仲良くしたいんだけどね……」
「まあこの際気にすることないだろ。それよりB級の始末ごときでうだうだしてられない。急いで出るぞ、ヘル」
「はーい」
俺は掃除屋バッヂを付け、免許を胸ポケットに仕舞うと駆け足で街に飛び出した。
こんなゴミまみれの世界じゃあ、楽しみのひとつくらいないと生きていけない。たまたまそれが体に悪いものだった、というだけで、ジャンクフード好きのあいつに文句を言われる筋合いなど、そもそも無いのだ。
褒められた話ではないが俺は17でタバコを吸い始めた。弁解するならば、口うるさく咎めてきたり、好奇の視線を向けてきたりしない無機物をはけ口にしないとやっていけないくらいの苦しみに、当時の俺は襲われたのだ。
それが何かはさておいて、俺は今事務所のベランダでタバコを楽しんでいるのであった。部屋に臭いが付くのを嫌がるヘルゼルに気を使う俺はなんて心優しいんだろう。
空は澄み渡る水色だが遥か向こうにはスペースデブリと呼ばれる宇宙の塵が飛び交う。
遠くに見える公園では元気一杯の子供達がサッカーだかラグビーだかで競い合っているが、恐らく花壇の茂みには空き缶が捨てられている。
オフシーズンで緑に染まる桜の木々の根本には、どんな廃棄物が埋まっているのだろう。
日常に浸っている最中ですらゴミどものことを考えてしまう職業病を、早く治してしまいたい。
「この暑いのに禁煙はしないって?」
背後から声を投げてきたのは顔を見ずともとも分かる、子供のように無邪気であどけない23歳児のヘルゼルだ。それは愛しい恋人、だが俺はあえて振り向かずそっけない返事をした。
「煙がない世の中は生きるに値しない」
「またそういうこと言う。体のこと心配してるんだよ?」
「ならお前は3食コンビニ弁当で済ますのを今日で終わりにするんだな」
ガサガサッ、とビニールがこすれる音がしたのは、十中八九、コンビニで弁当やお菓子を買ってきたヘルゼルがバツが悪くなってレジ袋を隠したからだろう。俺はほくそ笑む。
「ま、お互いに譲歩しよう。煙も、不摂生も。多分そっちの方が上手く行く」
「むう」
何やら不満そうなヘルゼル。8月の屋外はいい加減暑いから部屋に戻りたいし、目も合わせずに対話を続けるのはそろそろやめにしようか。
屋外灰皿にタバコを押し付ける。しかしかすかなオレンジ色がいまいち消えない。他の吸い殻に熱が移り、火が生き残っているようだ。
「燃えろ」
俺はその紙屑に命令した。そうすると、脳髄から指先へ、その指が触れる吸い殻へと命令が伝播する。
吸い殻は一瞬で灰と化し、サラサラとそよ風に流されていった。
「綺麗に燃えていくね」
うっとりしたような口ぶりが嬉しくて、俺はヘルゼルの緑色をした瞳を覗き込み、心の底から幸せを覚えた。
こいつだけが俺のこの力を認めてくれる。
俺はもう十分過ぎるくらい満たされている。
17歳の俺を悩ませた異能の力「パイロキネシス」。一般的には炎を操る能力を指すらしいが、俺はそれだけでなく、煙を伴わず触れた物体を瞬時に灰にすることすらできる。
力に目覚めたその時から、マズい、と直感した。これは俺を社会から孤立させるだろうと。人間は異質な存在を集団から排除するのが好きだからだ。必死で力を隠そうとしたが、いかんせん力を手にしたばかりで制御ができなかった俺はボヤ騒ぎを起こしてしまった。
叱責と嘲笑、そして畏れの視線にさらされる日々。
堪えられず高校を中退し、俺はタバコを吸い始めた。自分を追い詰めた火にまつわる娯楽だけが、皮肉にも一番俺を癒やしてくれた。
何度もこの力を呪ったし、死を希求する日さえあった。自分の人生はゴミ箱をゴールに設定されているような気がしていた。
しかし俺は。
この異様な力のおかげで、ヘルゼルと結ばれることができたんだ。
自分語りが長くなってしまった。将来そういう中年にはなりたくないと心底思っているにも関わらず、だ。
とにかく俺達はクーラーの効いた室内に逃げ込み、机の上に仕事の資料を広げて話し合いを始めた。
「管理局からの正式な依頼、ということでいいんだな?」
「うん、ビスさんと取り合いになったけど、なんとか貰ってきたよ」
「あの女は本当に、お前の前になると容赦がないな。なんでなんだか」
ビスというのは同業の事務所で秘書をしている若い女だ。俺と話すときは穏やかで礼儀正しい印象を受けるのだが、ヘルゼルが絡むと何故か意固地になって些細なことすら譲ろうとしない。そこさえ直せば美人なキャリアウーマンで通りそうなものの、今じゃすっかり業界のお笑いネタだ。最強に噛み付く最凶、だとか言われる始末。
「仲良くしたいんだけどね……」
「まあこの際気にすることないだろ。それよりB級の始末ごときでうだうだしてられない。急いで出るぞ、ヘル」
「はーい」
俺は掃除屋バッヂを付け、免許を胸ポケットに仕舞うと駆け足で街に飛び出した。
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