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第三章
方向性
しおりを挟む明朝。広場に集められた使用人達は誰一人としてダラけるものはいない。
全てはリーンの為。全ては自分達の為。
「リーンハルト様の帰郷までそれ程時間がない。だから少しでもペースを早める為にも我々には1人も遊ばせておく余裕もない。なので大規模の配置換え、そして作業内容も変更になる。ひとりひとり役割を再確認して作業に当たってもらいたい」
「「「「「…」」」」」
「では、説明させてもらいます。これがこの街の図面です。屋敷を中心に放射場に広がる街並みです。これにより屋敷から全てを見渡せるようになっていて異常も直ぐに見つけられて治安面や防衛が硬い。勿論死角が無いよう建物の高さは一定で高くても低くてもダメです。建設中ものは図面の再考をしますので、私の所へお待ちください」
「屋敷は…“おんせん”はどうなるのですか?」
「屋敷の位置は今のままです。その代わりに“おんせん”を引く手立てを別に用意したので確認を。ストック、サーベルさん、ライガはその作業を最優先で進めてほしい。資料はグレイからもらって下さい」
「「「了解」」」
アイザックによって次々と作業の振り分けが行われていく。分かりやすい指示と的確な配置、仕事内容の明確さで皆のやる気も十分だ。
屋敷をとにかく安全で快適な場所にする為に遮蔽物を取り除き、裏道、浮浪者の溜まり場などの闇の無い安全で景観も美しい綺麗な街、当然管理もしやすく、住民にも優しい住みやすい配置。
その条件を満たす方法がこれだった。
「エマさん、ベンさん、アリアさん、ジェシーさんは共に家具や食器、衣類などをお屋敷用と一般用と拵えてください。デザイン、家具の配置などの一斎をお任せします。あと警備等の関係で多少追加の要望が来てますので確認を忘れずに」
「「「「了解」」」」
「それから、フォークさんも4人の補佐をお願いします。貴方のスキルなら4人のお手伝いを完璧にこなせるでしょう」
「分かったよ!」
「では、皆さん。作業を始めて下さい」
散り散りになって皆それぞれの作業にあたる。自身のスキル、得意、好き。一人一人の色んな要素を加味してやった采配のお陰か、忙しいのにも関わらずいつもよりも楽しげな声が聞こえてくる。
「アイザック、ちょっと寝たら?」
「あー、うん。でも一通り確認しておきたいし」
「…そう、無理しないでね」
目の下に隈を作り、明らかにヨタヨタと怪しい足取りをしているアイザックにグレイはそう一言だけ伝える。
心配しているのは勿論だが、それ以前にたった一日寝不足なだけでこんなになってしまうのなら、彼の体力が無さすぎるのだと最もなことを考えている。
「アイザック、筋トレと散歩どっちがいい?」
「…や、辞めてくれ。俺はダラダラするのが大好きなんだ…」
「うん、知ってるよ。だとしても、このままだとハルト様に見限られかねないよ」
がっくり、と項垂れるアイザックにグレイはトドメの一言を言い放つ。
例え厳しくても今此処には彼が必要なのだ。
こんなフラフラした状態で持つとは思えない。
「あー、じゃあ散歩にしようかな」
「フッ。分かったよ」
「何だよ…」
「何でもないよ」
ハルト様の名前を出せば存外弱いアイザックにグレイはクスリと笑う。
グレイが何に笑ったのが分かっているアイザックは少し赤く染めた頬を隠すように少し足を早めながら照れ隠しで不貞腐れたように言う。
「明日からの方がもっと大変だから」
「なら、見回ったら少し仮眠とってね」
「はいはい」
そうして慌ただしい日々が過ぎていき、屋敷から見渡す限りの家々が立ち並んだ。
まだ誰も住んでいない綺麗なままの無人の街。とても不思議な気分だ。
「ねぇ、テオ…ハルト様は喜んで下さるかしら」
「まだまだやり足りないところはありますが、ひとまずは形になった、と言うことで報告は出来るんじゃないですか?」
ローラは少し不安そうな表情をしている。
ただ屋敷の2階から見る完成を目前にした街並みには大満足だった。それはローラだけではなく、ずっと忙しなく働き続けていた他のメンバーも同じだった。
「はい!皆さん!作業は大詰めです。皆さんの頑張りのおかげである程度日数に余裕が出来ました。最終的な確認は内装も全て出来たところから申告して下さい」
「「「「「了解」」」」」
其々いつもとは違い、少しゆったりとしたペースで持ち場に向かう。それを見送ったアイザックはグレイと二人、完成申告のあった場所確認と修正の為に街を見て回る。
「ねぇ、あと何個必要?」
「3」
「ジェシー、こっちもお願い出来る?」
「あ!僕空いてるよ」
「じゃあ、フォークお願い。これをこうして…」
「エマ、出来たよ。これと一緒に持っていってくれるかい?」
「ベン、それ2階用よ?」
「わぁ、すまない。作り直すよ」
此処、数日は死闘の日々で工房内に声など一切なかった。それも今日でおしまいのようだ。彼らはこだわるあまり、手抜きも妥協も一切出来ないので一つ一つに時間がかかり、かと言って遅すぎても周りが困る。
みんなその折り合いを難しそうにしていた。
「あれ?アイザック、“おんせん”どうなってんの?」
「今から見に行きます」
「グレイも頑張ってねー」
工房内には和気藹々としたいつも通りの彼らの時間が戻ってきていた。
手を振り見送られる。
「サーベル、そっち少し上げてくれ」
「ん~、待ってね…どう思うストック」
「厳しいかと。こっちを上げるには一度これを取り外さないことには…」
此方にはなんだか悩ましい表情を浮かべる三人がいた。彼らはリーンご要望の“おんせん”担当。一番力を入れているのは間違いない。
今は湯口となる石造の箱の設置場所で意見が分かれていた。
湧き出るお湯をいかにして湯船に送るか、これが中々の難題だった。見た目の良さは勿論、快適さや機能性を重視した。
結果、予想以上のヤバさだった。
一言で言えば、宮殿にある風呂場でも及ばないだろう。これだけやれば喜んでくれるはず、と拘りだしたら歯止めが効かなくなって盛りに盛った結果、神々し過ぎる風呂場になっていた。
「…三人とも、ここに正座!」
「「「…え…?」」」
「僕が何を言いたのか分かりますか?」
「…何だろうな?」
「なんやろ?」
「何でしょうか?」
「ハルト様が派手なもの嫌いなのぐらい知ってるでしょ?やり過ぎです!設計図通りに戻して!今すぐ!」
「「「…すみませんでした…」」」
立ち込めた湯気のその奥にはギランギランに輝く銀細工や主張の激しすぎる白大理石造の湯船、中世を彷彿とさせる無数の真っ白な柱にまるで滝のように降り注ぐ“おんせん”。
「お願いしますね」
「「「はい!」」」
多少の予定外は残しつつも、何とか形になってきた街を見て一安心する。
まだまだやりたいないところはあるが、短期間でやり遂げたにしてはかなりの出来だと言える。
「アイザック、こっちはもう少しで終わるからな」
「怪我だけはしないで下さいね」
「アイザックさん、ポータルの事で少しご相談が…」
「今行くよ」
掛けられる声に応えるアイザックも少し余裕が出てきたようだ。
「今日の散歩はこの辺にしておく?」
「ん~、そうだな」
「お疲れ様、アイザック」
「ありがとう」
大きく身体を伸ばして頷くアイザックにグレイは労いの声をかけ、アイザックはそれに素直に感謝を述べる。
「ハルト様達、着くみたいだよ」
「誰から?」
「キール」
「…ふーん」
明日、リーン達は目的地、【錬金王】のいる帝国帝国ウェールズの帝都アルチェンロに到着する。
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