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04 取引
孤独
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割と長い距離を歩いて疲れたが、到底眠る気にはなれない。
ヘルゼルがもたれかかっていた壁も、血のついた足をヨミが擦り付けた床も、きれいさっぱり白々しい顔をして俺を出迎えた。清掃員は本当に優秀だったようだ。
ヘルゼルの居ない家は想像を遥かに超えて静かで、虚しい。手術を終えてもすぐ帰って来れる訳ではないから、しばらくは俺1人だろう。この状況を管理局にどう説明すればいいんだ。
俺は割と、面倒な事はすぐ嘘で誤魔化すタイプだが、今回に関してはとびきりの大嘘を吐くか、真実を余す事なくさらけ出すかの2択で早めに決着を付けねばならないらしい。
しかし……仮に管理局に真実を伝えてしまえば、そんな事はすぐにヨミにバレ、義体のメンテはしてもらえない事になるだろう。そうなればヘルゼルは1ヶ月と生きられない。そして、ヘマをした掃除屋の面倒を見るのは管理局の仕事じゃない。
俺は、俺達は、こうなった以上最早、ヨミに依存するしか生き方が無いんだ。
しかし何故あいつは、俺達をターゲットにしたのだろう? 俺達より腕が立つ掃除屋はそれなりに居るし、最近なら例えばカンナが大きな案件を立て続けに片付けて目立っていた。あいつを狙えば良かった、とまではさすがに言わないが、何故俺達がこんな目に、という感情が消える事はない。
これから俺達はどうなるんだろう。
一番考えられる未来図は、ヨミが俺達に良からぬ仕事を斡旋して来るというものだ。手駒が1つ増えたとでも思っているかもしれない。義体のメンテナンスを無償で行うのと引き換えに、管理局に対し牙を向けと言われる可能性は限りなく高い。
不思議と、悪事を働くという空想自体にはあまり抵抗を感じなかった。もとより嘘つきでずるい人間だ、ヘルゼルのためならどうってことはない、と言い訳ができる。しかし、管理局に歯向かったことによる処罰を考えると気が重い。廃棄物制度や徹底した秘密主義から分かるように、この国では人権が軽んじられている。逆らう者には死、あるのみだし、管理局への反抗ともなればA級廃棄物認定待ったなしだ。ビスがさぞかし喜んで、俺達のデータが書かれた書類を管理局から受け取るに違いない。
どうすればいいのか。
1人では到底答えを出せそうにないが、頼れる人間はどこにもいない。ヘルゼルはICUに閉じ込められているし、バレルはもう勘定にすら入れたくない。誰が、誰が味方になってくれる? 俺はマイナス思考を発揮しひたすら自分を追い詰める。
気づけば朝になっていたが、俺の気分は晴れない。
このままどこまでも落ちていく気がしていたら、救済のドアベルが鳴り響いた。
自傷的な思想を一旦途絶えさせ、俺は幽霊のように音もなく歩き、玄関ドアを開ける。
「なんつー顔しとるんですか」
「……お前か」
カンナだった。
ヘルゼルの事を話しさえしなければ、今はこいつの馬鹿面を見ていても癒やされる気がした。上がれ、と言ってソファを指差すともの凄く驚かれる。
「なんか今日はえらい親切やなぁ。後で取って食うつもりなんでっか?」
「……いや」
「そこは『お前はまずそうだからそんなことせえへん』くらい言うてくれんと困りますわ」
そんな冗談を思いつける精神状態ではない。だが、カンナに泣きつくつもりは無いので黙っている。
カンナはお構いなしにソファにどっかと座り、辺りを見渡して言った。
「あらー、ヘルに会いに来たんですが、留守なんかいな?」
「しばらく居ない」
俺のあまりの憔悴ぶりに、何かを悟ったのか、カンナはそれ以上詮索しなかった。意外とデリカシーのある奴だったんだな。
「そういえば、今日は犬を連れてないな」
「外に繋いどります。またあんさんに怒られるのが嫌やさかいに」
ずっと一緒にいるからだろう、どこからともなく漂う獣臭さは捨てきれていないが、まあ本体が来ていないというだけマシだ。
その時、ふと違和感を覚えた。
時刻だ。
「……こんな朝早くから、何の用事なんだ? 見たところ急いでるようにも見えないが、朝刊でも届けに来たのか?」
「……やっぱ、デシレさんは騙せませんわぁ」
いたずらっぽいムカつく笑い声を上げ、単刀直入にカンナは言った。
