41 / 56
第40話 最初からダメな包囲網
しおりを挟む
「ルトから聞いているぞ。」
アモンは、うれしそうなニヤニヤ笑いを浮かべている。
冒険者学校の制服の腕の部分は、動きやすいように引きちぎっている。ジャケットのボタンをはずしているのは、胸が苦しいからだ。
「ドロシーといい仲になったようだな。ずいぶんと年甲斐もなく励んでいるらしいじゃないか。」
「やかましい。」
こちらはぶすっと押し黙って、黙々と歩く。
ゆったりとした拳法着は、このスタイルで戦う以上、必須だが、ちゃっかりと魔道具もいくつか身につけている。
「わたしのような胸の脂肪分が大きめの女が好みなのかと思っていたが?」
「卵生生物に、ひとの感情なぞわからんだろ。」
「わたしが人間を観察し続けて何年になると思う。」
神代から生き続ける竜の笑いはひどく残忍に見えた。
「とにかく、人間というのは一時の感情に流されやすい。
お主のように稀有な魔力をそなえ、少々長生きしていても同様よ。おまえたちのいう感情とやらは、ほんとうに精神の活動なのか?」
どうしょうもなく目立つ二人は、行き交う人々の注目を集めつつ、大路を東へと向かう。
「精神でなければなんだ?」
「たんなる本能。自分の遺伝子をばらまきたいという雄の願望と、より強い子を宿したいという雌の欲望の合致。」
「言ってくれるな。」
ジウル・ボルテックは、アモンをじろりと睨んだ。
「そういう意味では、俺たちは本当の意味での男女の営みは行っていない。」
「それは、避妊とかいう不完全な技術のことか?」
「あのなあ、神竜光姫リアモンドよ。」
ボルテックはあたまをかいた。
「ここで、俺の寝屋のことを延々と話さんといかんか?」
「学問的な興味はあるわね。」
なので、二人は東の旧市場、その廃屋となったいまは、アスタロトのアジトになっているであろう場所までの道のりを、彼とドロシーの秘めやかな行動について、逐一説明しながら歩いたのである。
「なるほど。
戦うことへの忌避感を別の欲望に転化するというのは、面白いと思う。
普通は、報酬やら地位やら名誉、所属する集団への忠誠心で克服するのだけれどね。
もう一つ、そこまでしておきながら、あの女の処女性を保全する意味がわからない。」
アモンは途中の屋台で買い込んだ串焼きに、かぶりつきながら言った。
「そこまで行くと感情の問題になるか。」
ボルテックは、雑炊を最後の一口まで飲み干すと、腕をバリバリと噛み砕いた。
腕は雑穀を焼き上げたもので、雑炊の熱と水分でいくらか柔らかくはなってはいたものの、よほどがっついた若者以外はあまりそこまでは食べない。
「俺のようなものが、ひとりの女からすべてを奪っていいのか、疑問でな。」
「たしかに合理性を著しく欠くことについては、『感情』的だ。」
何本か路地をまがると人通りは、ぐっと少なくなってくる。
「ドロシーによるとこの地域はもともとは、市場として賑わっていたそうだ。」
確かに道幅はそれなりに広く、通常の馬車ならばすれ違うこともできるだろう。
「市場の場所が移転したことにより、この地域は、近々、大型の機械馬車の中継地として、整備される予定だそうだ。
いまは、ブロックごと無人だな。」
そこはかなりの大きさのある広場になっていた。
三階建ての建物は何軒か、残っていたが、人の気配はなかった。
「冒険者学校自警団のアモン! グランダの拳法家のジウル殿!
