355 / 574
第7部 駆け出し冒険者と姫君
第334話 裏切り
しおりを挟むグルジエンは呆れている。
もともと、鉄道公社の保安部が抱える精鋭部隊“絶士”のひとりだった彼女は、“絶魔法士”に分類される。無限長の斬撃と同じく恐ろしく射程の長い光の槍に似た投射系の魔法を使う。
さらに独自の閉鎖空間を展開することも出来る。
その能力は、例えば古竜のような人間の上位的な生物にも有効であっただろう。
その絶士たるグルジエンが呆れて果てている。
理由は彼女に閉鎖空間を作らせてからの、二人の行動にある。
フィオリナとルト。
長年婚約者であったこの二人は、いよいよ結婚式をあげることになったらしい。
それはそれでいい。
おめでとう!と言ってキスのひとつもくれてやるか。
だが、その二人がやっていることは。
グルジエンの作った閉鎖空間の地形がかわっている。
竜巻、稲妻、爆発。炎の矢の本数が数え切れないのは、グルジエンにもはじめての経験だった。
無数の擦過傷とともに、衣服もバラバラになり、ほとんど半裸のルトとフィオリナは、互いにとどめを刺すための大魔法の準備に移りつつある。
フィオリナの前に突き出した両手の平から、光の槍が連続して打ち出された。ほとんど一本の光条となったそれは、あるいは竜のブレスにも匹敵する威力があるだろう。
対するルトは。組んだ手の指を複雑に折り曲げ、そこにエネルギーを集中させて、放射した。
その指が一種の魔法陣の役目をなしている。無詠唱とは思えない凄まじい力だった。
組んだ指がまるで竜の顎に見えたのだ。
その威力は互角。二人の真ん中で大爆発が起き、離れていたグルジエンの体を岩肌に叩きつけた。
不死身に近い再生力のあるグルジエンでなければ、即死かもしれなかった。
フィオリナは。
爆発の瞬間に転移していた。
現れたのはルトの左後方。
背後の死角から放った斬撃の腕を取り、そのまま折るように投げつけるルトの脇腹をフィオリナの蹴りが捉えた。
投げられたフィオリナの腕が折れる。
二人は同時に立ち上がり。
視線を合わせて笑いあってから、倒れ込んだ。
「何をやってるんだ。」
およそ恋人同士とは呼べない暴力の応酬を、なんと呼べば正しいのだろう。
「いや、ただの組み手‥」
「果たし合いか。」
グルジエンの表現がより近そうだった。
「転移からの斬撃をかわすとは、さすがだよ。」
寝転がってたまま、フィオリナはルトの手を取る。
「どこに転移するかバレバレだから、わかるさ。」
ルトは顔をしかめた。
「それより、指折れてるからそっとさわって。アモンの人化したときのブレスの打ち方を真似してみたんだけど、ちょっと無理だったかも。」
「婚約者同士がすることはもっとあるだろうに。」
グルジエンは、自分がまともなことを言うとは夢にも思っていなかった。
だが、この主人は普通ではない。
「ところで、昨日は誰と会ってた?」
「あーーーーー」
フィオリナは折れてない方の手で、空を指差した。
「雲がおいしそう。」
「リウと仲がいいのは知らなかったんだけど。」
「どこからそれを。」
「リウがね。三人で結婚式をあげないかと言ってきた。上古の魔族がそういう習慣をもってた記録は残ってないから、たぶん、ヤツのオリジナルだと思う。」
フィオリナは頭を抱えようとして、片腕が動かないのに気がついてうめいた。
ルトが、折れた方の腕に、手を当てた。光が明滅して、フィオリナの呼吸音が穏やかになっていく。
「さて、残念姫。」
「きみまで、そう言う!」
ルトはポケットの残骸から布切れを取り出して、フィオリナに渡した。
「リウが忘れものだって届けてくれた。」
さすがに。この傍若無人な姫君も、一瞬言葉を失った。
「‥‥でもたぶん、ルトが想像してるようなこととは、少し違う。」
「リウは、少なくとも自分自身とぼくとフィオリナにはそっちの方面ではパートナーになってるつもりだ。秘密はないものだと思ってるらしいぞ。
ものすごく具体的に話してくれた。あとのあいつの関心所は、そこにぼくをどうやって混ぜ込むか、だ。」
「何を考えてるんだろう‥‥グルジエン!」
専属メイドとしてきいていい話なのか、グルジエンはためらったが、もとより、料理以外はなんでもすると決めていた。横たわる2人のそばによると、ルトのわき腹に回復魔法をかけた。肋骨と、あと内臓にも損傷があるかもしれない。
思い返しても、攻撃はほとんどフィオリナからのもので、ルトはそのカウンターとして反撃を返していた。最後の光の槍の連射から、転移による斬撃もルトが適切に応対しなかったら、この少年の死亡で話が終わっている。
もともと、浮名を流していたこの美しい姫君が、長年の婚約者とはいえ、寄る方のないこの少年を捨てて、もっといい相手に乗り換えようとした!
そう考えるのが、普通である。
グルジエンは、ルトの表情を窺ったが、少なくとも婚約者に裏切られた怒り、悲しみ、悔しさなどは微塵も感じられない。
それところか、グルジエンに微笑んで普通に礼を言っている。
ただ、引っかかることあるようで、眉をよせて懸命になにやら考え事をしていた。
「ねえ、フィオリナ。」
ルトは、少し前にお茶にいれる砂糖の数を尋ねた時と、同じ口調で尋ねた。
「リウがぼくらの結婚に反対してるなんてことありうるかな?」
「そんなこと!」
フィオリナは意外なことを聞いたように驚いた。
「だって、リウは結婚式を三人でしようって言ってるだけで、もちろんわたしは断ったし、別に反対してるわけじゃないよ。
実際に、式のためにいろいろと動いてくれているわけだし。」
「でも三人でするそれって、そもそも結婚なのか?」
と、ルトはもっもとなことを、口にした。
「少なくとも、ぼくと、フィオリナの結婚じゃあ無くなるわけだ。
それに、いろいろ動いた内容が、凄まじい。
ふつう古竜を17匹、式に参列させるって言われた時点で断らないか?
それに、参列者だ。
ぼくを殺して継承権を奪おうとした、父親とその連れ合い、継承権を争った弟、フィオリナと色々あったミュラ先輩、ぼくを慕ってくれてるリア。
いや、考えたらそこらも呼ぶかもしれない。
けど、ぼくらに相談無しにそこまでやるか、な。」
「それは」
フィオリナも眉をひそめた。
「たしかに。あいつらのことだから、常識なしに暴走してるだけだと思ってたんだけど。」
残念主!
グルジエンは心の中で嘆息した。ここまでの行動であなたに他人を常識なしと非難する権利はありません。
0
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる