5 / 188
第一章
パン屋と服屋
しおりを挟む兵士達と別れたリーンはパン屋の前で立ち止まっていた。よく考えたら、と言うか今更ながらリーンは靴を履いてない。それにぼろ雑巾の様な外套。周りからジロジロ見られてたのもそのせいだ。帝都の大通りを裸足で歩いている人なんて一人としていない。
(まず靴を買わないといけないかな)
「いらっしゃい!お嬢さん、どうぞ入って!うちのパンはとっても美味しいよ!」
ずっと店の前で考え事していたからか、店の中から優しそうなおばさんが出てきた。
「ありがとうございます。ちゃんとお金持ってますので」
流石に靴も履いてないドロドロの足、裾が擦り切れた外套を着ている身すばらしい女の子が店の前で佇んでいたら怪しむだろう、と思ったリーンは握りしめていた布袋から掌に小銀貨を一枚を取り出して見せた。
「おやおや、私はそんな事全然気にしてなかったんだけどねぇ」
さぁ、入った入ったと言わんばかりにリーンの背中を押して、ニコニコ笑いながらおばさんは言った。
パン屋の中は焼きたてのパンの匂いが充満し、腹の虫がなりそうになった。お腹が鳴る前に、と早速リーンはパンを選ぼうと物色していたが、慣れない身長と小さな手のせいで中々パンを取れない。
ぴょこぴょこしているリーンを見てふふふ、と笑ったおばさんはリーンが指差すパンを取ってくれて、ようやっと会計を済ませた。
「ここで食べて行くかい?」
「いえ、ご迷惑になるので」
こんな格好で店にいられたら他のお客さんが入りたがらないだろうとリーンは笑顔でパンを受け取り店を出ようとした。
「遠慮しなくていいんだよ。ほら、分かるだろ?お昼になったって言うのにお客は来ない。お前さんは久々のお客だよ」
「…そうなのですか」
「そりゃね…、色々あるんだよ。子供がそんな事気にするんじゃないよ!遠慮なんてしなくていいからここでゆっくり食べなさいな」
店内を観察するリーンに少し寂しそうな、悲しみの混じった笑顔を向けておばさんは言った。
リーンはパンを一口齧る。
日本の物と比べると少々硬くてパサパサしているけど味は普通に美味しい。フランスパンに近いものだ。神示によるとここのパンは帝都の中だと断トツに美味しいようだ。
パンを頬張りながら店内を観察する。
お昼時にも関わらずパン屋に人が入ってくる気配は微塵も感じない。遠巻きに店内を覗く人はちらほら見かけるが、やはり入っては来ない。
(そう言うことか…)
「ありがとうございました。美味しかったです」
食べ溢したパンをおばさんに払われる。少し照れているリーンがお店を出るのを今度は満面の笑みで見送ってくれた。
気にはなる。神示により事情は全て把握できたが、その事情は本人達に全く関係がない所で起こっている。それゆえに何故こうなっているか本人たちが分かってない。
今日会ったばかりの小娘が何か言った所で何故知っているのかとなるのが関の山。ましてや事情を知っているからと言って1人で何が出来るのだろうか。
(とにかく今はまずは身なりを。それから宿も探さないと)
現時点で美味しく食べられる物がここのパンだけだ。通うにしても身なりのせいで迷惑はかけられない。新しい靴やら服を買って身なりを整えて、宿屋も通いやすいようにパン屋の近くを探す。
(ここは…品質は低いがとにかく安い店…隣は、質も低くぼったくりの店…)
あまり良い店はないようだ。
(確かこの辺に“あの人”の洋服店があったはず。普通の店ではなかなか良い物を見つけづらいし、趣味も合いそうが無かったし…お金はあるから任せてみよう。あとは様子を見て…からかな)
煉瓦造りの小綺麗な店。他の店は(控えめに言って)木造のレトロなテイストが主なのにここは煉瓦造りでかなりモダンだ。お金がある証拠だ。店頭のディスプレイの服なんかはとても洒落ていてリーン好みだった。
店に入るとすぐに店の奥から大柄で厳つい女性が一人出て来た。
「御免ください。これで10日分くらいの服や靴を見繕ってくださいませんか?」
リーンはそう言うと布袋の中から小金貨を一握り分取り出して見せた。
これはきちんとお金を持っていると思わせるための行動なのだがもう一つの意味もある。大金を見せる事で値切りなどせず、この店に商品の価値を理解している言う事をわかってもらうためだ。
