41 / 188
第一章
ハロルドの決断
しおりを挟むハロルドとの会食から2日後。
今日は先日約束したハロルド邸にお邪魔する予定だ。協力を取り付けるための簡単な手土産を持参した。珍しい物が好きなハロルドの為にリヒトが持たせてくれたのはバザールで購入したハトハ酒だ。
領地開拓で忙しいだろうと労いも込めて、お酒をと思ったのだが、ハロルドはそんな素振りは見せる事なく、寧ろ先日の贈り物の件でソワソワと心落ち着かない状態だったのか、朝から邸宅で待機していたようだ。
リーン達が予定より少し早く到着したというのに我慢の限界だったハロルドは自ら玄関まで迎えに来ていて、興奮した彼はリヒトとジャンと一悶着起こしたのは言うまでもない。
ソワソワが収まらないハロルドは迎賓室までの距離ですら早足で何度も此方に振り返る始末。
リーンもハロルドのペースに合わせてあげたいのはやまやまだが、何せリヒトに抱っこされているのだからどうする事も出来ない。
商人の顔は何処へやら。兎に角落ち着かない様子だった。
迎賓室に着くや否か、ハロルドは手紙の内容についての説明を求めた。一番知りたかった事を先延ばしにされたので無理もない。確かに元々の予定ではあの会食の日に全てを話すつもりだったのだから致し方が無い。
この場で手紙を送った事を知らないのはアリスだけだ。
「マスティス卿。そのお手紙の通り貴方が長年お探しになっていた人がどこに居るのかお教えできます。但し、情報を伝える前にそれなりの覚悟をして頂きたく思います」
「覚悟、で御座いますか…」
「それに、ご存知の通り、本日私どもは交渉に参りましたので、これは取引となります」
「では、取引内容をお伺いしましょう」
リヒトがスラスラと交渉に移る中、リーンは真剣な面持ちになったハロルドに軽く頷いて見せる。当たり前のようにリーンの直ぐ近くで控えているジャンに手だけを差し出す。
ジャンは腰の皮鞄から綺麗に丸められた羊皮紙を取り出すと、差し伸べられた小さな手にそっと置く。
その羊皮紙をそのままハロルドに手渡すと、意気込むように唾を飲み込んで表情をキリッとさせて結び目をナイフで切り、広げる。
「では、ご説明させて頂きます。私達は最終目標として掲げているのは聖王国の教皇を代替えさせる、というかなり極秘案件です。聖王国の実態については其方に書いてある通り、奴隷、誘拐、暴行、横領、詐欺、殺害…。どれをとっても許される事では有りません。なので信頼できる方を新たな教皇として担ぎ上げる事にしました」
「知識の神ヴェルムナルドール様のお膝元でよくもまぁそんな事を…」
ハロルドの秘書メイビスは呆れ果てている。その間ハロルドは声を発する事もなく、ただリヒトの話に耳を傾けていた。
「今後の作戦としましては現教皇は此方の候補者を破門にするため議会を起こそうと躍起になっています。が、これは事前に察知し枢機卿の居場所を掴みましたので身柄を拘束すれば良いだけです。その後、枢機卿達の失踪を軸に教皇を帝都へ誘き出し断罪の告発。代替えとなります」
「では、誘き出すのが私の仕事でしょうか」
「卿にはダーナロ王国で信頼の置ける口の硬い商人との橋渡しと計画の為に必要な素材の手配と職人達の手配。そして、教皇を誘き出した後の窓口になって頂きたいのです。新興貴族へ訪問、と言うのは教皇の帝都訪問の口実になりますので」
幾ら教皇と言えど流石に他国に易々と入る事は出来ない。転移結晶での転移については両国間の取り決めで緊急時に聖魔法での治療の支援を行う事になっていて許されている。その為皇帝の結界に弾かれる事はないが、秘密裏の教皇訪問がバレた時の為に口実が必要になる。
「…それで私を貴族に…」
「そうなのです。なので、貴方を貴族にしたのは決してご褒美にはなり得ません」
リーンの返事にハロルドはやられました、と言わんばかりににこやかに笑う。メイビスもハロルドの負け姿をあまり見た事が無いようで少し困惑している。
「宣誓契約書は必要ですか?」
「いえ、卿の事は信頼しておりますので」
そう言いながらポケットから取り出した綺麗な箱に収まる真鍮の塊を見せたリーンにそれはそうだ、とハロルドは更に笑った。
普段陽気な人だとは思うが話し合いの最中、おちゃらけた様子を一切見せなかったハロルドにコレが本来の彼なのだと理解する。
「では、早速ですが、ダーナロの商人には心当たりがあるので直ぐに連絡をつけましょう。必要な素材や武器、消耗品に関しては在庫のある物は直ぐにアーデルハイド邸に運ばせます。ですので必要な物のリストを頂きたい」
