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第三章
神の姿
しおりを挟む静まり返る礼拝堂に足跡だけが響く。やまびこのように木霊する音を聞いて沢山の視線から気持ちを逸らす。
視線が気持ち悪い。感情を押しつけられるようなこの感覚は何とも言い難い。神と崇められても讃えられてもリーンはリーンであり、決して自分が神と言われるほどの何かをした訳でもなく、ただ認めざるを得なかっただけで実感がある訳では無い。
間違いないのはこの視線に期待や羨望などの良いものだけではなく憎しみや恐怖のような感情もある事だ。
「今日のよき日に我々は誠の神と対面した。この場にいる我々が信じ、敬い、愛してきた神の御尊顔を拝謁できた事に感謝し、祝詞を送ろうぞ」
壇上に用意されていた椅子にリーンが腰掛けるや否やマフティフが声を上げる。その掛け声と共に祝詞を捧げる信徒達の顔を眺める。
長い長い祈りの中で数百もの人間を覗き見るのはそんなに難しいものではなかった。
前なら頭痛に悩まされていただろうが、神に言われた通り馴染んできたのだろう。寧ろ調子良い。
ただ何なんだろうか。
彼らは何に祈りを贈っているのだろうか。勿論神になのだろうが、彼らに祈られるようなことをしたのはベンジャミンで、神では無いと知っている筈だ。神はただ彼に能力を与えただけ。
その不自然な光景に違和感を覚える。
彼らの視線が気持ち悪く感じるのもそのせいなのだろうか。
神、と一重に言ってもリーンが出会ったのは2人。どちらもただの光の球で真似できそうなのは話し方くらいだ。真似と言っても落ち着いたトーンで静かに話すあの雰囲気ぐらいで。
リーンはレスターに視線を向けるとレスターは静かに頷いた。立ち上がったからほんの僅かな時間ではあったが、レスターが心なしか笑顔に見えた。しかしそれを気付いたのはリーンだけだった。
「私は皆の祈りを受け入れる。信じる神を思い浮かべなさい」
レスターがリーンの後ろに立つのを確認するとリーンが少し目を閉じ、ボソッと何かを呟く。騒めく信徒達は何が起こるのか、と身を固めていた。
リーンの存在を信じていない訳ではない。幼い頃より耳にタコが出来るくらいに読み聞かされて来た経典通りにそっくりな容姿を見たからだ。
ただそれが自身らが信仰する神ではなく、ただの神だった。
しかし、彼らは思い知る。
自分達の行いの愚かさを。心からリーンを信じていなかった事にその神々しいまでの姿を見るまで気付きもしなかった事に。
たった一度瞳を瞬いた。
「コ、コートバルサドール様…」
跪いていた信徒の1人がそう言いながら立ち上がる。1人、また1人と全ての信徒が立ち上がるまでに然程時間は掛からなかった。
中には涙を流すほどに喜ぶ者もいて初めからこの姿にすれば良かったか、と少し申し訳なく思うほどには同情心もあった。
ただ今は大人から子供になった事により衣服の大きさが違うので動きにくいこの状況をレスターが補助している。少し恥ずかしく思うリーンは直ぐにでも戻りたかったので姿を変える。
それが自然であるように、当たり前であるかのように。
「ご覧の通り、私は1人。アポロレイドールも私でコートバルサドールも私。勿論キャラベリンドールもヴェルムナルドールもドールだって私なのです。力を与えるのも崇められるのも私1人。何を信仰しようと私は1人なのです」
全ての姿を見せて、納得させるために。
ーーー1人…神は5柱であり1柱である…
ーーー祈ろう…神は我らに秘密を話して下さったのだ
より一層信徒達は声を揃えてただただ祈りを捧げるために手を組む。
理解はしただろう。
どの姿で居ようとも中身は全て同じなのだと言う事ぐらいは。
「…イアン」
「ん?あー、りょーかい」
そこそこと話した会話は2人以外には聞こえてないだろう。自身の思い違いを懺悔し、祈りを捧げ、必死に赦しを乞う。
此方の行動には特に興味もないようだ。
異常に感じる程の彼らの信仰心やそれを実現するこの宗教的な空間に少し閉塞感を覚える。盲信と言っても良いほどだ。
幾ら幼少期から神に対する教育を受けて来たと言えども会ったこともない神。自分達への恩恵を直接的に感じる事もなくとも信じる。身近に恩恵を与えてくれるその人がいようともそれでも神を崇める。
何故彼らはこんなにも盲目的に神を崇めるのか。
「これで少しは蟠りも減るでしょう」
「これまで我が大陸ではこの問題こそが全ての戦の元凶でした。リーン様に…いえ、神に心からの感謝を」
解散を言い渡しても祈りを続ける彼らを置いてリーンは一息入れるために用意された部屋に戻る。
なんとも形容し難いその部屋は簡単に言えば牢のようだ。ただ壁は相変わらず青白く、鈍い光を放つ石造りの机と皮張りされた丁寧な造りの椅子それだけの空間。
牢ではないが、牢の様な閉鎖的な空間にリーンは居心地の悪さを感じる。
