47 / 188
第一章
ヴィンセントの手引き
しおりを挟む翌朝。
スイが再び目を覚ました頃にはヴィンセントの姿は無かった。
スイは慌てて辺りを確認する。食堂や裏の勝手口、トイレ、水浴び用の井戸、廊下の隅々まで確認したがヴィンセントの姿はどこにも無かった。
「猊下!!ヴィンセント司教様が…!!」
「…入れ」
「し、失礼致します!!!」
「何事だ、騒がしい。少し落ち着いて話せ」
「…はい」
スイは大きく空気を吸い込み、ゆっくりと吐く。
(そうだ、猊下に何か使いを出されているのかも知れない…)
「ヴィンセント司教様が何処にもいらっしゃらないけのですが、なにかお申し付けなさったのですか…?」
「…何だと…」
猊下の様子がおかしい。使いに出していたわけでは無いのか…?そう自問自答しながら様子を伺う。
「ディスクラムの所へ行くぞ」
昨夜の話し合いで昼夜問わずディスクラムへの護衛を付け、外出は勿論させず、寝る時でさえも護衛を置いて決して1人にならない様にすると決まっていた。
慌てた様子のラミアンを見て、スイは段々とまずい状況なのだと理解し始める。ヴィンセントの行方に気がいってしまって、昨日までラミアンにビクビクしてた事は忘れている様だ。
「ディスクラムはいるか」
部屋の前で警護に当たっていた兵士の男にラミアンが声を掛ける。
「AよりBへ教皇猊下がお越しだ」
「…」
「おい、B!返事をしろ!!」
「…」
「おい!どうした!応答しろ!!」
「…」
様子がおかしい。何度外の兵士が呼びかけても中からの応答はない。それ以前に物音もしなければ、人の気配すら感じ取れない。重々しい雰囲気がその場の人間全員を凍らせた。
それにいち早く気付いたのはベテラン兵士であるスイで微かな空気感の変化を感じ取っていた。
「もう良い。今すぐ開けろ」
「は、はい!直ちに!!」
外の兵士の1人が上の1つ目の鍵を開ける。そして2人目の兵士が下の鍵を開ける。3人目の兵士が真ん中の鍵を開ける。
これは護衛の際によく使われる方法で、鍵はそれぞれ3人が1本づつ携帯し、一連の作業をその通りに行わなければ開かないと言う、この世界では至ってシンプルな施錠方法だ。1人でも取り逃せば鍵が開かない。全て取れても開錠順を間違えれば開かない。そして、その間に中の者が警護対象を安全に逃せばいいだけだ。
ようやっと空いた部屋に雪崩れ込むと、予想していた通り中はもぬけの殻だった。
「昨日の夜一度確認した時は何の異常もなく…それ以降物音すら聞こえておりません…私達もなにが何だか…」
朝一番からのヴィンセントの失踪に続き、ディスクラム立て続けに居なくなった。
昨夜の話し合いで昼夜問わずディスクラムへの護衛を付け、外出は勿論させず、寝る時でさえも護衛を置いて決して1人にならない様にすると決まっていて警備は万全だったのにも関わらず、枢機卿が居なくなり、更にはヴィンセントまでもが姿を消したのはここにいる全員の想定外の出来事だった。
「もう良い。一度城へ戻るぞ」
「は、はい。猊下」
イライラした様子のラミアンはぶっきら棒にそう言い、自室に向かって歩き出す。スイも自分とヴィンセントの荷物纏める為自室へ歩を進める。
枢機卿達が居なくなった時、正直教会本殿にいる下々の者達で心配する者は誰一人居なかった。何故なら皆んな枢機卿達の行いを知っているからだ。
協会内の実態を知って辞めて行った者もいるが、多くの者は自身の生活の為に残っていただけだ。それはスイも同じで現状ディスクラムが居なくなったことよりもヴィンセントが居なくなってしまった事に焦りを感じていた。
ヴィンセントは誰に対しても平等で気遣いが出来、挨拶やお礼なども上級貴族で有りながら誰にでもしてくれる。そんなヴィンセントを嫌いに思う者は1人も居なかった。
初めこそ優等生な彼を毛嫌いする者も居たが、皆彼がラミアンの側遣いとして寝ずに仕事をし、いつ倒れるのかと思う程フラフラ歩く姿を見続けると気の毒に思い次第に心変わりしていく。
皆んなに慕われているヴィンセントが居なくなったとどう知らせるか、と頭を悩ませる。
慌てていて鍵すら掛けずに部屋から飛び出していた事に気付き、不安になりながらも部屋の扉を開ける。
朝の慌てようを考慮しても乱れている自分のベッドに反して妙に綺麗に片付けられたヴィンセントの荷物に彼の性格を思い出して少し手が止まる。勿論だが、ベッドは一切手が付けられておらず綺麗だった。
一瞬目が覚めてヴィンセントと話した事を思い出し、あの後連れ去られたのかとヴィンセントの既に綺麗に纏まっている荷物を纏める。
ふと、衣服の間に布とは違う手触りを感じる。如何やら上質な羊皮紙のようだ。手に取り確認する。
スイ様
突然ヴィンセント様が居なくなり
大変ご迷惑をおかけしていると存じます
今、ビビアン様が聖王国変革の為ご尽力を
尽くされています
しかしその為にはヴィンセント様の
お力添えも必要でして 失踪 という形で
此方に来て頂きました
そこで貴方という人間を信用して
1つお願いが御座います
これからスイ様にはラミアンの側で
ヴィンセント様の代わりに側遣いとして
振る舞い 監視していて頂きたい
側遣いとしての仕事はヴィンセント様が直接
指示をして下さいます
一緒に鏡とピアスを置いて置きます
その鏡とピアスで連絡を取らせて頂けますので
肌身離さぬようお願い致します
スイは手紙と一緒にヴィンセントの荷物の下にあった鏡とピアス手に取る。元々つけていた銀のピアスを外し、胸の内ポケットにしまうと、その不思議な碧のピアスに付け替える。
これでどう連絡を取り合うのか。
そうスイが疑問に思っていると、突然、鏡に文字が浮かび上がる。
「…ヴィンセントです。スイには迷惑かけて申し訳ないと思っています…か。これは、凄いな…」
鏡に浮かび上がった文字を読む。筆跡も見覚えのある少しクセが強めの角ばった文字だ。
スイは騎士爵家に相当する家門の出身なので文字などの多少の教養を身につけているが、この世界の識字率はとても低く、この鏡が普及するのは難しいが画期的な魔道具なのは明らかだ。
(聖王国の変革が叶うならば、猊下の側で監視でも、なんでもしてやる)
そう、スイは強く意気込み、一通り荷物を纏めるとラミアンの部屋に戻る。
スイはラミアンの荷物も一緒に持ち、ラミアンに目線を向ける。苛立ちと共に不安をも感じさせる表情はスイが思い描いていた聖王国の絶対なる国王にして教皇猊下としての印象とは違い、とても弱々しい情けない普通の男に見える。
あまり物がなく、大きな鏡がある部屋に移動した2人はその後の事はディスクラムの侍従達に任せて城へ戻る。
「お待ちしておりました。教皇猊下」
戻った先で待っていたのは、ユリウス枢機卿とその部下達だ。ユリウスは金髪に翡翠眼でとても綺麗な顔立ちをしていて、背も高く、程よく鍛えられた肉体に枢機卿の地位。更には30代と若い。何も知らない歳若い女性信者達からは好意の視線をいつも集めていた。
「ユリウス枢機卿ご無事何よりです」
「それより、2人で戻ってきたって事はディスクラムも失踪しちゃったって事??」
「お前のその話し方はいつになったら治るのだ」
ユリウスの砕けた話し方にラミアンが強く返す。どんなにラミアンが凄んでもユリウスが気にする事はない。
「父さん、それは親子特権だろ?ここには俺の召使いと兵士だけじゃーん。他の人には俺だってきちんとした話し方してるよー」
「父さん、と呼ぶな。猊下と呼べといつも言っているだろう」
そう、ユリウスは教皇猊下の実子で現在は枢機卿だ。この国にも貴族制度はもちろん有り、呼び方が違うだけで、その実は同じだ。
教皇 = 皇帝、国王
枢機卿=公爵
司教 =侯爵、伯爵
司祭 =子爵、男爵
助祭 =準男爵、騎士爵
なお、準男爵、騎士爵は一代限りの爵位であり、位としては平民に等しい。
教皇猊下の息子のユリウスは教皇の息子=王子となるがラミアンは前教皇の2番目の息子で(1番目の息子はビビアンの父)教皇になる前から公爵位に当たる枢機卿を拝命されていたため、ユリウスはラミアンが教皇になると同時に枢機卿を受け継いだ。それに習い、ビビアンは教皇の親族=公爵位に当たる枢機卿に就いていたが、反旗を翻したと降格処分となった。(ビビアン支持者が多いため奪爵は出来なかった)
「まぁ、俺は無事帰ってきた事だし安心していつも通りいる方がよろしいのではないでしょうか?猊下?」
含みを持たせた言い方をするユリウスを無視する様に背を向け自室に戻る為歩き出す。
「おい、ヴィンセ…」
いつもいるはずのヴィンセントを思わず呼んでしまったラミアンは思わず足を止める。スイはそんなラミアンを見て少しの沈黙の後、気遣うように声をかける。
ヴィンセントの仕事と言えば、教皇のスケジュール管理から始まり、身の回りの世話(今日の服装から食事の内容などの細かな管理)、スケジュール予定通りの準備などは勿論、城の修繕、食材、人員の給料、信者達からの献金や国民からの税金などの収支予算管理や警備の配置や訓練の予定管理、休職者や退職者、求職者の人事管理など挙げればキリがない程の仕事をしていたのだ。ヴィンセントの代わりが務まる者が居るはずがない。ヴィンセントは教皇猊下ラミアンよりもこの城の中の事を一番よく知っていて、全てに対応していた。それだけ重要なポジションにいた。
「猊下、如何致しましょう」
「スイと言ったか。ついて来い」
「はい、畏まりました。教皇猊下」
昨日までビクビクしていたとは思えない程平然とスイは言った。ラミアンは正直言って萎縮すると思っていた。スイの表情は至って真剣だった。
ヴィンセントの失踪を知らない城の者達は2人が連れ立って歩いている異様な状況に疑問を持ち、視線を合わせる。そして、ヴィンセントがいない事にまさか彼が失踪してしまっているなどと艶も思わず、今は休めているのだろうか、と安堵するばかりだった。
11
あなたにおすすめの小説
魔法使いが無双する異世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです
忠行
ファンタジー
魔法使いが無双するファンタジー世界に転移した魔法の使えない俺ですが、陰陽術とか武術とか忍術とか魔法以外のことは大抵できるのでなんとか死なずにやっていけそうです。むしろ前の世界よりもイケてる感じ?
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
枯井戸
ファンタジー
力も強くない、足も速くない、魔法も使えないし、頭も大してよくない、どこにでもいるちょっとオタク趣味の主人公・東雲真緒が白雉国に勇者として転生する。
同期の勇者はそれぞれ力が強かったり、魔法が使えたり、回復ができたりと各々の才能を開花させ頭角を現していくのだが、真緒に与えられた才能は異世界転生モノでよく見る〝ステータスオープン〟のみだった。
仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる