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第二章
悪夢の再来
しおりを挟む一体いつ道を踏み外していたのだろうか。何処から間違えていたのだろうか。
父が死んだとき?家を継いだ時?いや、初めからもうずっと間違っていたのかもしれない。
彼の家マンチェスター伯爵家は代々騎士団長を務めていた由緒ある家柄だったが、彼の曽祖父の代に隣国との大きな戦争があり、その戦争は勝利を収め今のダーナロ王国となったのだが、騎士団長だった曽祖父はその戦争により帰らぬ人となり、まだ5歳と幼かった祖父は騎士団長を継ぐ事が出来なかった。
曽祖父には妹しか居らず後継がいなかったマンチェスター家は栄誉ある騎士団長という肩書きを他家へと譲るしかなかった。
そして元より運動よりも勉学の方が得意だった祖父は騎士団長に就任する事なく、その後は武官補佐に甘んじていた。
マンチェスター家の唯一の後継者だった母は武芸にも精通していて貴族令嬢としてはとても珍しい人だった。洗礼式を終えると共に騎士団に入団し、直ぐに頭角を表していった。
曽祖父を知る者たちからは未来の騎士団長と注目されて母もそれを望んでいた。
しかし、女が騎士団長をする事をこの国は認めなかった。幾ら功績を挙げても団長どころか部隊長にすら昇進させて貰えなかったのだ。
苦悩の末、母はマンチェスター家の存続のため、当時1番騎士団長に近い者と目されていた父との政略結婚は断ることの出来ないものだった。そしてそれが唯一、マンチェスター家が騎士団長と言う過去の栄光を取り戻す手段だったのだ。政略結婚は貴族なので仕方がない。女は騎士団長にはなれない。家は守らねばならない。沢山の重責に耐えきれなかった母を責める事は誰にも出来ない。
これが反対に父にとっては最大のチャンスだった。
どんなに武勲を挙げても団長になるにはそれ相応の家柄が必要だった。実力的には騎士団長になる器だと目されていたが、どんなに期待されていても父の地位を聞くと途端に皆、残念だと言葉を濁したのだった。
下級貴族のしかも三男だった父にこの結婚ほどに騎士団長に近づく道は無かったのだ。
そしてマンチェスター家を踏み台としか思っていなかった父はマンチェスター家の過去の栄光に浸り、必ず自分が騎士団長の地位をものにするのだと脇目も振らずに盲信し続けた。
そんな父は当たり前にとても厳しく優秀な人間にしか興味を持たない人だった。彼は幼いながらに見返してやろうと言う思いから必死に勉強し、武術に勤しみ、精神を鍛えて…ただマンチェスター家の者として、将来の騎士団長として、騎士を率いる者になる立場として生きてきた。それが父の望みだと信じて疑わなかったからだ。
しかしそれは違った。
父は自身が騎士団長になる事しか考えてない人だった。家庭を顧みず仕事漬けの毎日で家で父と顔を合わせたのは数えれる程度だった。
そうしてまで望んだ夢の騎士団長に父は色んなものを犠牲にして辿り着いた。しかしそれはたった1年だけの夢だった。
突然だった。
あれ程鍛え上げられた肉体があっという間に見るも無惨なほどに痩せ細り、食事はおろか会話もままならずに寝たきりになった。
伝染病だった。国中に広がり死んでいったのは父だけではなかった。可哀想な人だ、と彼は心から思った。でも涙は流さなかった。彼にとって父という存在は知人よりも遠く、他人よりは近いそんな存在だったのだ。
彼は無関心だった。自分に興味を持ってくれない父を父と思う事は一度もなかった。そして心の拠り所は母だけだった。
仕事だからと長らく顔を合わせてなかった父と顔を合わせる事はなく、久し振りに会ったのは父が亡くなった後だった。
その後、彼は騎士団長になった。勿論実力を伴った騎士団長就任だった。栄光を掴んだ彼が初めに行動したのは母のように実力を持っている女性騎士にもその功績に応じて昇格させる制度を整える事だった。
強く気高く優しい母を尊敬していた彼の行動は本当の親孝行と言えるはずだ。
その改革は訓練や宿舎などの環境整備から給料体制、休暇、食事管理など細かいところまで行き届いた素晴らしいものだった。中でも1番の改革と言われているのが騎士団に置いては爵位や年齢に囚われず、一個人の実力を評価し、役職を優先させた事だった。上から睨まれる事も多かったが、それにより確実に騎士団の士気があがったのだった。その後もありとあらゆる改革を進め、彼は今世紀最強の騎士団と言われるほどにまで成長させたのだ。
しかし、この時既に魔の手は伸びていたのだ。
それから数年後彼の母が体調を崩した。初めは風邪を拗らせただけだと診断を受けて安心していた。しかし、休もうともポーションを飲めども回復の兆しも見えず、身体の丈夫さに自信のあった母も少しずつ少しずつ気落ちしていった。
何か改善方法はないかと方々手を尽くしたが、良いものは見つからず母の容体は悪化する一方だった。
それでも彼はそれを誰にも知られる事なく騎士団長としての責務を全うしていた。改革者であり、人望もある。彼はもう騎士団の象徴だった。
そんなある日一通の手紙が届いた。
彼の母に関する手紙だった。
そして漸く母に何が起こっているのかを知ることとなる。彼の母は何者かの手によって害されていたのだ。
しかし、それも初めからその手紙の内容を鵜呑みにしていた訳ではない。ただ少し思い当たる事があった、と言う程度で悪戯に近い物だとその時は認識していた。それが変わったのは母が回復した時だった。
手紙に書いてあったのだ。2ヶ月後に完治させると。初めは純粋に母の回復を喜んだ。この時手紙の事など彼はとうに忘れていた。それを思い出すきっかけになったのがメルーサとの出会いだった。
彼女は言った。『お母様が回復されたとか』と。誰も知らないはずなのだ。誰にも話していない。屋敷の者にもキツく言い聞かせている。他にその事を知る者は…手紙の相手だけだった。
母は人質だったのだ。
彼は彼女が王妃だと言う事も忘れて睨みつける。しかし、そんな事は彼女に対して脅しにもならなかった。
そしてこの国の全ての人が人質となる。
彼は必死だった。何が起こっているのか分からなかった。状況も分からず、信頼できる者もおらず、ある日全てに裏切られた彼はただただ怒りに呑み込まれた。
とにかく王妃メルーサに言われた通り全てをこなし、闇に身を投じていった。時には人を騙し、時には不正に手を染め、そして不正を揉み消した。そしてそれは人質だけではなく彼自身を追い詰める証拠となった。
初めは人質を守る為の行動が次第に自分自身を守る為の行動になり、反発した者を片っ端から権力で捻じ伏せ、力で捻じ伏せ、仲間でさえ死に追いやる事もあった。
彼にはもうどうする事も出来なかった。1人取り残された彼が取った行動は仕方がない事なのかも知れない。
今回も上手くいくはずだった。情報も人もたくさん集めて、集約し、勝つ事だけを考えて行動していたはずだ。
全て順調に進んでいた。
「メルーサ、もう終わりだ」
「あら、情け無い男ね。つい先日、主人様に資金の融通してもらったばかりじゃない。ご好意を無碍にするなんて、どうなるか知らないわよ」
「私にはもう手はないのだ。諦めてくれ」
メルーサはその長くしなやかな足を彼の前まで進めると隣へ腰を下ろす。両手で頭を抱える彼の肩にそっと手を添える。
「あら、良いのかしら」
「…もうお前も終わりだ。今、事を起こしても損するのはお前たちだ」
「少しの時間稼ぎにはなるわ」
悪魔の囁きは聞こえのいいだけのただの逃げ道。逃げた先に待っているのはメルーサの望む未来だけだったとしても彼に残された選択肢はもう何処にもない。後はもう闇に飛び込んで死ぬか、今すぐ死ぬかの2択だけだ。
「悪足掻きはやめろ」
「あら、私は大丈夫よ。じゃあね、最後までご苦労様」
全ての元凶。
彼の人生を狂わせた最大の汚点。
どうすれば良かったのだろうか。
父を殺し、この国を殺し、母まで殺そうとした相手にいつまで従わなければならないのだろうか。
父ならどうにか出来たのだろうか。
ーーードンッ
「大人しく投降しろ!!」
「…あぁ」
「…マンチェスター伯爵。貴方だけですか」
「…」
覚悟を決めた男の顔はまだ闇に染まているのだろうか。
ユーラシアが到着して大人しく座ったまま彼を見つめる。セヴァンの父親なのだ、彼女にも思うところがあるのだろう。
「…お話ししたい事は…?」
「…ユーラシア嬢、頼む。私にリダイアルはしないでくれ」
「…しかし」
ユーラシアが想像していた姿とはかけ離れている、疲れ果て窶れたラーク・マンチェスターの今の姿。
「何故そこまでして彼女を庇うのですか。何故…セヴァンを…」
「すまない。ユーラシア嬢…セヴァンを、息子を頼むな」
「…ご覚悟下さい」
「…ありがとう」
そして、彼はその最後の時まで笑顔だった。
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