どうやら未だリーン専用の部屋の用意が出来ておらず、一時的に会議室に通したと言う事らしい。
「皆さま、ごゆっくりお過ごし下さいませ」
「イアン?」
「はい、は~い。少しお手洗い~」
イアンは後ろ手にフリフリと陽気に手を振る。
部屋を後にしたイアンは鼻歌を歌いながらスキップでもするかの様な勢いだ。
「あ。君、君!なぁ、少し頼みがあるだけど」
「…?はい、私なんかに何の御用でございま…」
「悪いな、手が早くて」
「…グッ…ゴホゴホッ…何をする…」
「こんにちは、そしてさようなら」
夜も更け。
リーン達は来賓用に用意されているのであろう赤い絨毯が青白い壁によく映える煌びやかで豪華な部屋に通されていた。ここはリーン専用に用意されたもののようで本来ならリーンとその従者と侍女であるレスターとミモザくらいしか入る事はないはずの部屋。
しかしリーンがそんな事を気にすることもない為、イアンやカール達使用人やクロードとセントフォールとその従者達、更にマフティフとその付き人も招き入れられていた。
当然これはそのメンバーで話し合いをする為でもあり、食事を摂る為でもある。
神殿が用意した食事は勿論聖職者や信者達が食べるような質素なものではないが、それでもこれまで食べて来たものの中ではかなり質素なものだった。
味を効かせようと貴重な塩や胡椒をいつもより多く使用したのだろうが、これではただの塩胡椒味だ。
リーンは塩辛い料理を2、3口だけ口に運んで手を止めた。
「カールは未だ食べれますか?」
「?勿論です」
「ではこれもどうぞ」
カールは一瞬キョトン、としていたが直ぐに嬉しそうにリーンの皿に手を伸ばす。
「リーン、俺も」
「イアンもですか?どうしましょう、もうありません。おかわりは貰えるのでしょうか」
「カール、よこせ」
「し、師匠…これは、俺が…」
「よこせ」
物凄い眼差しで言い返せなくなったカールはささっと2口だけ口に運んでイアンの方に皿を滑らせる。
イアンを前に大胆にも思えるが、イアンの視線はレスターに向いていた為怒られることはなかった。
「イアン、意地汚い真似はするな」
「ほー?本当はお前も欲しんだろ」
意気揚々と残りの料理を口に運ぶイアンを睨む目は2つ、3つどころでは無かった。ただ睨み合いの攻防は完全に一方通行で誰もが凄んでいたがイアンにそれが通用するはずも無い。
「明日の事ですが、物資の積み込みが終わり次第出発します」
「明日ですか?何ともお早い…。明日は炊き出しもありますのに…」
「カルマ」
マフティフの付き人は双子の兄妹でカルムとカルマと言う。瓜二つの彼らは元々孤児だったがマフティフに拾われ、神殿で育ったそうだ。
「も、申し訳ありません…」
「非常に残念ですが、少々帝都に急ぐ必要が出来ました」
「…帝都で何か…いえ」
「安心して下さい。帝都で何かあった訳ではなく、私の事情ですから」
「そうですか。ではお急ぎならどうぞ、神の道をお使い下さい」
「「神殿長!宜しいのですか!?」」
驚く双子にマフティフはニッコリ笑って頷く。
ーーー神の道とは
信者であろうと、聖職者であろうと、神殿長であろうと通る事を許されない特別な道。
元々平地で枯れ果てたこの土地を豊かにするために神が作ったと言われているフォルテ山はヴェルスダルムの中心に聳える標高6000メートルにも及ぶ山。傾斜が強いので馬車などでの山越えは非常に難しく、更にこの山を守る様広がる森林のせいで西側に安全に進むには神殿を通り、この大きな山を迂回するルートかこの大陸を挟み込む様に聳える草木も生えない険しい山脈越えていく絶望的なルートしか存在しないのだ。
何せこのフォルト山は豊かさを齎す霊山であり霊脈で、ここから漏れ出したマナによって周辺の田畑は愚か、遠く離れた鉱山でさえ枯れることのないと言う。
それ故にこの山を取り囲む様に広がる森林は死の森と呼ばれる普通の人間は近づくだけで気を失い、並の冒険者でも感覚を失い戻ってこれないと言う。
その為大陸を横断する者は皆神殿でしっかりと休息を取り、物資を補給していくのだ。
しかし神の道はそんな山を真っ直ぐに通り抜けれる唯一の手段。これまでこのトンネルを通った者はいないとされていて、神殿はここを守るために作られたのだと神示は言っていた。
「では有難く使わせて頂きます」
「いえ、神様!お待ちください!」
「そうです!神殿長様!か、神の道など…ど、どうやって通るのですか!」
「大丈夫ですよ。少し準備が必要ですが…ね。明日の朝までには用意しますのでご安心くださいませ」
「マフティフ神殿長、感謝致します」
慌てた様子の双子はマフティフにまだ何か騒いでいたが、準備をしに行くと言うマフティフに連れ立って部屋を出て行った。
騒がしさが落ち着いた部屋は何故かそのまま静まり返えり、リーンが休みましょう、と言うまでそのままだった。
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