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第三章
焦りと怒り
しおりを挟む私達はそれぞれご主人から別々の仕事を言い付けられている。主だった仕事の内容は情報収集。魚の種類やその調理方法といった細かな指示から、街の全体像の把握といったざっくりしたものまで収集内容は様々だった。
調査内容が違うので起きる時間も帰ってくる時間もバラバラだが、夕食の時だけは必ず皆んなで集まり報告する事にしていた。
皆との報告会は本当に興味深いもので新種の魚を発見したり、人口を割り出す為に新たな算出方法は無いかと話し合ったり、と有意義なものだった。
ご主人が次の街に向かわれて3日が経った今その調査もひと段落ついていた、私以外は。
私がレスター様から与えられた任務はある店に潜入調査して情報を集めるというシンプルな仕事だ。
特段調査内容に指示があった訳ではなかった。
元ご令嬢だった私には社交界で身につけた会話術、交渉術、処世術がある。必ずリーン様のお役に立ってみせると意気込んでいた。
店は酒屋で港町と言う事もあって海の男達で賑わっていて、男達は強面の者が多いが、皆快活で社交的で気前も良く、お陰で店にはすぐに慣れた。それは勿論ハルト様の商会で働いていたことも大きいと思う。そして直ぐに店は大繁盛した。
本来の目的通り情報収集として彼等とも親交を深めていったのだが、その反面絡みも多くなっていた。
なので私からの報告と言えば今日もチンピラが店で騒いでいたとか、隣町から有名な冒険者が来ているとか、そんな他愛も無い話ばかりだったのだ。
焦らないわけが無い。
「マスター、おはようございます!」
「あーい、おはようさん。アンティちゃん、今日も宜しくね」
「はい!」
病の流行、お家の没落、父の死。あの悲劇から10年。路上にいた頃は普通の生活を送る事を諦め、死を待っていた私にとってはハルト様は甘過ぎる甘味だ。離れられず、辞められもしない。
出会って約1年。初めは必死で捨てられない事だけを考えていた私がもうそれすら考えていない。ただただ楽しい日々謳歌させて貰っている。
これぐらいの調査など直ぐにでも終わらせてハルト様の元へ向かいたい。
そんな気持ちを抑える為に忙しくしていたが、やはりもうそれだけでは誤魔化せない程に主人への依存度が高かったらしい。
ーーーあ~、今日もアンティちゃんは天使だなぁ~
ーーーいや、アンティちゃんは女神だよ!
ーーーあ~お酌してくれないかなぁ…もっとお酒が美味しくなるよ~
いつもの客に混じって、如何にもな男たちがジロジロと視線を送りながら気持ち悪く笑い合ってる。
「ほう、中々の上玉じゃねーか」
「噂に聞いてた以上の女だなぁ」
「おーい、そこのネェちゃんよ~。ここに座っておにぃさんに酌ぐれ~してくんねぇか~」
何処かで噂を聞きつけたのだろうか、案の定の言葉に聞こえないようにため息を吐く。
この10日間こういった輩は何組も居たが、大概周りの船乗りたちの圧に圧倒されていて、実際に話しかけて来たのは初めてだった。
「申し訳ありません、ここはそう言った類のお店ではありません」
出来るだけ低姿勢でお断りを入れる。
ーーーガシャーーン
「おいおい、俺が誰だか分かってて言ってるのか?」
「どなたかは存じ上げませんが、貴方こそ何様のおつもりで?」
「お、お客様!申し訳ありません!この子はまだ入りたてで知らない事ばかりでして」
店主が地面に伏せって平謝りする。
そのまま一緒になって謝りなさい、と催促する店主を無視する。
普段のアンティなら絶対に相手にしていないはずだ。ただ少し虫の居所が悪かったと言うか、焦りから冷静ではなかったかもしれない。
こんな事をしてるからつけ上がると知らないのだろうか、などと平謝りする店主にさえ少し苛立っていた。
「…アンティ、アンティ、こ、此方の方は冒険者ギルドのBランクのクラウスさんだ、ぞ?聞いた事ぐらいあるだろう?お酌くらいなんだ、是非ともさせて頂きなさい」
クラウスという人は辺りに当たり散らしながら、怒鳴り続ける。船乗りたちにも有名なのか、いつものような牽制の動きはない。力で何でも手に入れようとする奴も、自分が危険なら見て見ぬふりをする奴も嫌いな私は態度を改める事もなく抗戦的な態度を取っていた。
「貴方ねぇ…」
「その辺にしといた方が良いですよ」
「…なにもんだ、テメェ」
「何者…?そうですね、ただの居合わせた客ですが貴方より強いですよ?」
「な、何!?そんなヒョロヒョロした体で俺より強いだと?ハッ、笑わせる」
「クラウス・バクトール。歳は39。父トーマス・バクトール、母マリラの間に生まれる。クラスは《狩人》LV4、スキルは《スラッシュ》《ムーブ》…」
「おい!や、やめろ!冒険者にとってステータス開示など…いや、なんで知ってる。…ま、まさか、《鑑定》持ちか…?」
「えぇ。そして、私は《ナイト》LV8だ。貴方より強い。引きなさい」
「8?そんな奴がいるわけ…チッ…行くぞ」
ハッタリではないと感じたクラウスは最後に捨て台詞のように舌打ちをして、手に持っていた瓶を地面に投げ捨てた。散らばった破片が彼の頬に赤い筋をつける。しかし、ピクリとも動かない彼にもう一度舌打ちをして帰っていった。
「ルーベン!何してるの!?私より弱いのに…」
「それを言うのはやめて下さいよ、アンティ様」
ルーベンのお陰で少し冷静になった私は自分勝手な行動に反省する。何故あんな態度を取ってしまったのかと恥ずかしくなる。今までなら軽く受け流す事が出来ていた筈だった。
私にとって貴族という存在は常に誰かを見下しながらプライドを保つ愚かな生き物だった。
そんな嫌いな貴族と同じ事をする自分もやはり貴族だったのだ。
ーーーアンティちゃんがLv8の《ナイト》より強いってどう言う事?
ーーーそれが嘘だったって事だろう、
ーーーいやいや、それにしたってあれは演技には見えなかった
ーーーって事は…やっぱりアンティちゃんは…
ーーーあ~俺らの女神アンティちゃんが…
店主が客に騒動を平謝りする中、アンティのその一言で店内は静まり返っている。静まり返っていると言うよりもショックで落ち込んでいると言った方が正しいかも知れない。
「ルーベン、今日は帰って。夜報告をきくわ」
「しかしながら、またいつあんな輩が来るやも…」
「もうそろそろオリバーが来るわ。交代でしょう?」
「…分かりました」
アンティはしょんぼりとしたルーベンの背中を見送りながら小さなため息を付いた。
正直なところ自分自身の行いにショックを受けている。現にルーベンの頬に傷をつけてしまったし、お客さん達にも迷惑をかけてかけた。勿論店長にも。
「ねぇ、アンティ。あんたって何処から来たの?」
「おはようございます!ナタリーさん」
「おはよう。んで?何処から来た訳?」
社交界ではこんな探り合いや揉め事は日常的で常にお互いの建前や尊厳、家柄を守るための戦いだった。
ただ相手は平民でそんな事はお構いなしにずかずかと相手のテリトリーに入ってくる。それが当たり前で貴族が抜けていないのはさっきので十分に理解した。
今の私は何の身分もない平民だ。
「朝から質問攻めですね」
「あんたは何か変なのよね。さっきの男との繋がりも、上品な言葉遣いと振る舞い、見た目も含めて完全にお嬢様。なのに掃き掃除、床掃除、拭き掃除、便所掃除もそつなくこなしてー?ってそんなお嬢が何処にいるって話よ。何よりこの国のお嬢様方でそんなこと出来る人は居ないし?この私が知らないご令嬢なんてこの大陸中どこを探しても居ないの」
「…この大陸に、ですか?」
あら、認めるのね!と高笑いのナタリーは嫌な顔で笑う。見覚えのあるあの嫌な顔だ。
貴族社会というのは何であっても階級と横の繋がりが大切で、それがない貴族達はただただ喰われていく。どんなに儲けても搾取され続けていくだけなのだ。
そんな奴らは決まってこう言う顔をする。
憎たらしく、亡者のような…
「今度ね、私の彼がパーティーを開くの。あんたも参加しなさい」
「…パーティーに行くような服は持っていません。それに私は貴族でも令嬢でもありません」
「んま、今はそうゆう事にして置いてあげるわ。その方が助かるし」
楽しそうに笑う彼女から視線を落とした。
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