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第三章
過去の過ち
しおりを挟む「おっしゃる通り…前皇帝の血を引いているのはエイプリーです…」
皇后、テレス・エン・エルム。
彼女のこれまでの苦労がゆっくりと語られる。
前皇帝、ヘレギュラム・エン・エルムと皇后が出会ったのは幼少の頃だった。彼女はこの国に二つしかない公爵家の出身。
初めは父の仕事の都合で二人は出会った。その後は同じ年だったこともあり王子の遊び相手として城に度々連れて行かれていたそう。
幼い時から仲良くしていた二人が婚約するのも時間の問題だった。いや、寧ろ婚約前提の遊び相手だったのかもしれない。
友達同士だった二人は恋愛感情こそ無かったが、お互い高位貴族の身。この婚約がどう言う意味合いを持っているのか幼いながらに良く理解していた。
だからお互いに良い家庭を築こうと約束していたのだ。
「しかし、学園に入学した陛下は運命の相手を…見つけられました」
それがエイプリーの母、イザナだった。
二人の出会いは特別運命的なものではなかったが、出会った初日から意気投合し、その愛を深めて行った。
しかし、当然周りからは反感の声。
婚約者がいるのに…、王子相手に調子に乗っている…、となどとイザナは散々非難を浴びた。
「それでも彼女…イザナの想いはとても強かった」
しかし、当然想いだけでは上手くはいかない。
王妃教育をこなした優秀な公爵令嬢のテレスと田舎暮らしの子爵令嬢のイザナ。どう考えても公爵令嬢のテレスに軍配が上がる。
それ以前に下位貴族であるイザナには元々王子との婚約自体認められない。
更にヘレギュラムが皇帝になるためには公爵家と言う大きな後ろ盾が必要だった。彼の母親が側室だったからだ。
そう言った様々な障害が二人にのしかかった。
「イザナが受けた扱いはかなり辛いものだったと思います。学園内では相当なイジメを受けていたことでしょう」
それでも二人が離れる事はなかった。
イザナは認められようと学園内の成績は勿論、家格をあげようと家の事業にも手を出し、奮闘し続けた。全ては愛する人の為。
それだけイザナの愛は強かった。
当然ヘレギュラムもその想いに応えようと両陛下に直談判した。彼女を心から愛しているのだ、と。彼女と一緒になりたいのだ、と。
「正直申しますと、私は陛下が幸せなら良いと思っておりました。幼き時からご一緒していたのです。もう兄妹のような感覚だったのやもしれません。それでも私達は結婚せざる終えなかった」
その後も二人は色々と手を尽くした。
ヘレギュラムは両陛下への説得の日々。
イザナは家格を上げるために家業を。
しかし、時は立ちヘレギュラムとイザナはそのまま結ばれることなく、ヘレギュラムはテレスの家の後ろ盾を得て皇太子となった。
そしてイザナも両親から強制的に結婚させられ、伯爵夫人となった。
思い返せばこの時ヘレギュラムには甘い考えがあったのかもしれない。テレスなら二人の愛を分かってくれる、認めてくれる、と。
例えお互いに相手がいたとしても。
「しかし、私は皇太子妃になるために幼き日より大きな重圧をかけられて生きて来ました。私の生活は王妃教育が中心で遊ぶことも友達を作ることもパーティーに参加する暇も無かった…。私にはその努力の日々を簡単には捨て切れなかったのです」
そう簡単に言う彼女だが、言葉にはならないほどの重圧がその小さな肩にのしかかっていたに違いない。
両親からの重圧。両陛下からの重圧。周りの貴族達の目…。色んなものを犠牲にして我慢して努力して生きてきたテレスの人生はほぼ、ヘレギュラムの為のものだった。
それは陛下と幼き日に約束した、良い家庭を築こう。ただその言葉を守る為だった。
裏切れた、とは思っていない。思ってはいないが、落胆してしまうのは仕方のないことだった。二人の愛は本物だとテレスも認めていた。認めていたからこそそれまでの全ての努力が必要のないものになると気付いてしまったのだ。
「いえ、多分大丈夫だと思っていたのは私の方だったのかもしれません。長く一緒にいた私への情があると。いずれ私を愛してくださると。そう私は心の何処かで思っていたのでしょう」
だが、そんな日は来なかった。
ヘレギュラムが皇太子になって間もない頃。皇帝陛下が死去された。長く患っていた持病の悪化が原因だった。
そしてまもなくヘレギュラムは皇帝となった。
そこからがテレスの地獄だった。
「陛下は皇帝になった初めての仕事としてイザナの家の家格を侯爵家にしようとしていました」
周りの妨害もあり、いくら手を尽くしても家格は愚か業績が伸びることもなくイザナの家は潰れる間際だった。
しかし、当然それを臣下達が認めるわけもなく、皇帝になったからと言って何でも言う通りになる訳もなかった。
「私は…反対することも出来ませんでした」
目の前でこれから夫となる人物がずっと他の女性へ愛を囁いていたのだ。そして結婚した後もその想いが変わる事はなかった。それがどれほど彼女を傷つけた事だろう。
ヘレギュラムが言った“良い家庭を築こう”
彼女はこのたった一言に縛られ続けていたのだ。
「そして、臣下達は陛下の思いを何一つ叶える事はありませんでした」
そしてヘレギュラムは自室に篭り出て来なくなった。そんな事があっても臣下達が折れる事もなく、寧ろヘレギュラムが寝込み続けることによって自分達の自由に国を回せると喜んでいたほどだった。
「そして私は決意致しました」
皇妃としての役割。
子を産む事。後継者を残す事。
それを果たす為に、自分の居場所を守る為に。
ただ陛下は部屋に閉じこもり、テレスでさえ部屋には入らなかった。当然営みは結婚してから一度もなくこの機会が今後も回ってくる事はないのだと彼女は悟った。
「だから陛下に提案したのです。私がイザナと陛下が秘密裏に面会出来る機会を設ける、と。その代わり…私は子を授かりたい、皇妃の役割を果たしたい。だから他から子種を貰うことを許して欲しい、と。陛下はご納得なさいました」
そしてその場に居合わせた貴族達全員が騒然とする。一部驚く事もない人物…ハーニアム公爵とリーンの目があう。
「では!今まで我々が皇帝陛下と崇めていた皇帝オーガスターは皇后陛下と何者かの子と言うことでしょうか」
「…お黙りなさい。誰も発言を許していないでしょう?…皇后続けて」
「…はい。ご配慮痛み入ります、女神様…」
そしてヘレギュラムは最愛のイザナとテレスのおかげで会うことが出来るようになった。当然愛し合う二人だ。その方もしっかりと行ってくれた。
その時間を使ってテレスは兼ねてより声をかけてくれ、相談に乗ってくれていた庭師と関係を持ちのちに身篭る。
当然皇帝陛下との間には関係はない。
なのでテレスは様々な手を打った。メイドに昨日営みが合ったかのように含ませた言い方をしたり、部屋に入っていく所を目撃させたりと、あらゆる手を尽くした。
そして、まもなくイザナも身篭る。
「イザナは陛下の子を身篭ると、約束通り伯爵家の子として育てる事を誓ってくれました。彼女なりのお礼だったのでしょう。その約束を違えることなく墓まで持っていったのですから」
そして運良くうまれて来たのは女の子だった。それがエイプリーだ。
女の子ならいずれ皇帝となる自身の子と結婚させれば皇族の血筋を絶やさずに済むからだ。
そしてその思惑通り皇后はイザナと話し合い、エイプリーを皇帝の妃として迎え入れた。
しかし、彼女の家の家格は伯爵。
侯爵家から皇帝の妃に、と名乗りを上げた家があった。潰す事も彼女には容易いことではあったが、みんなを騙している、と言う後ろめたさからだろうか、断る事が出来なかった。
それでもイザナは喜んだ。
あの方の血が皇族として生きて行くのです。それ程嬉しい事はありません。皇后陛下には感謝しかありません…。と。
「彼女は本当に出来た人でした。どれだけ弾圧されても諦めず、ひたすら陛下を想い、誰かを恨む事もなかったのですから」
「発言をお許し頂けますでしょうか」
「…」
視線リーンへと集まる。
リーンはゆっくりと頷き目を合わせる。
「皇后陛下のお話は分かりました。では、今回オーガスター氏の処遇と皇太子の選定についてはもうお考えがおありでしょうか」
「当然ではありますが、オーガスターが退任した後は第二王子であるアシュレイを皇帝にする事は決まっておりました。侯爵家を蔑ろには出来ない事も良く分かっていたので皇太子である第一王子オレリアンにはその旨を伝えており、本人も納得しております」
「オレリアン!まさか、貴方…皇帝を諦めて…」
「私も事情は知りませんでした。ただ何かただならぬ事情がお有りなのだと思っておりました。お母様も私よりもアシュレイの方が優秀なのも皇帝としての資質も持っているのも分かっておりますでしょ?」
「オレリアン…」
当然ではあるが、謁見の間の空気は重く苦しくなっていた。様々な思いが交錯する中で声を発する者は一人としていなかった。
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