ここで拘束させてもらう。」
ゆらり。と周りの空気がゆらめいた。
「おまえが妙なことを言い出すので、冒険者学校からつけさせてもらった。」
二人を取り囲んだ人数は、20人を超えていた。
「『聖櫃の守護者』とやらか?」
アモンは首をかしげた。
「それにしては人数が多いな。」
「『聖櫃の守護者』は、このジーナスひとりだ。あとはランゴバルドの銀級冒険者・・・西域でも有数の腕利きばかりだ。」
一行の中心らしき、黄金の胸当てをつけた男が言った。
「大人しく縛に付けば、痛い目に合わなくてすむが?」
「その場合は、アスタロトはどうなる。」
「我々と・・・我々の別働隊、が制圧する。」
「ランゴバルドの防空網を突破した相手を、か?」
ボルテックが笑った。
「別働隊は、三人の『聖櫃の守護者』を含めた銀級以上の冒険者が60名だ。」
「それは困るな。」
アモンが笑った。
「ルト坊やは、損害が敵も味方も少ないほうがお好みなんだ。犠牲者が80名は多すぎる。」
「我々が負けるというのか。」
聖櫃の守護者、ジーナスは目を細めた。
「銀級とはいってもピンキリだろう。」
アモンが言う。
「『燭乱天使』のクリュークやウロボロス鬼兵団なみの戦闘力があれば、それなりだが、あのクラスの冒険者が、お主らの中にいるのか?」
「心配するな! 俺が手を貸す。」
ボルテックがガツンと拳を打ち付けた。
「俺は討伐賛成派だからな。81人目ってわけだ。」
「もともと、彼は討伐を主張していてな。」
アモンは逞しい肩をすくめた。
「ここまでは一緒にくるとして、話がまとまらなければ、腕ずくで決めようという話になっていた。わたしにとっては相手が増えただけだがな。」
「残念ながら、両名ともに拘束するよう指示が出ている。」
ジーナスが手をあげると、円陣の後方から光の枷が飛んだ。
飛来した枷は、アモンとボルテック、両者の手首、足首、首にがっちりとはまり込み、拘束した。
「油断したな・・・いや、田舎冒険者には、ランゴバルドの最新の術式は知らなくて当然か。これは停滞フィールドを個人用に転用したものだ。
肉体的な拘束に加え、術者の魔法も妨害できる。
魔法による筋力や防御力の強化を行っているものには、そのまま苦痛となって跳ね返るそうだが、いかがかな、ご両名。」
アモンとボルテックは、立ち尽くしたままだった。
降伏の意志ととったのか、何名かの冒険者が歩み出る。
そのとき。彼らの頭上の空間がぐずぐずと歪みだした。
「転移!?」
誰も反応する間もないまま、空間の歪みは、数名の冒険者学校の生徒を吐き出した。
アモンは、うれしそうなニヤニヤ笑いを浮かべている。
冒険者学校の制服の腕の部分は、動きやすいように引きちぎっている。ジャケットのボタンをはずしているのは、胸が苦しいからだ。
「ドロシーといい仲になったようだな。ずいぶんと年甲斐もなく励んでいるらしいじゃないか。」
「やかましい。」
こちらはぶすっと押し黙って、黙々と歩く。
ゆったりとした拳法着は、このスタイルで戦う以上、必須だが、ちゃっかりと魔道具もいくつか身につけている。
「わたしのような胸の脂肪分が大きめの女が好みなのかと思っていたが?」
「卵生生物に、ひとの感情なぞわからんだろ。」
「わたしが人間を観察し続けて何年になると思う。」
神代から生き続ける竜の笑いはひどく残忍に見えた。
「とにかく、人間というのは一時の感情に流されやすい。
お主のように稀有な魔力をそなえ、少々長生きしていても同様よ。おまえたちのいう感情とやらは、ほんとうに精神の活動なのか?」
どうしょうもなく目立つ二人は、行き交う人々の注目を集めつつ、大路を東へと向かう。
「精神でなければなんだ?」
「たんなる本能。自分の遺伝子をばらまきたいという雄の願望と、より強い子を宿したいという雌の欲望の合致。」
「言ってくれるな。」
ジウル・ボルテックは、アモンをじろりと睨んだ。
「そういう意味では、俺たちは本当の意味での男女の営みは行っていない。」
「それは、避妊とかいう不完全な技術のことか?」
「あのなあ、神竜光姫リアモンドよ。」
ボルテックはあたまをかいた。
「ここで、俺の寝屋のことを延々と話さんといかんか?」
「学問的な興味はあるわね。」
なので、二人は東の旧市場、その廃屋となったいまは、アスタロトのアジトになっているであろう場所までの道のりを、彼とドロシーの秘めやかな行動について、逐一説明しながら歩いたのである。
「なるほど。
戦うことへの忌避感を別の欲望に転化するというのは、面白いと思う。
普通は、報酬やら地位やら名誉、所属する集団への忠誠心で克服するのだけれどね。
もう一つ、そこまでしておきながら、あの女の処女性を保全する意味がわからない。」
アモンは途中の屋台で買い込んだ串焼きに、かぶりつきながら言った。
「そこまで行くと感情の問題になるか。」
ボルテックは、雑炊を最後の一口まで飲み干すと、腕をバリバリと噛み砕いた。
腕は雑穀を焼き上げたもので、雑炊の熱と水分でいくらか柔らかくはなってはいたものの、よほどがっついた若者以外はあまりそこまでは食べない。
「俺のようなものが、ひとりの女からすべてを奪っていいのか、疑問でな。」
「たしかに合理性を著しく欠くことについては、『感情』的だ。」
何本か路地をまがると人通りは、ぐっと少なくなってくる。
「ドロシーによるとこの地域はもともとは、市場として賑わっていたそうだ。」
確かに道幅はそれなりに広く、通常の馬車ならばすれ違うこともできるだろう。
「市場の場所が移転したことにより、この地域は、近々、大型の機械馬車の中継地として、整備される予定だそうだ。
いまは、ブロックごと無人だな。」
そこはかなりの大きさのある広場になっていた。
三階建ての建物は何軒か、残っていたが、人の気配はなかった。
「冒険者学校自警団のアモン! グランダの拳法家のジウル殿!
ここで拘束させてもらう。」
ゆらり。と周りの空気がゆらめいた。
「おまえが妙なことを言い出すので、冒険者学校からつけさせてもらった。」
二人を取り囲んだ人数は、20人を超えていた。
「『聖櫃の守護者』とやらか?」
アモンは首をかしげた。
「それにしては人数が多いな。」
「『聖櫃の守護者』は、このジーナスひとりだ。あとはランゴバルドの銀級冒険者・・・西域でも有数の腕利きばかりだ。」
一行の中心らしき、黄金の胸当てをつけた男が言った。
「大人しく縛に付けば、痛い目に合わなくてすむが?」
「その場合は、アスタロトはどうなる。」
「我々と・・・我々の別働隊、が制圧する。」
「ランゴバルドの防空網を突破した相手を、か?」
ボルテックが笑った。
「別働隊は、三人の『聖櫃の守護者』を含めた銀級以上の冒険者が60名だ。」
「それは困るな。」
アモンが笑った。
「ルト坊やは、損害が敵も味方も少ないほうがお好みなんだ。犠牲者が80名は多すぎる。」
「我々が負けるというのか。」
聖櫃の守護者、ジーナスは目を細めた。
「銀級とはいってもピンキリだろう。」
アモンが言う。
「『燭乱天使』のクリュークやウロボロス鬼兵団なみの戦闘力があれば、それなりだが、あのクラスの冒険者が、お主らの中にいるのか?」
「心配するな! 俺が手を貸す。」
ボルテックがガツンと拳を打ち付けた。
「俺は討伐賛成派だからな。81人目ってわけだ。」
「もともと、彼は討伐を主張していてな。」
アモンは逞しい肩をすくめた。
「ここまでは一緒にくるとして、話がまとまらなければ、腕ずくで決めようという話になっていた。わたしにとっては相手が増えただけだがな。」
「残念ながら、両名ともに拘束するよう指示が出ている。」
ジーナスが手をあげると、円陣の後方から光の枷が飛んだ。
飛来した枷は、アモンとボルテック、両者の手首、足首、首にがっちりとはまり込み、拘束した。
「油断したな・・・いや、田舎冒険者には、ランゴバルドの最新の術式は知らなくて当然か。これは停滞フィールドを個人用に転用したものだ。
肉体的な拘束に加え、術者の魔法も妨害できる。
魔法による筋力や防御力の強化を行っているものには、そのまま苦痛となって跳ね返るそうだが、いかがかな、ご両名。」
アモンとボルテックは、立ち尽くしたままだった。
降伏の意志ととったのか、何名かの冒険者が歩み出る。
そのとき。彼らの頭上の空間がぐずぐずと歪みだした。
「転移!?」
誰も反応する間もないまま、空間の歪みは、数名の冒険者学校の生徒を吐き出した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる