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第三章
醜い感情
しおりを挟む「レスター、一緒に寝てくれませんか?」
そんな爆弾発言をリーンがしたのはほんの少し前の事。レスターの隣でスヤスヤと眠るリーンを見つめる目は優しい。
リーンが突然そんな事を言い出したのは、クロード達が出て行ってすぐの事だった。
先程まで毅然とした対応をしていたかと思っていたのだが、お風呂に入り、レスターが寝るためにリーンの身支度を整えている最中、振り向き様に言い放ったのだ。
いつもながら可愛らしく、凛々しいのに何故か少し影を落とした様な、そんな風に見えたのは決して間違えではないように思う。
「リーンハルト様に何かあったのでしょうか…」
「…ミモザ、明日朝一で出発する。皆んなにもそう伝えておいてくれ」
「…はい」
レスターはそれ以上何も言う事ないという態度でリーンの頭を撫で続ける。
ミモザはスカートを強く握りしめ、唇を噛んで、出かけた言葉を飲み込む。
(教えてほしい、何があったのか…を)
踏み込めない領域がリーンとレスターとイアンとそれ以外でハッキリと分かれている。自身がそのそれ以外にいるのは正直言って苦しいが力不足なのもよく理解している。
この感情が愛なのか、恋なのか、憧れなのかはまだ分からない。分からないがそばに居たい、笑顔を向けてもらいたい、頼られたい。そう思う気持ちは日に日に強くなって行く。
「…では、明日の早朝に…」
「あぁ、頼む」
ミモザはゆっくりと頭を下げて部屋を出ていく。
「ミモザさん…俺も同じ気持ちですよ」
「カール…そうね、貴方は私よりも辛いかもね」
「…仕方がないです。ラテは…彼女の能力はリーンハルト様の役に立ちますから」
「…明日も早いですから休みましょうか」
「そうですね、こっちは伝えておきます」
「お願いね。おやすみなさい、カール」
「おやすみなさい、ミモザさん」
其々別方向に歩く2人は使用人用に用意された大部屋へ入って行った。
ミモザ達が出て行って扉が閉まった事を確認したレスターは辺りを見渡す。
「…大丈夫だな」
「一様、結界は張ってる」
イアンは掌をレスターに向けて、その上で光る蒼い石を見せる。その蒼い石の中は水が閉じ込められているかの様に中で波紋が次々と広がって行く様が見える。
それを見て安心したレスターは視線を落とす。
「…イアン、それで終わったのか」
「あぁ、始末した。リーンの言う通りだったよ」
明らかに声のトーンが低くなる。
トーンと同じくらいに重々しい空気が部屋中の煌びやかさを奪っていく。
「悪魔ってあんな手応え無いんだな」
「悪魔が手応えない訳ないだろう。本当に始末出来たのか?」
「んー、多分?」
「いや、まぁいい。リーン様への被害が無いなら」
リーンに視線を向けて笑う。正確には微笑むの方が正しいだろうか。
「ガンロに言われた通り、銀製の剣が役に立った」
「悪魔に効果的だと言っていたな」
「確かにあれくらいの相手なら一瞬で消し炭のようだし」
イアンはリーンの寝るベッドに腰掛け、ガンロから渡された短剣を蝋燭の僅かな光に照す。
艶やかに光るその剣を静かに鞘に戻すとリーンを覗き込む様に横たわった。
「マフティフが言うには神の道を使えば次の街までは3日だそうだ。帝都までは1週間ってところだな」
「挨拶が済んだら戻るんだろうな」
「…ラテから聞いたのか」
「あいつとは意外に仲良いもんでね」
嘘っぽく聞こえてくるのは気のせいだろうか。
敢えておちゃらけたように言うのはイアンなりの気遣いなのだろうか。いや、素かもしれない。
「俺はあまり関わりが無いからな、でもリーンのこの様子見たらそうも言ってられない」
「私も対して思いはない。利害が一致して作戦を共にしただけ。親しかった訳ではない。ただリーン様は違う。彼らと共に生活していたんだ…悲しむのも仕方がない」
「…?悲しんでんのか?」
「…何が言いたいんだ」
「いや、なんでもねーよ?」
レスターはイアンの能天気さに苛つくと同時に少しホッとした。自分に血も涙もないのはよく分かっている。リーンの事以外に興味も関心もない。自分の人生の全てをリーンに捧げる覚悟だってあるし、寧ろ捧げられないのなら自分は死んだも同然だと思っている。
生き甲斐、などと言えば聞こえは良いかも知れないがそんな可愛いものではない。もっとドロドロとした醜い物だ。
今日だって好機の目に晒されて嫌な思いをしていたリーンを見てこの礼拝堂にいる人間1人残らず殺してしまいたいと思っていた。
愛などと言うのも烏滸がましい。醜すぎて自分でも引く程だ。
でも離れる事はもう出来ない。
自分もあの信者や聖職者達となんら変わらないのだと思い知らされた。
自分はあんな顔してないだろうか、あんな目で見ていないだろうか、不安で仕方がない。
だから、救われたのだ。一緒に寝てくれ、と請うリーンに。自分はリーンが信頼されているのだと。
これはもう依存、なのだろう。
彼女は人から感情を向けられる事を異様に嫌う。きっと私が彼女の王子には慣れないし、ナイトすら難しい。
ならばせめてこの醜い感情を悟られる事なく、永遠に彼女の側にあり続けられるように努めよう。
それがどんなに苦しかろうが、悔しかろうが、共にあれるのならばそれ以上の幸福はないのだから。
「…貴方は私の心を読んでいるのでしょうか」
「なんか言ったか?」
「なんでもない」
「俺も読んでるんじゃないかとたまに思うよ」
「…聞こえてたんなら聞こえてたと言えば良いだろ」
「?聞こえてたぞ」
レスターは眉間に皺が寄るほど強く目を閉じて、グッと握りしめていた拳で太もも当たりを叩くと、短く息を吐いた。
怒っても仕方がない。イアンはそういうやつなのだから、と。
「あ、そう言えば!ちょっと変な話仕入れてきてたんだった」
「何だ」
「俺も話してるのを小耳に挟んだだけなんだけどな、帝都で襲撃があったらしい」
「帝都で、という事はこれから会う主人とやらの方か」
イアンは寝息を立てるリーンの髪の毛で遊びながら何でもないかの様に言う。
「襲撃つってもなんだかって言う教会の司祭が怪我したってくらいの話らしいけど」
「…ちょっとまて、教会の司祭?司祭って事はヴェルムナルドール神のヴェルム教会か、アポロレイドール神のアポロ教会のどっちか、だな」
「あー、アポロって言ってたかも」
「…リーン様」
レスターはリーンの顔を覗き込む。
少し苦しそうにしている様にも見えるが、リズミカルな寝息を立てているので問題ない様にも見える。正直どちらが正解か分からない。
この大陸で一番の勢力を持つのがバルサ教会だ。この大陸に本殿があるのもバルサ教会だけだ。
カラカラに干からびていて、小さな芽でさえも生えて来ない大地を尽きることの無い資源ある豊かな土地に変えてくれたのがコートバルサドール神だからだ。なのでバルサ教は神から貰った永遠なる大地の恵への感謝を謳う。
その恩恵に感謝こそすれども嫌がる者は1人もいない。当然一番信者が多いのもバルサ教会だ。
ただ、一番の国土を有するヴェルムダルムでは国教などとは名ばかりで幼少期から徹底した宗教教育を行っており、同時に信仰の自由も謳われてきた。
学者や薬術師など知識を欲する者はヴェルムナルドール神を。武術や剣術に魅入られた者はアポロレイドール神を。魔術師や魔導士を目指す者はコートバルサドールを。錬金術や未知の魔道具を愛する者はキャラベリンドールを。
皆自身が望むものにあった神を信仰してきた。
なのでこの大陸には各地に教会があり、帝都にはドール神以外の全ての教会がある。(ドールはエルフのみがが信仰している)
「その襲撃はいつ頃だったのか分かるか」
「んー、確か見回り行った時だったから…あー、飯食ったすぐ後ぐらいだな。聞いた時にちょっと偉そうな奴が先程、って言ってたし」
「…関係は、なさそうだな」
イアンはどうでもいいと言わんばかりにリーンの髪で遊び続けている。理解はしてそうだし、リーンを心配してない訳では無いだろうが、彼の“感”が大丈夫だと伝えている。
「まー、大丈夫だって。リーンには関係ねぇよ」
「それはお前の“感”か?」
「あぁ。適当では無いから安心しろ」
そうか、と一言小さく呟くとリーンの顔に掛かる前髪をそっと避けた。くすぐったそうに少し顔を歪めたがそれさえも美しいリーンにレスターは再び短く息を吐いた。
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