掌編集

夢野なつ

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愛を踊れ、死を踊れ

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 そうして、俺は死んだ。死んだんだよハニー。信じられるかい?

 午前一時の裏ぶれた人形劇場はしんと静まりかえっていて、俺と彼女以外誰もいなかった。俺は愛の告白をするために彼女を呼び出し、そして彼女は俺を殺すために誘いを受け入れた。
 銃口はまっすぐ、迷いなく俺の眉間を捉えていた。
「それで、ミス・スティンガー。俺の愛の言葉は届いていないのかな?」
「そうやって緊張感のないところも嫌いなのよ、ミスター。能書きが済んだらお祈りをして、目を瞑って。それが合図と受け取るから」
 やれやれ。
 俺はハンズアップの姿勢を崩さぬまま、スティンガー、君を愛している、氷柱のように鋭い君の隠し持つ温かい眼差しを僕は知っていると述べ連ねた。
「それが、最後の言葉で構わないのね?」
「愛する人に殺されるっていうのも悪くないと、たった今、心の底から思い知ったよ。どうぞ撃ち抜いてくれ」
「やりづらいわね。でも、覚悟がある男っていうのだけは嫌いじゃないわ」
 かちゃり、という金属が擦れ合う音が聞こえたとき、そういえば花屋のアリスとの約束を果たせていなかったことを思い出す。ああ、あの哀れな子猫ちゃんからチューリップを花束いっぱい買ってあげる約束をしたんだっけ。ごめんよアリス。俺のことを忘れてくれ。薄情な色事師のことなんか、人生から切り取った方が有益だ。
「それじゃあ」
「スティンガー、ちょっと待ってくれないか」
「終わったんじゃなかったの? 見苦しいわよ」
 スティンガーの美貌が不愉快そうに歪む。俺のこの優柔不断に見える態度がよほど気に食わなかったらしい。だが、アリスの花屋を見過ごすわけにはいかないんだ。
「俺を殺したその帰りに、きっと今にも潰れそうな花屋を見つけられると思うんだ」
「そこがあなたのスイートハートのおうちなのかしら?」
「残念ながら、至らず。でも、俺はそこのアリスって子と約束をしたんだ。チューリップの花束を買うって」
「あら素敵。でもそれがどうしたの?」
「君が果たしてくれないか」
 ぷっ、と吹き出すスティンガー。
「ねえ、本気? 本心から言っているの? 私に花を買えと? あなたの代わりに?」
「本気も本気さ。だって言っただろう。君は心優しい女性だと。俺が果たせなかった約束を結んで、綺麗なお話を紡ぎあげることくらい、造作もないはずだ」
「花なんて買ったことないわ」
「チューリップじゃなくてもいいよ。ああ、チューリップじゃないほうがいいな。あの子が俺のことを思い出しちゃうかもしれないから。いつまでも店に来ない薄情な死人を。だから好きな色、好きな形、好きな香りの花で構わない。目一杯買ってくれたら俺は安らかに死ねる」
「そう。わかったわ」
 唐突に弾丸が撃ち出された。スティンガーの指が震えるはずがない。
 もう与太話は終わりだと、明確に判断して、このタイミングで俺を撃ったのだ。

 そうして、俺は死んだ。死んだんだよハニー。信じられるかい?
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