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第二章
報告
しおりを挟む今直ぐにでも聞きたい事は沢山あるのだが、この状況でそれが出来るとは流石のキングストンも思っていない。完全に警戒心を持ってしまったレスターとイアンをリーンから引き剥がす事が出来ないためなす術がない。
諸々の報告のために自身が乗ってきた馬車の御者に手紙を持たせて先に王都へ返したまでは良かった。
まさか、自身の腹心がこんなにも動揺するとは思ってなかったのだ。
「…私は貴方のような美しい方を今まで見た事がありません。今はその静かな瞳に写して頂けるだけでも大変光栄で御座います。…しかし、私も男。この心を秘めたままではいられません。どうか!この手をお取りになっては頂けませんでしょうか…?」
「おい…その汚い手を失いたくなければ今直ぐに下せ」
「リーン様、お目が汚れます。馬車に乗りましょう」
汚い、汚れると言い切る彼らも凄いが、無言で彼に目もくれず、レスターに言われたままに馬車へ乗り込もうとするリーンも凄い。
「…そ、そんなー、お見捨てにならないで…」
「あー、あー、すまん、リーン。今王都に報告する為に馬車を返したんだ。騎士団の詰所まで送って貰えないだろうか」
リーンはその言葉にニッコリ笑って手招きする。どうやら許可が降りたようだ。勿論、お付きの2人から今にも刺し殺されそうな目で見られる事を覚悟した上での乗車になる。
結果、こんな場所で置き去りにするわけにも行かなく、マイルセンも同乗することになったのだが、急にリーンがマイルセンの質問に答え始めた事でこの状況に陥った。
「リーン様は美しいだけでは無く、とても博識でいらっしゃる!」
「そんな事は無いのですよ?ただ趣味なだけで」
「それは趣味のレベルを超えてます!そして美しすぎます!」
今は何やら聞いたことのない料理の話しで盛り上がっている。マイルセンは刺さるような視線を気付いてもいないかのように楽しそうに話すし、リーンはこの状況を楽しんでいるようにも見える。
いつものようにレスターとイアンはリーンの行動を制限することはないので、殺しそうな顔で睨みつけているだけで口出しは一切しない。
主人である筈のキングストンが1人居た堪れない気分で早く終わってはくれないだろうか、と思うが騎士団の詰所まで、と言ってもこんな辺境からだと近くても2、3日はかかる。それだけの間この状況である事は憂鬱でしかないだろう。
「その“かれー”と言う食べ物はそれだけの薬草や香辛料を使っていてもポーションのような効果はないのですか?」
「そうですね、全くないのかと言われれば調べて見ないことには分かりかねます。ただ一説には胃腸の働きを助け食欲不振などにも効果があるとか」
「…食欲不振!素晴らしいです!」
「今度お作りしますよ。食べにいらっしゃって下さい」
とにかくキングストンはそんな話はどうでもいいから、何故あそこにいたのか、どうやって炎を一瞬で消したのか、などの質問をして欲しいと切実に思いながら窓の外を眺める。
「殿下!今度是非お邪魔しましょう!」
能天気な腹心の部下は今一番大切な仕事をする気は全くないらしい。
ため息が出てしまうのも仕方がない事だろう。態々馬車を先に返して、こんな目で殺されそうな思いをしてまでここに居座っている意味を何としても達成しなくてはならない。
「…あぁ、分かったから仕事をしてくれ」
「…仕事…を?ですか?」
「もういい、お前は暫く黙ってろ」
「…」
「因みに彼、リーンハルトは正真正銘の男だ」
「…!?お、男…そ、そんな訳…」
リーンをまじまじと見つめるマイルセン。リーンの顔に一心に向けられていた視線を徐々に下へ降ろしていく。
喉仏、凹凸のない胸板、筋張った手、男ならよく知っている下半身の膨らみ、すらりと伸びた脚に男物の革靴。
一つ一つを捉えては顔色がどんどん悪くなっていく。まさかまさか、と爪先まで舐め回すように眺めたかと思えば、直ぐにまた顔に視線を戻して頬を赤らめながら口元を緩めた。
「どうだって良いじゃないですか…そんな事は…。初めてなんです…こんなにも人を愛しいッむぐ」
「すまん、コイツはほっておいてくれ。あの火事をどのようにして止めた?」
キングストンは諦めたようにマイルセンの口に身に付けていた手袋を無理矢理に詰め込む。苦しそうにもがく彼を冷めた目で睨みつけると、リーンに説明を求めた。
「火事、ですか?簡単です。酸素を…って酸素の概念ってまだでしたっけ?えー…結界で空気を遮断して…んー、空気は火が燃える為に必要な物質で…まぁ、消えました」
「…中にいた魔物はどうなったのだ」
「魔物もその時に呼吸が出来ず死に絶えたかと。私は彼らを苦しませてしまいました…ね」
少し悲しそうに笑ったリーンにキングストンの手が伸びるが、否応なしに払い落とされたのは言うまでもなく。当然のように痛い。
「ゴーレムも呼吸ってするのか?」
「イアン。ゴーレムは呼吸しないが外から取り込んでいた動力源であるマナが結界によって吸収出来なくなり、マナを使い切って核が壊れたのを私が確認したので問題はない。まぁ、ゴーレムは流石のお前でも分が悪いからな」
「そんな事はない」
「痩せ我慢はよせ」
「全くそんな事はない」
「馬鹿言え。無理だろう」
「ゴーレム如き余裕だ」
喧嘩を始めた2人にキングストンはまた大きなため息を吐く。
「まぁいい、私は疲れた。少し休む」
「お休みなさい、殿下」
にこにこと笑うリーン。優しく添えられた言葉は騒がしい車内を忽ち不快では無くしてくれる。キングストンはゆっくりと目を閉じた。
ーーーーー
天蓋が降ろされたベッドの上で足を組み、優雅に酒を仰ぐ男は相変わらず真っ白なローブ姿でカーテンで光を遮った部屋は朝なのか夜なのか分からない。
ゆらゆらと揺れる僅かな灯は足元も照らしてくれない。漂う空気は重く、甘く、彼の優雅さに似つかわないが、それでも彼は優雅なまま。
「ポーションの供給は完全にストップしました。最近は更に性能が上がったポーションも出回っているようです。今のところ数が少ないのでうちで取り引きしているポーションの売れ行きは変わらないですが、今後どうなるかはわかりません」
「ほう、それは困ったことになったな」
「何を呑気に。折角連れてったゴミ達も大した感染もさせずに死んだようですし、メルーサの居場所が分からない以上計画は頓挫する可能性があるんですよ?」
「まぁ、それは彼女があの国に行った時点でわかっていたことだ」
「そうですか」
笑いながら計画失敗の報告を受ける男に興味なさそうに返事をする。
散らかった部屋を片付けながら文句の一つも言いたいだろうが、楽しそうに笑う男に何も言わないのは彼が主人だからなのだろう。
「奴も見つからんのか?」
「…?マンチェスターですか?あれは使えないと仰っていたではありませんか」
「使えないな、あれは。メルーサは信じているようだが、あれは全く此方に靡いてない。それじゃ無く、あのドワーフだ」
「あぁ。警備が硬く中々近づけなかったので、様子を見ていたのですが、遂に店まで畳んで何処かに消えたままです」
「…ふん。どうしたものか」
「メルーサにつけてた御者やメイド達も見つからないところを見るとマルティアかコンラッド…もしくは…」
「まぁ、そっちの可能性の方が高いだろうな」
散らかった部屋を片付けている男そっちのけで自身はピカピカに磨かれたグラスに注がれた赤い液体を喉へ流し込み、真っ白な布で口元を拭うとまた何処かへ投げ捨てる。
「それでも混乱は起きてるのであろう?私を恨んでいるあの女なら死刑台の上から盛大なパーティーを起こしてくれるのでは無いか?」
「それなら良いのですが…大規模スタンピードが起こりましたが、流石に“計画”に必要な量までには達してません」
「まぁ、メルーサはどーでも良い。壊れた駒には仕事はないからな。それで彼女の様子は?」
「今、彼は金儲けに勤しんでいるようです。見たところ中々な品物でしたよ。えー、“たおる”“まっとれす”“といれ”などどんな物なのか内容は分かりませんが、それこそ人間人間には考えつかないような」
「ほう…。それは楽しみだな」
「…そうですか」
呆れたようにため息を吐く。主人の考えが全く分からない。計画を崩されたのにどうしてこんなにも嬉しそうなのだろうか、相手に何を期待しているのか、と。
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