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side 春風
01.
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「旅行?」
「そう。桃花と一緒に」
「ふーん……俺と父さんは何日コンビニ弁当食えば良いわけ?」
「あら、違うわよ~。お父さんたちも一緒に行くから、留守番はあんたとさくらちゃんと健吾くん」
母親のその言葉に、リビングにどんと置かれている特大ビーズクッションに転がってスマホをいじっていた俺の手は一瞬止まってしまった。
「………ふーん」
ご飯代は置いていくけど無駄遣いしちゃダメよ!と言っている母親の言葉は、右から左へと華麗に流れて行った。
俺、市来 春風は市来家の一人息子で大学一年生。
"さくらちゃん"こと栢原 さくらは市来家の隣に住んでいる栢原家の長女で大学二年生。
"健吾くん"こと栢原 健吾はさくらの弟で高校二年生。
"桃花"はその二人の母親で、俺の母親とは高校の時からの親友なんだとか。隣同士で家を買うとかどんだけだ、と言いたい。
そしてさくらは、俺の初恋の相手だ。
だけど小学校や中学校の時の一学年差というのは、結構大きい。
例え誕生日がたったの3日しか違わないとしても、子供の頃の一学年という差はとてつもなく大きかった。
おこちゃまだった俺に一学年上のさくらに告白なんて出来るはずもなかったから、向こうがどう思っていたかなんて知らない。
高校は、さくらは通学に1時間かかる私立のお嬢様学校で、俺は電車に乗るのが面倒だからチャリ通出来る近場の公立高校へ行った。
通学時間が全く違うから、隣に住んでいるというのに休みの日にたまたま出くわす事があるくらいで、平日に顔を会わせる事はほぼなくなった。
大学に入ってからは周りに浪も留もしている同級生がごろごろしていて、タメだと思ってたら二個も年上だった、なんてザラにある上に本人達が全く気にしないもんだから、何だ、一学年なんて大した事なかったのかと思えるようになったけど、さくらと会えない生活に変わりはなかった。
さくらはエスカレーターで高校と同じ敷地内の女子大に進んで、俺は流石に電車通学から逃れられず……
さくらの大学と同じ路線の学校に行ってる。
けど相変わらず会える頻度は少ない。
しかも女子大生になったさくらはいつの間にか化粧なんてし始めたりして、なんかどんどん綺麗になってて──きっとあれは男が出来たに違いない。
対して俺は、産まれてこの方彼女なんてものがいたためしがない。モチロン現在進行形だ。
男子校だったし大学も女子の少ない理系。何人かはいるけど、何と言うか……あいつらに女は感じない。
誘われれば合コンだって行ってるし、友達の彼女の友達を紹介されたりする事もある。
けど、どうにもピンとこない。
さくらの方が可愛いとか、さくらだったらこういう時はこうするんだろうなとかこう言うんだろうなとか、そんな事ばっか考えてしまう。
──結局俺は、さくらにきっぱりフラれないと多分どこにも進めないんだろう。
❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊
「じゃあ、行ってきまーす!」
戸締り火の元しっかりね!!と言いおいて、親達は朝も早くからさくらん家の車に乗って元気よく出かけて行った。
見送りなさいよと叩き起こされた俺は欠伸をしながらへいへいと手を振って見送って、そしてちらりと隣に視線を向ける。
久しぶりのさくらは、ナチュラルメイクってやつか?
頬も唇もふんわりピンクで、柔らかそうな髪をゆるく巻いたりして相変わらず可愛──
じゃなくてだ。既にしっかりと身支度を整えて、カバンまで持っている。
「さくらはこのまま出るのか?」
「うん、今日一限からなの──はーちゃんは?」
「俺は昼から……だけどまぁ、多分家で寝てるかな」
「えぇ??」
「一コマ休講になったから、たった一コマだけのために行きたくねー」
二コマしか入っていない金曜日は、週末ってのも相まって元々行くのがだるい日でもある。
うるさく言う親もいない事だし、今日はとことんだらけてやると言うと、さくらがはーちゃんは仕方ないなぁとほわほわと笑った。
──あー、ちくしょう。どこのどいつだよ、こんな可愛いさくらを彼女に出来た奴。
ずりー、なんて告白もしてない俺が言う資格ない事は分かっているけど、そいつとキスとかエッチな事とかしてんのかなーと思うと、ついつい視線がさくらの唇とか胸元へ行ってしまう。
「姉ちゃん、鍵閉めちゃって良いの?」
俺ももう出るけど、という健吾の声にはっと視線を上げる。
さくらが健吾に良いよ~と答えて、そして俺に向き直ると、えぇっと……と視線を彷徨わせる。
「あの……じゃあ、私そろそろ行くね」
またね、と微笑んださくらにおう、と答えて背中を見送っていたところに、健吾がするするっと寄ってきた。
「朝からヤラシー目してたよ、ハルにぃ」
「うっせぇ、ぼけ──あれ、お前また背伸びた?」
「そうかな?あー、でも何かハルにぃと目線が近い気がするから、そうかも?」
高校に入って成長期が来たのか、最近健吾の伸び率がすごい。
もしかしたら抜かれるか、と思うと何となく面白くないが、こいつはバスケ部だから俺を抜かせたとしても小さい方なんだろう。
「ハルにぃ180だっけ?」
「………17……9」
「178ね」
「178.6だから179だろ」
「まぁ、そこで180って言わない辺りが何かハルにぃらしいよね」
なんだそれ、と言うと健吾はちょっと笑って「ちなみに姉ちゃんは156」と付け足した。
ふーんと返すと、健吾はそんじゃー俺も行くねと言って、そしてニヤリと笑う。
「ちなみに、抱き合いやすい身長差は20センチらしーよ」
「──はぁ?」
んじゃね!とひらりと手を振って走って行く健吾の背中も見送って──俺とさくらは23センチ差……と考えて慌てて頭を振る。
だから何だよ、と俺は何となく慌てて家に入って、二度寝すべく自分の部屋のベッドに潜り込んだ。
「そう。桃花と一緒に」
「ふーん……俺と父さんは何日コンビニ弁当食えば良いわけ?」
「あら、違うわよ~。お父さんたちも一緒に行くから、留守番はあんたとさくらちゃんと健吾くん」
母親のその言葉に、リビングにどんと置かれている特大ビーズクッションに転がってスマホをいじっていた俺の手は一瞬止まってしまった。
「………ふーん」
ご飯代は置いていくけど無駄遣いしちゃダメよ!と言っている母親の言葉は、右から左へと華麗に流れて行った。
俺、市来 春風は市来家の一人息子で大学一年生。
"さくらちゃん"こと栢原 さくらは市来家の隣に住んでいる栢原家の長女で大学二年生。
"健吾くん"こと栢原 健吾はさくらの弟で高校二年生。
"桃花"はその二人の母親で、俺の母親とは高校の時からの親友なんだとか。隣同士で家を買うとかどんだけだ、と言いたい。
そしてさくらは、俺の初恋の相手だ。
だけど小学校や中学校の時の一学年差というのは、結構大きい。
例え誕生日がたったの3日しか違わないとしても、子供の頃の一学年という差はとてつもなく大きかった。
おこちゃまだった俺に一学年上のさくらに告白なんて出来るはずもなかったから、向こうがどう思っていたかなんて知らない。
高校は、さくらは通学に1時間かかる私立のお嬢様学校で、俺は電車に乗るのが面倒だからチャリ通出来る近場の公立高校へ行った。
通学時間が全く違うから、隣に住んでいるというのに休みの日にたまたま出くわす事があるくらいで、平日に顔を会わせる事はほぼなくなった。
大学に入ってからは周りに浪も留もしている同級生がごろごろしていて、タメだと思ってたら二個も年上だった、なんてザラにある上に本人達が全く気にしないもんだから、何だ、一学年なんて大した事なかったのかと思えるようになったけど、さくらと会えない生活に変わりはなかった。
さくらはエスカレーターで高校と同じ敷地内の女子大に進んで、俺は流石に電車通学から逃れられず……
さくらの大学と同じ路線の学校に行ってる。
けど相変わらず会える頻度は少ない。
しかも女子大生になったさくらはいつの間にか化粧なんてし始めたりして、なんかどんどん綺麗になってて──きっとあれは男が出来たに違いない。
対して俺は、産まれてこの方彼女なんてものがいたためしがない。モチロン現在進行形だ。
男子校だったし大学も女子の少ない理系。何人かはいるけど、何と言うか……あいつらに女は感じない。
誘われれば合コンだって行ってるし、友達の彼女の友達を紹介されたりする事もある。
けど、どうにもピンとこない。
さくらの方が可愛いとか、さくらだったらこういう時はこうするんだろうなとかこう言うんだろうなとか、そんな事ばっか考えてしまう。
──結局俺は、さくらにきっぱりフラれないと多分どこにも進めないんだろう。
❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊
「じゃあ、行ってきまーす!」
戸締り火の元しっかりね!!と言いおいて、親達は朝も早くからさくらん家の車に乗って元気よく出かけて行った。
見送りなさいよと叩き起こされた俺は欠伸をしながらへいへいと手を振って見送って、そしてちらりと隣に視線を向ける。
久しぶりのさくらは、ナチュラルメイクってやつか?
頬も唇もふんわりピンクで、柔らかそうな髪をゆるく巻いたりして相変わらず可愛──
じゃなくてだ。既にしっかりと身支度を整えて、カバンまで持っている。
「さくらはこのまま出るのか?」
「うん、今日一限からなの──はーちゃんは?」
「俺は昼から……だけどまぁ、多分家で寝てるかな」
「えぇ??」
「一コマ休講になったから、たった一コマだけのために行きたくねー」
二コマしか入っていない金曜日は、週末ってのも相まって元々行くのがだるい日でもある。
うるさく言う親もいない事だし、今日はとことんだらけてやると言うと、さくらがはーちゃんは仕方ないなぁとほわほわと笑った。
──あー、ちくしょう。どこのどいつだよ、こんな可愛いさくらを彼女に出来た奴。
ずりー、なんて告白もしてない俺が言う資格ない事は分かっているけど、そいつとキスとかエッチな事とかしてんのかなーと思うと、ついつい視線がさくらの唇とか胸元へ行ってしまう。
「姉ちゃん、鍵閉めちゃって良いの?」
俺ももう出るけど、という健吾の声にはっと視線を上げる。
さくらが健吾に良いよ~と答えて、そして俺に向き直ると、えぇっと……と視線を彷徨わせる。
「あの……じゃあ、私そろそろ行くね」
またね、と微笑んださくらにおう、と答えて背中を見送っていたところに、健吾がするするっと寄ってきた。
「朝からヤラシー目してたよ、ハルにぃ」
「うっせぇ、ぼけ──あれ、お前また背伸びた?」
「そうかな?あー、でも何かハルにぃと目線が近い気がするから、そうかも?」
高校に入って成長期が来たのか、最近健吾の伸び率がすごい。
もしかしたら抜かれるか、と思うと何となく面白くないが、こいつはバスケ部だから俺を抜かせたとしても小さい方なんだろう。
「ハルにぃ180だっけ?」
「………17……9」
「178ね」
「178.6だから179だろ」
「まぁ、そこで180って言わない辺りが何かハルにぃらしいよね」
なんだそれ、と言うと健吾はちょっと笑って「ちなみに姉ちゃんは156」と付け足した。
ふーんと返すと、健吾はそんじゃー俺も行くねと言って、そしてニヤリと笑う。
「ちなみに、抱き合いやすい身長差は20センチらしーよ」
「──はぁ?」
んじゃね!とひらりと手を振って走って行く健吾の背中も見送って──俺とさくらは23センチ差……と考えて慌てて頭を振る。
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