この店の靴や服は他のお店より少々高い。それでも小金貨5枚も有れば事足りる。しかし、質の高さだけを見ればむしろ安く良心的だ。だからこそ仲良くなっておきたい。この質のものをこの価格で提供できるだけの権力や財力があるという事だから。
こう言ったコネクションは多いに越した事はない。この人が信用にたる人物なのは神示により把握済みである。
「あら、とっても可愛らしいお嬢さんだ事。だけど…わたくし、お貴族様には商売しないと決めているのだけれども、それを分かってのお話なのよね?」
とても子供相手に向けるような表情ではない。むしろ、大人でも逃げ帰るような貼り付けた笑顔だ。身なりはどう見ても平民。何処をどう見て貴族と判断したのかは分からないが、疑いの目は変わらない。
「もちろんです。私は貴族ではありません」
へぇー。と何かを探るような目をしていたが、リーンの笑顔が全く変わらず、むしろこちらの事は全て知っているような聡い目を向けられ、諦めたかのように表情を崩した。
「はぁ、嫌だ嫌だ…こんな可愛らしい子供が何を知ったのか知らないけど注文くらいは聞くわ」
「よろしく頼みます。ポール様」
ポールはやれやれと言った表情だが、こちらの意図までは分からないとしても何となくここに来る事は予想していたらしい。
彼を見かけたのはあの貴族のフリをしていた男トット・チベットと対面した時だった。貴族だと言う彼を軽蔑の表情を浮かべていたので気になったのだ。神示を使ったのは言うまでもないが。
彼自身もリーンがあの時の少女だと気づいているようで、只者では無いと思われていた様だ。
ここまでこちらの行動や言動だけで予測を立てれる相手はなかなかいないし、かなりの経験値が必要だろう。情報以上にかなり使える人物のようだ。
「それでは、まず服と靴を。“貴方のような大人”に相手にされる程度の身なりで…でも貴族に見えない程度に整ったものをお願いします。平民より少し上に見えるようなものがいいです。んー、商人の娘ぐらいですかね?」
「畏まりましたわ。とりあえず、子供用はあんまり置いてないの。今あるのは2日分。あとのはこれから用意するから今日はサイズを測らせて頂戴。2日後にまた取りに来て下さる?」
返事の代わりにニコリと微笑むと、ポールはギョッと表情を歪ませ、あんたもう少し子供らしく笑いなさいよ、と小さく呟いた。
確かにリーンの笑顔は完璧だ。リーンが本当の意味で笑顔に慣れなくなってからの今までの14年の間で笑顔について指摘されたのは3本の指で足りる程度だった。
(なかなか鋭い人)
それからはポールはリーンの足の汚れを丁寧に落としてくれた。服のサイズを図り、多少の要望を伝え見積もりも出してもらった。ついでに着替えもさせて貰った。
とてもいい肌触りで軽い。特に豪華な装飾品や刺繍は施されてはいないが生地の上質感が平民の物とは言い難い存在感を出す。
貴族の物と同じように肌の露出を控えたデザインで、首から手首にかけてたっぷりと布を使ったふわりとしたバルーン袖に胸下で切替しがつけられた綺麗なAラインのスカートはとても子供服とは思えないクオリティだ。シルバープラチナの髪に純白のワンピースは目立つ事間違いない。他の装飾品が必要ないくらい素敵な物だった。次いでとばかりに良い宿屋も紹介して貰った。
リーンはパンの残りが入った布にささっと何か書き起こし、敢えてポールに見えるように地面に落とす。不思議そうに拾い上げたポールは驚愕の表情を浮かべリーンにキツめの視線を送る。
「じゃあ、また2日後に。くれぐれも内密でお願いします。例え…兵士様に問われたとしても誤魔化して頂けるととても助かります」
(それはここに兵士が来るって事か…)
ポールは右手で頭を抱えてため息をついた。先程のリーンの話とこれからの事に頭を悩ませているようだ。
「情報は有り難く貰っておくわ」
ポールの言葉にリーンはまた微笑んだ。
「私には普通にお話ししてくださっても大丈夫ですよ?」
とそれだけ言い残しリーンは店を後にした。
「やり辛い子供だな…」
ポールの独り言が静かな店内に響いた。
11
あなたにおすすめの小説
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる