左右どっちもネームレスなSS

さの めつた

文字の大きさ
3 / 30
1st

003 「うるさかったら言って」

しおりを挟む
引っ越してきた男×こちら マイバッグをさげた帰り、アパートの前で



 折りたたんだマイバッグを取り出し、縁を探り、ぱっと開いた。
 紙パック飲料、プラスチック容器の夕飯、スナック菓子の小袋、揚げ物をはさんだパンを詰めて、バッグの持ち手のすきまに指を通す。

 アパートまでの夜道はあまり人の通りのない小路だ。
 昼間に降った雨が乾いていない路面に外灯の光が反射し、足音は響かず、一歩一歩落ちるように消える。

 硬いコンクリの無愛想な三階建てのアパートの入り口の手前にさしかかったところで、壁に並ぶ郵便受けの前に、人が立っていた。
 上は暗い色のパーカー姿で、手にコンビニの小さい袋をさげて郵便受けを正面から眺めるように顔を向けて、その男は突っ立っていた。
「……」
 見ない顔だ、と距離が縮まるなかで少しそっちをうかがい、横を通り過ぎようとした。だが、歩調をゆるめて自分の郵便受けにいちど目をやった。何枚かチラシが押しこまれている。
 隣に立つ距離で立ち止まると、その男は銀色の郵便受けたちに興味を無くしたようにふいと身体をそむけ、スタスタと階段に向かって歩いていく。
 自分の部屋番号の郵便受けを確認しながら、男が太い手すりと薄い金属板の階段をやや乱暴に足音を立てて上がっていくのを、ちら、と見やった。

 男が振り返った。
 階段の途中から「二〇五の人?」と言った。
 下りてくる。ガンガンと金属の軋む足音とともにコンビニの袋が揺れてガサガサという。
「二〇六に越してきたモンだけど」
 近づいてきた男はこちらが、いま二〇五の郵便受けから引き抜いたチラシに目を落とし、続けて言った。
「俺、……夜中には弾かねえつもりだけど、ギター弾くから……うるさかったら言って」
 かすかに笑ったような顔でこちらを見つめる。
 それから何かに気づいたように自身の手のコンビニの袋に目を動かし、持ち上げた。
 手を入れ、コンビニの袋をごそごそとかき回す。
「引っ越し挨拶」
 と言うと、男は二百ミリリットルのパック飲料を差し出した。
 困惑して、どう挨拶し返したものかと考えながら「……どうも」と受け取る。
 童顔にふわっとした髪の男は、今度はあきらかに、にんまりと笑って、
「それじゃ」
 と背を向け、またやや乱暴な足音を立てて階段を上がっていった。

 その姿を見送って、立ち尽くして、手のなかの二百ミリリットルのパック飲料を見下ろした。
 お返しに何も渡さなかった。
 マイバッグの持ち手を握り直す。
 まあ、今後きっと渡す機会はあるだろうと思った。
 息を吐いて、考えを巡らす頭を振って歩き出し、階段を踏んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...