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第一章
ライセンという男
しおりを挟む再び馬車が止まる。
「教会は部下に見張らせてるから何かあれば知らせが来るはずだ。あの土地をトットが手にすることはもう無いし、不可侵の魔法もかけ直させた。レスターの協力も得られた。次は一体何をさせる気だ」
馬車が止まったのにも関わらずポールは席を立とうとしない。外の行者もポールがノックするのを待って扉を開けずにいる。
「その話は昼食を取りながらに致しませんか?」
リヒトがリーンの肩に手を添えながら言う。
持ち上げる準備だとリーンも分かった。子供の身体だと大人に歩調を合わせるのが難しく、ましてや馬車などの段差はこちらの体格に合わせられた仕様でひとつひとつの段が高い。リーンは足が届かないので手を借りずの乗り降りは一苦労で逆に迷惑をかけていたので、最近は何処へ行くにも抱っこ状態を受け入れていた。
「はぁー、分かった。リーン、説明は飯の後だ。絶対だぞ」
はい、と頷いたのを確認し、ポールが馬車から降りる。リヒトに抱えられリーンも続いて降りる。
連れてこられたのはグランドール家の別邸だった。またコース料理食べれるのかな、とリーンはリヒトの腕の中で呑気に考えていた。
「兄さん、やっと帰ってきたね」
ポールより少し若めの男が嬉しそうに大きな声で言った。ポールに抱きつく様な動作をしようとしたが、後ろにいたリヒトとリーンに気付き、客人がいたのかとオロオロしている。その様子にお前は…、とポールは頭抱える。
「はじめまして、ノーラン・アーデルハイド伯爵が息子、長男のリヒト・アーデルハイドと申します。以後御見知りおきを」
リヒトはリーンを抱えたままにも関わらず、綺麗なお辞儀と挨拶をした。
「あぁ、貴方が!普段は領地に引き篭もってますが貴方のご活躍は伺っております。いつも兄がお世話になっております。私はポール・グランドールの実弟でグランドール領の領主ライセン・グランドールと申します。国王より侯爵の地位を頂いております」
ライセンはにこやかにリヒトの挨拶に続いた。流石は侯爵といったところか、先程までのオロオロした態度は一瞬で形を潜めた。
グランドール家。兄ポールと弟ライセンは貴族社会の中でも異端の扱いである。早期に亡くなった父ファムルの後を若干21歳で継いだポールは元々剣術の才に秀でていて、弟ライセンは学問の才に秀でていた。濃い顔のポール。対して薄い顔のライセンは兄弟に見えない程だ。濃い目の茶髪と灰色の目が同じでなければ母親の不敬を疑うレベル。もちろんポールは父似、ライセンは母似と言うだけなのだが。
剣にしか興味がなかったポールは代々のグランドール家の者が多く所属していた【オリハルコン】騎士団の団長に任命されたと同時に動きやすいようライセンに家督を譲り、自分貴族社会から身を引き、あれこれ噂や憶測が一人歩きして家に迷惑がかからないように女装して隠蓑としてあの店を経営していたが、それが正解かどうかは分からない。
【オリハルコン】は皇帝直属部隊ながら日本でいう忍者の様な存在で何処の誰が【オリハルコン】に族しているかはその家族でさえ知らされない。(ポールは簡単に話していたが…)
その後家督を譲り受けたライセンは領官に任せきりになっていた領地経営に着手し、それから領地はうなぎ登りに成長。帝国エルムの1、2を争う領主となった。とても優秀な人物だ。
ポールの狙いは頭のいいライセンに今後の計画を立てさせる事だったか、とリーンは気づいたが戦略的にも彼に聞いてみたい事があったので気にしない事にした。
ライセンはリヒトの腕に収まるリーンに目を向ける。
「アーデルハイド家にはまだ御孫様が産まれたと言う話は聞いていなかったのですが…?」
「いえいえ、此方はリーン様です。私の娘など恐れ多い。もちろん、私はまだ独身でございます」
これは失礼した、とライセンが少し眉を下げて萎らしく言う。私ももう挨拶していいのかなと呑気に考えているリーンは、リヒトが独身と強調した事に無反応でリヒトはそれを見て更に萎らしくなった。