ジャンはハロルドにもう一つ皮鞄から取り出した羊皮紙を手渡し、ハロルドは読み終わるとメイビスにそれを託した。
「殆ど在庫で間に合いそうですが、幾つか取り扱いの無い物があります。数日お時間頂きたい」
あの大量のリストを見ただけで自身の店で取り扱いがあるかどうか分かるとは、流石商人の鑑である。
「カモフラージュの品なのでお気になさらず。早急に必要な物は有りません」
「なるほど、そうゆう事でしたか」
「御理解が早くて助かります」
ハロルドに頼んだ物は全てフェイク。実際に使う物も一部混ぜてはいるが実際に必要な物は元々用意済みだ。ハロルドとの接触に疑問を持たれた時に日用品を買っているだけだと思われるだけで済むように此方からの配慮である。勿論リーンの私的な物も含まれているが。
「窓口として、という事は他にも何か仕事があるのでしょう」
「教皇がここを訪れるよう此方で誘導します。その時に渡して貰いたいものが御座います」
そう言うとリヒトは内ポケットから小さな袋を取り出してハロルドの目の前に置く。
ハロルドはその小さな袋の中身を確認すると直ぐに自身の胸ポケットに閉まった。
「コレを渡すのであれば少しアクセサリー加工が必要ですね。素晴らしい宝石ですが身に付けさせなければ意味が有りませんから、本物のように擬態させる必要があります」
「そうですね。その辺は卿にお任せします」
「畏まりました」
条件を全て受け入れたハロルドに今度は此方の誠意を示す番だ。
「では、詰めた話はまた日を改めてお話ししましょう。此方の提案を呑んで頂いたのでご質問に答えましょう。」
「彼女は…苦労しているのでしょうか…」
(ここからは私の番…)
リーンは少し眉毛を下げてポツリと話し始める。
「…申し上げにくい事なのですが、お探しの女性は10年前に他界しております」
「か、かの、じょが亡くなった…?」
「はい、卿がダーナロを後にして6年後になります。慎ましくはありましたが、卿のお話の通り明るく楽しく暮らしていたようです」
ハロルドの絶望を表した表情に誰もが憐れみの視線を送るがハロルドをよく知る秘書メイビスは涙を浮かべ背を摩り慰めの言葉をかける。
「そうですか、彼女の死はとても今は受け入れられそうに無いですが、それが分かっただけでも私の苦労は報われます。彼女に何もしてやれなかった私には後悔や懺悔などの想いも伝える権利はないのでしょうね」
今はとても彼女の死は受け入れられないだろう。ハロルドはダーナロを後にした後、紆余曲折ありながらもいなくなってしまった彼女との将来を考えて必死で仕事に邁進していた。
3年と言う歳月も片時も忘れる事なく必ず見つけ出す事だけを目標にして今の地位まで上り詰めたのだ。
しかし、その3年の間にダーナロは大きな変革があり、彼女を知る人は皆いなくなっていた。
それでも諦めず探し続けていた彼女がまさかもうこの世に無いなんて思いたくも無かっただろう。
「なので彼女の忘れ形見を見つけました。此方をご覧下さい」
「…これは、本当の事ですか?」
ハロルドはリーンに差し出された羊皮紙に目を通すと涙を浮かべた顔をぐしゃぐしゃに歪ませてリーンに問う。
少しだけ残された希望を逃したく無いと切に願う男の表情は険しい、と簡単な言葉では言い表せない。
「全て真実です」
「で、では…その子は…あぁ」
「はい、お察しの通りです」
アリスの姿を見て納得した様子のハロルドとよく理解できていないアリス。
「リーン様…私は…」
「アリス。いえ、アイリス。貴方の事情は全て知っています。今までどれだけ苦労したのかも。でもこれから貴方は元々居るはずだった所に戻るのです」
「戻る…」
「貴方のお母様は名の通った子爵家のお嬢様だった。卿と隠れて交際し、貴方がお腹に居ると知ると商人で更には他国出身の卿に迷惑が掛からないようにと姿を消したのです」
「私も彼女が子爵家の出だと知ったのは彼女が居なくなってから少しした後の事でした。他に嫁いだのだと思っていたのですが…。私がもっと必死に探していたなら…彼女は…」
「で、では、私の父親がマスティス卿と、いう、事…ですか…?」
「はい。間違いなくマスティス卿が貴方の父です」
アリスは泣き喚きながらハロルドに抱きつく。それをそっと抱き寄せたハロルドはすまなかった、と何度も何度も謝りながらアリスの背中を摩った。
11
あなたにおすすめの小説
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる