左右どっちもネームレスなSS

さの めつた

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1st

019 金曜の午後のシアター

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俺×彼(僕) 講義をサボる金曜の午後の、公園で見たもの、出会ったその人



 不真面目な俺はその年は前期の金曜の午後の講義を完全に放棄していた。
 退屈で出席もとらない種類の午後の講義をサボり、バイトまで時間があって、チャリでそのへんをぶらぶらと周回していたのが、毎週金曜だった。

 このごろは春の陽気がすぐに夏のような気温に変わりそうな天候が続いていた。
 商店街を抜けて街並みを走り、大きな噴水広場や銭湯の類いや工場倉庫の見える景色を通り、喉の渇きを感じて、自販機で何か買うか、コンビニかとチャリのスピードをゆるめる。
 真新しいコインランドリーのチェーン店と古ぼけたかんじの駄菓子屋にはさまれたような交差点の近くに、自販機が立っていた。
 俺はチャリをとめて、いったん下りた。
 スマホで決済できるタイプだったので、あまり何の動作もなく、俺はただ手のスマホをかざして、選んだ缶飲料が下の開口部分に出てくるのを掴み取った。
 冷えた缶のプルトップを開けて一口飲みながら、まわりの風景に目を向けた。
 すぐとなりに細い木々に仕切られた公園のような、空き地があった。
 缶飲料をどこで飲み干すか考え、俺は木陰で涼しそうなそこに足を向けた。
 片手でどうにかチャリを引いて。

 公園のような空き地と見えたが、空き地のような公園かもしれなかった。ぽつんとブランコのような遊具と、大きな金属の輪を半分埋めたようなものふたつが奥にあった。しかしそれら以外は入り口手前にベンチしかない。そして敷地全体が手入れがされていなくて木々の枝葉も青々と、草が荒れ放題といわんばかりに生い茂っている。

 ベンチも、もう長く誰も腰をかけた覚えがなさそうな、一面に土埃をかぶっている状態で、俺はそのベンチを見て、座らないで木々の陰で缶飲料を飲んだ。

 駄菓子屋の方から人がくるのが見えた。

 飲み干して空になった缶を自販機の横のリサイクルの容器に捨てる俺が、木々の枝の角度か草の茂みで見えなかったのか、公園に入っていったその人はこちらに気づく様子がなかった。
 歩いていくその人は、男性で、冷たい感じの横顔の、同い年くらいに思えた。
 冷たい感じというのは、人間性が冷たそうというのではなく、その気配の温度が低い感じだった。漫画である人物が「気配がまるで違う」と言うシーンを思い出した。そのシーンとはまったくシチュエーション違うけど。なんというか、俺は、その彼から『温度の低い静かさ』を感じた。
 染めているような、明るい栗色の髪が柔く、黒地に幾何学模様の入っている、ちょっと変わったシルエットのシャツとチノパンの姿で、細身の彼はこの場所に何の用があるのだろう。
 これだと盗み見ているようだから立ち去れば良いのに、俺は黙って、公園の入り口からベンチのそばに行って、彼の行動を見ていた。

 ブランコと半分埋まった金属の輪のそばに荷物を置く。かがんで、何かを荷物、バッグを開けて取り出した。
 それからゆっくりとリラックスするように身体全体を揺らすようにし、彼はしばらくスローに動いてからとまる。
 そして手に持った何か、紙の雑誌か紙束かをひらいてめくった。
 呼吸と、朗読するような発声が聞こえてきた。

 俺は耳をすませた。何かの詩か、それかなんだか独特の言い回しのテンポの物語のような詩に似た文章だった。

 低く、のびやかな声で、彼は読んだ。

 もの哀しい思い出を綴った詩のような文を長く読む一人芝居のようなそれを俺は眺めた。

 終わったとき、俺は拍手していた。
 彼がこちらを見る。
 驚いた表情から、闖入者ちんにゅうしゃをきつく睨むみたいに眉をひそめる。
 その表情の変わり方に俺はばつ悪く、いったん目をそらしてから、「よう」と知り合いに会ったみたいなテンションで手を上げた。
 首をかしげた彼は、近寄る俺を、よく見てどこかで会ったか確かめようとする顔になった。
 初対面だと言うとまた睨む表情に変わり、さっさと離れていきたそうな空気で、半分埋まった金属の輪のそばに行く。かがんでバッグにその手の紙の本をしまう。
 見学していたことについて謝罪を言おうとする俺を無視し、振りきるように公園を出ていく。

 俺はチャリを引いて、彼を追った。
 こう見えて俺は不真面目で、やや奥手でへたれだった。普段なら人をこんなふうに追ったりしないが、俺はこのときはどうしても謝罪とあと何か訊きたい気持ちで、彼の後ろ姿に徒いて、横に追いつた。

「あれは、なにを」
 言うと、じろりと彼は俺を睨んだ。
「何、してたかくらい……」
 しばらく無言で歩いていたが、気押されずに食い下がって俺が徒いてくるので、彼は観念したように、言いたくなさそうな声で言った。
「シギンのようなもの」
 俺は、彼が言ったシギンという単語の意味がわからなかった。
 チャリを片手で引いて、もう片方の手でスマホを操作し、検索する。
 詩吟という、詩を声に出して歌うものらしかった。
 しかし「のようなもの」と彼がつけたした部分はどういう意味かと思って、まだ横から彼を見つめる。普段ならこんなことは絶対にしないのに、彼には、してしまう。
 彼は睨む表情からあきれ果てたというような目線を俺にやり、むぃと唇を歪めると、いちど大きくため息をついたあと、言った。
「僕が読んでいるのは、詩じゃないから……好きな、海外の作家の……だから詩吟サークルにも入れないから、する場所が無くて」
 ほぅなるほどね、と返すと、彼はぎろりと睨んでくる。

 詩吟サークルっていうのは大学のサークルだろうかどこの大学に通っているのか訊きたかった。
「さっきの、芝居みたいで、……良かった」
 上手い感想は一つも浮かばなかったから、ひとことで言った。
「拍手したのも、それで……あの……あれ、スタンディングオベーションってやつ?」
 急に、芝居の後で立って拍手する行為を表す単語が浮かんで、続けて言った。
 俺の言葉に、彼はじっと睨む鋭い表情を、ちょっとだけ軟化させた。


 結局、俺はチャリを引いて、彼が地下鉄の駅へ下りる階段口の前で立ち止まるまで横を徒いていった。
 大学生かと訊くと、俺が通う大学の近くの大学の名前を言う。
 そこで俺は名乗った。
 彼はふいと顔をそむけ、名乗らなかった。
 階段を下りていこうとする彼の背中に、「毎週、金曜の午後は、あそこに来んの?」と訊ねると、微妙な間があった。
 振り向いて、彼は「おまえがいるようだったら帰る」と言い、速い動きで階段を下りていった。



 次の週、俺は公園の入り口でチャリをとめて待っていた。これが、やや奥手でへたれな俺が一週間考えて、出した答えだ。
 まあ、来ないかと思って駄菓子屋の方に向いた。
 菓子を買っている彼がいて、二度見した。


 金曜の午後、彼は俺にだけ……一人の観客にだけ、その芝居を見せてくれる。
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