「昨夜見てもうたんすわ。救急車。ヘルは今多分、病院でしょ?」
動物並の嗅覚というものは、油断してはいけないのだとつくづく実感した。
ヘルゼルがもたれかかっていた壁も、血のついた足をヨミが擦り付けた床も、きれいさっぱり白々しい顔をして俺を出迎えた。清掃員は本当に優秀だったようだ。
ヘルゼルの居ない家は想像を遥かに超えて静かで、虚しい。手術を終えてもすぐ帰って来れる訳ではないから、しばらくは俺1人だろう。この状況を管理局にどう説明すればいいんだ。
俺は割と、面倒な事はすぐ嘘で誤魔化すタイプだが、今回に関してはとびきりの大嘘を吐くか、真実を余す事なくさらけ出すかの2択で早めに決着を付けねばならないらしい。
しかし……仮に管理局に真実を伝えてしまえば、そんな事はすぐにヨミにバレ、義体のメンテはしてもらえない事になるだろう。そうなればヘルゼルは1ヶ月と生きられない。そして、ヘマをした掃除屋の面倒を見るのは管理局の仕事じゃない。
俺は、俺達は、こうなった以上最早、ヨミに依存するしか生き方が無いんだ。
しかし何故あいつは、俺達をターゲットにしたのだろう? 俺達より腕が立つ掃除屋はそれなりに居るし、最近なら例えばカンナが大きな案件を立て続けに片付けて目立っていた。あいつを狙えば良かった、とまではさすがに言わないが、何故俺達がこんな目に、という感情が消える事はない。
これから俺達はどうなるんだろう。
一番考えられる未来図は、ヨミが俺達に良からぬ仕事を斡旋して来るというものだ。手駒が1つ増えたとでも思っているかもしれない。義体のメンテナンスを無償で行うのと引き換えに、管理局に対し牙を向けと言われる可能性は限りなく高い。
不思議と、悪事を働くという空想自体にはあまり抵抗を感じなかった。もとより嘘つきでずるい人間だ、ヘルゼルのためならどうってことはない、と言い訳ができる。しかし、管理局に歯向かったことによる処罰を考えると気が重い。廃棄物制度や徹底した秘密主義から分かるように、この国では人権が軽んじられている。逆らう者には死、あるのみだし、管理局への反抗ともなればA級廃棄物認定待ったなしだ。ビスがさぞかし喜んで、俺達のデータが書かれた書類を管理局から受け取るに違いない。
どうすればいいのか。
1人では到底答えを出せそうにないが、頼れる人間はどこにもいない。ヘルゼルはICUに閉じ込められているし、バレルはもう勘定にすら入れたくない。誰が、誰が味方になってくれる? 俺はマイナス思考を発揮しひたすら自分を追い詰める。
気づけば朝になっていたが、俺の気分は晴れない。
このままどこまでも落ちていく気がしていたら、救済のドアベルが鳴り響いた。
自傷的な思想を一旦途絶えさせ、俺は幽霊のように音もなく歩き、玄関ドアを開ける。
「なんつー顔しとるんですか」
「……お前か」
カンナだった。
ヘルゼルの事を話しさえしなければ、今はこいつの馬鹿面を見ていても癒やされる気がした。上がれ、と言ってソファを指差すともの凄く驚かれる。
「なんか今日はえらい親切やなぁ。後で取って食うつもりなんでっか?」
「……いや」
「そこは『お前はまずそうだからそんなことせえへん』くらい言うてくれんと困りますわ」
そんな冗談を思いつける精神状態ではない。だが、カンナに泣きつくつもりは無いので黙っている。
カンナはお構いなしにソファにどっかと座り、辺りを見渡して言った。
「あらー、ヘルに会いに来たんですが、留守なんかいな?」
「しばらく居ない」
俺のあまりの憔悴ぶりに、何かを悟ったのか、カンナはそれ以上詮索しなかった。意外とデリカシーのある奴だったんだな。
「そういえば、今日は犬を連れてないな」
「外に繋いどります。またあんさんに怒られるのが嫌やさかいに」
ずっと一緒にいるからだろう、どこからともなく漂う獣臭さは捨てきれていないが、まあ本体が来ていないというだけマシだ。
その時、ふと違和感を覚えた。
時刻だ。
「……こんな朝早くから、何の用事なんだ? 見たところ急いでるようにも見えないが、朝刊でも届けに来たのか?」
「……やっぱ、デシレさんは騙せませんわぁ」
いたずらっぽいムカつく笑い声を上げ、単刀直入にカンナは言った。
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