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第二章
ルルティア
しおりを挟む「今日もお姿すら見かけられなかったわ」
「姫様、そろそろ宿に戻りましょう」
「そうね、また明日にするわ」
ロビティーに来て2ヶ月。
最近は宿とリーンの商会と屋敷の往復で代わり映えのない毎日を過ごしていた。思いつきで城を飛び出した初めの頃はウキウキとした気持ちだったのに、今は胸に何か支えているように心苦しく感じる。
ルルティアが始めにリーンを見かけたのは本当に偶然の出来事だった。
ーーー3ヶ月程前。
ルルティアは幼い頃から変わらず大好きなメトロンを定期的に購入する為に王都から遠路遥々ここロビティーに月に1度程訪れている。1ヶ月に1回新作の味が登場するからだ。特別に城外に出られる数少ない日でもある。
その日もいつものように新作を購入するためそのカフェに立ち寄った。
「なんてお美しい方なの…」
目線の先には2人の男性。
しかし、その目に映っているのはたった1人だけ。
肩まで伸びるサラサラの銀髪。影ができるほどに長いまつ毛。麗とした青い瞳。流れるような曲線から伸びる程よく肉付きのある腕。ひとつひとつの動きに目が奪われる。
遠くて声は聞こえないけれど、周りを包み込む雰囲気は彼をこの世の者とも思えないほど神々しく見せていて、その姿は目に焼き付いて消えてはくれなかった。
見惚れて声をかけるのも忘れ、彼らが店を出るまで彼女の耳には周りの声など聞こえて来なかった。
如何したらもう一度会える?
如何したらこの声を聞ける?
如何したら私を見てくれる?
毎日のようにそればかり考える。
もう一度あのお方に会えたならば今度は必ずお名前を聞いてお話がしたい、と。
「明日はお会いできるかしら…」
深いため息がついつい出てしまう。
これだけ通い詰めて会えないのなら、商会には居ないのでは?と不安にもなるが、クローティライトがいたと言うならば本当なのだろう。我儘なルルティアに見切りを付けずにそばに居て守ってくれるのは彼たった1人だけなのだから。
「もしかしたら、転移しているのかも知れません」
「転移?」
「あの弾かれる結界。私の記憶が確かならば、あれは確か聖王国に伝わる結界だったと思われます。ならば、移動の為に転移していたとしても説明が付きます。彼は聖王国の出身なのかも知れません」
転移…。これで確かに店に入った様子は無いのに店にいる、という謎は説明がつく。
「では、あの時は何故貴方だけが店に入れたのかしら。しかも入れたのはあの一回だけ。折角入れたのにあの方が居る、という事以外の収穫はなし。本当に使えないわね」
「流石に、一介の従者如きに主人を合わせる事はないと思います」
「あら、貴方はこの国の唯一の王女の従者なのだけど?」
あぁ、また言ってしまった、と後悔で口元が歪む。
クローティライトに嫌味を言っても仕方がないと言うことはルルティア自身も良く理解している。しかし、一度皮肉れた性格を治すには余りに遅すぎた。
(あぁ、あの方にお会いしたい…)
「あの瞳で見つめられたいわ…」
宿についてこの2ヶ月同じ物を食べ続けて流石にもう飽きていた。かと言ってそれは王宮と何にも変わらない。
父親は甘やかすばかりで本気で叱ってくれた事は一度もない。ルルティアのご機嫌取りで手一杯。産みの母は亡くなっていてもういない。兄達は誰が次代の王になるか常に揉めていてルルティアに構う事はない。王宮にいるメイドや使用人はルルティアを厄介者扱い。
彼女もこんな事をしたい訳じゃない。正直こんな事はもう辞めたい、と思っている。しかし、もう如何したらいいか分からない。もう引き返せないところまで行ってしまったのだ。一度した事は取り戻せないのだ。
ルルティアはこんな自分が本当に嫌いだった。
しかし、キングストンだけは未だにそんなルルティアを気にかけてくれていた。ルルティアは彼を家族の中で唯一信頼を寄せていた。
だけど、もうすぐ見放される、そんな予感がしていた。
「私、もう寝るわ…」
「はい、姫様。おやすみなさいませ」
優しい笑顔のクローテライトはそっと肩まで布団をかけていつものように寝息を立てるまで明かりをつけたまま近くの椅子に腰掛ける。
この時だけは昔のまま。もう知っている者も少ないが、彼女の本当の姿はこっちなのだ。
貴族の娘だったナナはあの事件後、両親の希望もあり婚約…政略結婚が決まり、泣く泣く城を後にした。
(何としても守らねば、絶対に…)
朝を迎える。
目は冴えている。いつもと違う雰囲気に周りを見渡す。いつもいるはずのクローテライトの姿がない。
