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第9部 道化師と世界の声
皇女アルゼ2
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ふん、と鼻をならして、ミルドエッジさんは、あらためてぼくらを見回した。
「アルゼ殿下が、実質的な皇位継承権について、地方の軍閥にも劣る状態にあるのは、彼女が、使える戦力をまるでもっていないからだ。
皇太子殿下や、そのほかの皇女たち、大貴族ならば当然のようにもっている暗部をもたず、どこの軍閥からも支持を得られなかった。」
なるほどね。
「つまりは、彼女だけは、一度もオルガさんの命を狙ったことがない、と。だから、オルガさんに交渉がしたいと?」
「正確に言おう。なんの約束もしない。
いま、アルゼ殿下が、他の勢力から生命を狙われないのは、ひとつには、やつらの目標が、一様にオルガ殿下を向いているから。もう、ひとつには、アルゼ殿下がこと戦いについては、あまりにも無力で、なんら脅威をもたらさないから。
この二点につきる。
もし、ここで、アルゼ殿下が、オルガ姫となんらかの密約をかわそうとしたら、それは即座に、たのすべての勢力が、アルゼ殿下を排除するために動き出すことになる。
だから、ここでは、なんの約束もしない。
ただ、オルガ姫に、銀灰皇国に、あなたの命を、一度として狙ったことのない第三皇女アルゼ・マキュアミロンがいることを告げてもらうだけでいい。」
「優しいですね、ミルドエッジ老師。」
どこが、だ。
と、老少年は、ふんっと、鼻を鳴らした。
「いや、こうして、アルゼ殿下が、自分の城にぼくらを招くのを黙認したばかりか、説明役までかって出ているところをみると、かなり親しい仲なのかと。」
「幼少のころ、家庭教師をしていたことがある。」
ミルドエッジ老師は、感慨深そうにそういった。
いつもそうしておけば、いくら見かけが小僧でもなかなか権威があるのに。
「アルゼ姫。なにか訂正ないしは、付け加えることがありますか?」
ぼくは、皇女殿下にそう尋ねた。
ちょっと考えてから、アルゼ姫は、自分の左側の髪を掴むと、ずるり、と持ち上げた。
そこは、カツラだった。たぶん、右半分は自分の髪なのだろう。髪質や色はそっくりにつくってある。
剥がしたところは、皮膚がむき出しになり、そこに外科手術のあとが走っていた。
そして、いままで髪にかくされていた首元に、薄く残る二本の牙のあとも。
「わたしは、『病弱』でな。」
アルゼ姫は、笑った。
「ミルドエッジには、随分と手間をかけさせた。おかげで、人並み以上の魔力は有するようになった。
第二皇女のマテリアは、他国へ嫁ぐことが決まっていたから、一応、血筋と年功序列で、第三位皇位継承者ということになってはいるが、誰一人、わたしを推すものはいない。
兄や姉たちを見ると、黙っていても、さまざまな傭兵共や暗殺集団が、じぶんを売り込みにくるようだが、わたしのところには皆無だ。
各地の軍閥もあえて、わたしにつこうとするものは、現れず、こういてわたしは、無為に日々をお送り、気がついたら、
、首都であるハイデンからも放逐され、こうして、ヨースの街で寂しく暮らしている、とうわけだ。」
「ちなみにヨースは人口、経済規模ともに銀灰皇国では、最大の街だ。駅のある空洞から、壁面にそった建物群と、上層地区の高層建築物からなるこの街の統合管理官が、アルゼ姫だ。」
ミルドエッジ老師の言葉は、まるで、教科書でも読むように淡々と発せられた。
なるほど。
ぼくは、アルゼ姫とミルドエッジ老師を交互に見た。
ここは、政治的には、確かに銀灰皇国の中心地ではない。それどころか、公式には、ヨースの駅がある空洞部分は、「経済独立都市」として、銀灰帝国に属してはいないのである。
皇位継承争いから、実質的にはじき出され、辺境(銀灰から見て)の地へと放逐された第三皇女が、銀灰帝国の交易と、その防衛を一手に握っている!!
「ここは、皇国がもし外敵から攻められたときの、最初の拠点にもなる。」
アルゼ姫が付け加えた。
「ランゴバルドに戻ったら、そのことも付け加えてほしい。」
「我がランゴバルドは、銀灰皇国の後継者争いには、介入をのぞまない。」
ルールス先生は、恋愛以外の折衝ごとは、得意なようだった。ネイアから聞いたところでは、ブティックに買い物に行くだけで舞い上がってしまうところもあるようだが、いろいろな欠点を除いてもかなりの人物であることは、間違いない。
「しかし、思いがけない同伴者を連れての入国を快く許し、皇帝のもとまで、交通の便宜を図ってくれるアルゼ姫のご厚誼について、わが校に留学中のオルガ姫にお伝えすることは、喜んで行うことを約束する。」
アルゼ姫とミルドエッジ老師の表情に、明らかに安堵のいろが伺えた。
「今夜は、泊まっていかれるといい。」
アルゼ姫は、手をならした。
さきほど、お茶と茶菓子を給餌してくれた翼のある魔道人形が、上から下から、飛んでくる。こんどは、人がひとり入れるほどのかごを下げていた。
「まずは、しばしくつろいでいただきたい。
晩餐の用意をさせよう。みなさんの旅が、神に呪われた悲惨なものとなりますように。」
最後のは、銀灰皇国特有の逆さまの言い回しだ。
願ったら叶わない。信じるものは救われない。
ひねくれた神を信仰するこの国では、上部階級の一部では、いまだにこんな言い回しがまかり通る。
「アルゼ殿下が、実質的な皇位継承権について、地方の軍閥にも劣る状態にあるのは、彼女が、使える戦力をまるでもっていないからだ。
皇太子殿下や、そのほかの皇女たち、大貴族ならば当然のようにもっている暗部をもたず、どこの軍閥からも支持を得られなかった。」
なるほどね。
「つまりは、彼女だけは、一度もオルガさんの命を狙ったことがない、と。だから、オルガさんに交渉がしたいと?」
「正確に言おう。なんの約束もしない。
いま、アルゼ殿下が、他の勢力から生命を狙われないのは、ひとつには、やつらの目標が、一様にオルガ殿下を向いているから。もう、ひとつには、アルゼ殿下がこと戦いについては、あまりにも無力で、なんら脅威をもたらさないから。
この二点につきる。
もし、ここで、アルゼ殿下が、オルガ姫となんらかの密約をかわそうとしたら、それは即座に、たのすべての勢力が、アルゼ殿下を排除するために動き出すことになる。
だから、ここでは、なんの約束もしない。
ただ、オルガ姫に、銀灰皇国に、あなたの命を、一度として狙ったことのない第三皇女アルゼ・マキュアミロンがいることを告げてもらうだけでいい。」
「優しいですね、ミルドエッジ老師。」
どこが、だ。
と、老少年は、ふんっと、鼻を鳴らした。
「いや、こうして、アルゼ殿下が、自分の城にぼくらを招くのを黙認したばかりか、説明役までかって出ているところをみると、かなり親しい仲なのかと。」
「幼少のころ、家庭教師をしていたことがある。」
ミルドエッジ老師は、感慨深そうにそういった。
いつもそうしておけば、いくら見かけが小僧でもなかなか権威があるのに。
「アルゼ姫。なにか訂正ないしは、付け加えることがありますか?」
ぼくは、皇女殿下にそう尋ねた。
ちょっと考えてから、アルゼ姫は、自分の左側の髪を掴むと、ずるり、と持ち上げた。
そこは、カツラだった。たぶん、右半分は自分の髪なのだろう。髪質や色はそっくりにつくってある。
剥がしたところは、皮膚がむき出しになり、そこに外科手術のあとが走っていた。
そして、いままで髪にかくされていた首元に、薄く残る二本の牙のあとも。
「わたしは、『病弱』でな。」
アルゼ姫は、笑った。
「ミルドエッジには、随分と手間をかけさせた。おかげで、人並み以上の魔力は有するようになった。
第二皇女のマテリアは、他国へ嫁ぐことが決まっていたから、一応、血筋と年功序列で、第三位皇位継承者ということになってはいるが、誰一人、わたしを推すものはいない。
兄や姉たちを見ると、黙っていても、さまざまな傭兵共や暗殺集団が、じぶんを売り込みにくるようだが、わたしのところには皆無だ。
各地の軍閥もあえて、わたしにつこうとするものは、現れず、こういてわたしは、無為に日々をお送り、気がついたら、
、首都であるハイデンからも放逐され、こうして、ヨースの街で寂しく暮らしている、とうわけだ。」
「ちなみにヨースは人口、経済規模ともに銀灰皇国では、最大の街だ。駅のある空洞から、壁面にそった建物群と、上層地区の高層建築物からなるこの街の統合管理官が、アルゼ姫だ。」
ミルドエッジ老師の言葉は、まるで、教科書でも読むように淡々と発せられた。
なるほど。
ぼくは、アルゼ姫とミルドエッジ老師を交互に見た。
ここは、政治的には、確かに銀灰皇国の中心地ではない。それどころか、公式には、ヨースの駅がある空洞部分は、「経済独立都市」として、銀灰帝国に属してはいないのである。
皇位継承争いから、実質的にはじき出され、辺境(銀灰から見て)の地へと放逐された第三皇女が、銀灰帝国の交易と、その防衛を一手に握っている!!
「ここは、皇国がもし外敵から攻められたときの、最初の拠点にもなる。」
アルゼ姫が付け加えた。
「ランゴバルドに戻ったら、そのことも付け加えてほしい。」
「我がランゴバルドは、銀灰皇国の後継者争いには、介入をのぞまない。」
ルールス先生は、恋愛以外の折衝ごとは、得意なようだった。ネイアから聞いたところでは、ブティックに買い物に行くだけで舞い上がってしまうところもあるようだが、いろいろな欠点を除いてもかなりの人物であることは、間違いない。
「しかし、思いがけない同伴者を連れての入国を快く許し、皇帝のもとまで、交通の便宜を図ってくれるアルゼ姫のご厚誼について、わが校に留学中のオルガ姫にお伝えすることは、喜んで行うことを約束する。」
アルゼ姫とミルドエッジ老師の表情に、明らかに安堵のいろが伺えた。
「今夜は、泊まっていかれるといい。」
アルゼ姫は、手をならした。
さきほど、お茶と茶菓子を給餌してくれた翼のある魔道人形が、上から下から、飛んでくる。こんどは、人がひとり入れるほどのかごを下げていた。
「まずは、しばしくつろいでいただきたい。
晩餐の用意をさせよう。みなさんの旅が、神に呪われた悲惨なものとなりますように。」
最後のは、銀灰皇国特有の逆さまの言い回しだ。
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