因みにリヒトはロリコンでは決してない。どちらかと言うと父親が娘にパパと結婚する!と言って欲しい感覚に近い。ライセンが勘違いしたのもその愛しげな表情故だろう。
「お義兄様が帰ってきたって本当ー!?」
萎れる2人を余所にバァンッと大きな音と共に扉が開け放たれる。リーンはリヒトの肩越しに扉の方に目を向ける。
リーンの目線の先にいた綺麗な栗色の毛をふわふわ、深い緑色の目をキラキラ輝かせている女性が此方に向かって歩いてくる。不意にその女性とリーンは目が合った。
「きゃー!何この子!?可愛いー!可愛すぎるー!!お人形さんみたーい!」
キャッキャッ、と興奮気味の彼女にポールは、また余計なのが増えた、と頭を抱えた。
リヒトの腕から強引に引き離されたリーンにはなす術なく、彼女にされるがままだ。本当にお人形のような扱いだし、リーンもお人形のように努めた。
「私、リリア!ライセンの妻リリア・グランドールよ!ねぇ!ライセン!この子養女にしましょう!ね!いいでしょう?」
会ってその場で養女に、などと言い出すリリアの圧にリーンは圧倒されていた。
「リリア!それはいいアイ…」
ライセンが何か言おうとするや否やリヒトによってリーンは連れ戻される。
「リリア様、お初に御目にかかります。リヒト・エン・アーデルハイドと申します。ノーラン・エン・アーデルハイド伯爵の長男でございます。リーン様は私が只今お預かりしている身。幾らリリア様でも私がリーン様をお渡しする訳がありません」
リヒトは穏やか表情だが、言葉の端々には少しトゲが有りリーンを掴む力はいつも以上に強い。更には“エン”という王族の血族が降嫁して身内にいるとこを表すミドルネームを持ち出す始末に一同絶句だったか、ポールがパンッと手を叩いた事で食事の準備が始まり皆一様に席についた。
リーンは何故かリヒトとリリアに挟まれる形で、勿論旦那であるライセンの隣りにリリアの席を用意をしていたがその席に付かなかった為メイドが慌ててしまい、ライセンは少し苦笑いだった。
食事(リヒトが細かく切ったお肉をリーンが黙々と食べているのを見てリリアが私もやりたいと散々駄々を捏ねた)が済んで軽く談話(と言ってもリリアとリヒトのリーンの奪い合い)をしていた。揉みくちゃにされリーンはかなり疲弊していたが地位の高い者達への態度として頂けないので無表情を貫く。
「リリア、済まないがこれから大切な話がある。席を外してくれ」
ポールの真剣な面持ちに部屋の空気が少しピリつく。周りの空気が張り詰めようともリリアはそんな事お構いなしのようで寧ろ楽しそうに言った。
「じゃあ、私はリーンちゃんと私の部屋でお待ちしておりますわ!あのこの前作ったお洋服も着て貰いたいし、お兄様が言ってた髪飾りも作ったところだし!ほらうちの子達はみんな男だから、女の子用のひらひらレースの可愛いお洋服作っても着てくれる人が誰もいないから~!」
(まだ諦めてなかったのか)
そうその場にいた者はみんな思ったに違いない。はぁー、と盛大きなため息をついてポールが言った。
「いや、リーンがこれから私達に話があるんだ。連れて行ってもらっては困る」
リリアはポールの返答に綺麗な顔を歪め、眉間にシワを寄せて盛大に嫌な顔をした。リーンが居ないなら退室したく無いといった様子だ。そのまま椅子にドンっと構えてなかなか席を立とうとしないリリアに痺れを切らしたようにライセンが言った。
「リリアすまない、これは“あの”仕事の件だから」
リリアは不満そうな表情だが、“あの”が示す意味を知っているようでこれ以上は流石に何も言えないようだ。何度も振り返ってリーンを恨めしそうに見ながらトボトボと大人しく出て行くリリアの後ろ姿を見送ると目の前のポールは机に両肘をつき、固く組んだ手の上に顎を乗せる。ポールのさぁ話してもらおうか、と言う目は全く笑っていない。
リーンはポール一連の動きを見たあとライセンにチラリと目線を送る。早く聞きたい、とワクワクしているようにも見えるライセンにリーンは小さくため息をついた。
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