いつも目覚めるのはクローテライトの声なのに、優しい笑顔で挨拶してくれるのに、今日は姿も見当たらない。
不安を抱えてながら、ベッドルームから出て隣の部屋を覗き込みながら声をかける。
「…クロ。…クロどこにいるの?」
「おはよう、ルルティア」
「!!!!」
「姫様、すみません。今朝キングストン様がいらっしゃったのでお相手をさせて頂いておりました」
「そ、そんな事は…どうでもいいわ。起こしてくれてもいいじゃない!お兄様には綺麗な姿でお会いしたかったのに…」
目の前には長い足を優雅に組み直す彼女の大好きな大好きなキングストン王太子殿下。
こんな事ならもっと早くに寝ていればよかった、と乱れた髪を手櫛で軽く整える。
「起こさなくて悪かった。少しクローティライトに込み入った話があってね。起きて早々で悪いが…ルルティア、直ぐに城に戻るぞ。みんな心配している」
「ま、待ってください、お兄様!私はハルト様にお会いする為にここに留まっているのです!幾らお兄様に言われても私はここを離れる気はございませんわ!」
何でもいい。
ハルトと接点を持てるなら何だっていいのだ。
父母が心配してるなんて本当にどうでも良い。
彼女はリーンと出会って言いようのない安心感が嫌いな自身を変えてくれる、とそう心から思えたのだ。
「…ルルティア、大切な話があるんだ。馬車で話そう」
キングストンは有無を言わせないように、そのまま席を立ち部屋を後にする。出て行くその後ろ姿を見送ると落ち着く為に小さく息を吐く。
「クロ、準備をするわ。お兄様を待たせる訳には行かないから」
「はい。姫様」
いつも自身の前では笑顔を絶やさないキングストンが真剣な表情で言った事に違和感を感じたルルティアはその場は大人しく従うことにした。
宿を出て、宿の前に止まっている見慣れた馬車に乗り込む。
「お待たせ致しました、お兄様」
「ルル、あいつに会いたいか?」
ルルティアはキングストンの脈絡のない話に首を傾げる。
本当にお兄様らしくない。
真面目でいつも皆んなの考える100歩先を見据えているお兄様がこんなよく分からない話し方をしたのは初めてだ。
「ハルトから手紙を預かっている」
「ハルト様のお手紙ですか!?」
思っていた通りの反応だったのか、少し項垂れるキングストン。お構なしで身体を強く揺するルルティアをクローテライトが止めに入る。
「約束を守れるか?守れないのなら渡せない。秘密も守らなければならないし、もしかしたら父上とはもう会えないかもしれない」
「…キングお兄様。私は近頃こんな風に考えらようになりました。私は当時はまだ幼かったのできちんとは教えて貰えませんでしたが、あの時何が合ったのかは…何となく覚えております。今のままではこの国は滅びます」
「ルルティア…分かっていたのか?」
ルルティアは首を横に振る。
「気がつけたのは、リーンハルト様をお見かけしてから少し後のです。あの方は本当に不思議な方ですね。今まで何度もこの街に訪れていたのに、本当に情けない話ですが…彼を待ち伏せしている間、私はこの街を観察する事が出来たのです。路地裏には家も無く、食べる物も無く、苦しんでいる人たちがいて…かつて賑わっていたメトロンの隣のパン屋は潰れていますし、何より民に生気がないのです。今まで何故気づかなかったのでしょうか…」
「…そうか」
「小さな少年がハルト様のお屋敷で働いしてました。私より小さな子です。彼は先日まで路上で生活していたそうです」
「…」
「ハルト様が私に会わないのはそう言う事だと分かっています。私は幼いからと言い訳し見えるものを見ぬふりしていたのです。幼くも彼らは必死に生きていると言うのに…だから、例えハルト様にお会い出来なくとも、彼の力になるのなら、誰を蹴落とそうとも、己が破滅しようとも…何だってさせて頂きますわ」
「その覚悟があるなら安心した」
「えぇ、私は私のしなければならない事をします」
ルルティアの話に耳を傾けていたキングストンとクローテライトは最後まで聴き終わると、そっと目を閉じる。
彼女はかなり盲目的な人間だった。リーンの後をついて回る程に。しかし、もっと言えばそれ程待ち続けるほどに忍耐強い人間でもない。2ヶ月もの間ただ見ているだけで気が済むはずはないのだ。
そうなったのも彼女がハルトの外見の美しさだけで惚れたのではなく、リーンの行いと自身の思い(どうしたら今の自分を変えられるのか)が重なったからなのかも知れない。彼女の成長を感じ、無言の馬車は城へと向かったのだった。
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