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本編

45. 乙女は妹に嫉妬する。

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「え?お帰りになられるんですか?」

どうやら好かれていないらしい、と思っていたエミリオからそんな意外な反応を返されたフェリクスは、お?と思いながらも「明日は朝から予定があるから」と説明をする。

「そうですか……」

何故だかしよぼんと肩を落としたエミリオの様子に、フェリクスは首を傾げる。

「先程はあんな態度でしたが、エミリオもフェリクス様の事が大好きなのです。ですからきっと、色々お話したかったのだと思いますわ」

リィナがクスクス笑いながらフェリクスに言えば、エミリオが「姉上っ!」と慌てたようにリィナの腕を引く。

「べ……別に好きというわけでは……ただ、『英雄』ご本人から色々話を聞いてみたかっただけで……」

ごにょごにょとフェリクスから目を逸らしながら言うエミリオに、きっと姉であるリィナの影響なのだろうとフェリクスは苦笑を零す。

「またすぐにこちらに伺う事になりますので。その時にでも」
「えっ!は、はい!是非っ!」

エミリオがぱっと顔を輝かせて、そしてはっとしたように咳払いをすると口を引き結ぶ。

「い、いえ。別に楽しみなんてしてはいませんが──時間が空いていれば話し相手にならなくも……」
「あの、フェリクスお義兄様?」

まだ何やらごにょごにょ言っているエミリオの後ろから、もじもじとリディが顔を覗かせる。

「……”お義兄様”?」
「はい。だって、リィナお姉様の旦那様ですから、お義兄様、でしょう?」
「あ、あー……まぁそうなる……か?いや、フェリクスで構わないぞ?」

フェリクスは兄弟などいなかったから、兄などと呼ばれる事に慣れていない上に、そう呼んでくる相手がこんな少女だと思うとむず痒くて仕方がない。

「そう……ですか?では、あの……フェリクス、さま……」

何となくしょんぼりとしたリディの様子には気付かないフリをして、フェリクスはリディの次の言葉を待つ。

「あのあのっ、フェリクス様に、お願いがありますっ!」
「お願い?」

「はいっ!あのっ、私も、リィナお姉様のように抱き上げて頂きたいのですっ!」

「──はぁ?」

「さっき、リィナお姉様が馬車から降りる時にしてらしたような!」
「えっ?ダメ。ダメですっ!」

フェリクスが返事をするより前に、即座にリィナがリディに却下を下す。

「どうしてですか?私もあんな風に抱き上げられてみたいですっ!」
「それはリディにお付き合いする方が出来た時にやって頂けば良いでしょう?フェリクス様はダメですっ!」
「リィナお姉様、心が狭いです!それにもしお付き合いする方がお父様のようなひょろなよな方だったら出来ないではないですか!」
「だったらフェリクス様のような方を選べば良いでしょう!?とにかくダメ!絶対ダメです!!」

どうやら姉妹の口論の中心にいるようだが、完全に置き去りにされて立ち尽くしているフェリクスの後ろから「ひょろなよ……?」と呆然としたような声が聞こえて来た。

「あら、あなた。"すらっとしていて優しそう”って事ですわ。私は大好きですから、安心なさってくださいな」
「リアラ……っ!」

後ろでジェラルドがリアラにがしっと抱き着いた気配がする。

「……俺もう帰って良いか?」

この家族、面倒くさい。
と口から出掛かったのを飲み込んで、代わりにはぁっと息だけを落としたフェリクスに、エミリオがそっぽを向いたまま寄ってくる。

「15年この中で生きている僕から、アドバイスを一つ」
「うん?」
「慣れろ、です」
「……それ、何のアドバイスにもなってねーよな?」
「では極意、と」
「……悟りでも開けってか」
「まぁ似たようなものかもしれません。でもフェリクス様はあの姉をうまく扱えているようですから、そのうち何ともなくなると思いますよ」
「それは良い事なのか悪い事なのか……」

はぁ、とまた息を落としたフェリクスを、エミリオがちらりと見上げる。

「言葉遣いも、今の方がフェリクス様らしくて良いと思います。家族になるのですから、普通にして、下さい……と、姉も!両親も!思っていると、思います!決して僕が思っているわけではありませんからっ!」

途中ではっとした様に早口でフェリクスとの会話を一方的に終わらせたエミリオは、慌ててフェリクスの側を離れるといまだ言い合っているリィナとリディの仲裁に入っていった。

「……本当に、嫌われてはない、か?」

もしかしたら存外"可愛い義弟"になるかもしれないなと小さく口端を上げて、フェリクスはその背を追いかける。

「リィナ、妹相手にいつまでも大人げない事言ってんな。抱き上げるくらい良いだろう」

くしゃりとリィナの頭を撫でれば、リィナが頬を膨らませる。

「フェリクス様っ!確かにヴィアンカ様やカトリーナ様の元に通っても構わないとは言いましたけれどっ!リディは、妹は、流石に許容範囲外です!」
「何の話だよっ!?ちょっと抱き上げるだけだろう?」
「だってフェリクス様がリディを抱くなんてっ!」
「馬鹿かっ!?抱くの意味が全然違うだろっ!だーっもうっ!ほら、リディ!」

来い!!とリディに腕を伸ばして、フェリクスはそのままリディの小さな身体を抱き上げる。
リディは突然浮き上がった事できゃあっと悲鳴を上げたけれど、すぐにうわぁっとはしゃいだような声音に変わる。

「フェリクス様っすごい!高いです!お姉様もお兄様も見下ろせています!すごい!!」

リディがはしゃぐその様子に、フェリクスは思わずぷっと吹き出す。

「あ……はしたなかったでしょうか……あの、ごめんなさい」

恥ずかしそうに俯いたリディに、フェリクスがいや、と笑いを堪えてリディを見上げる。

「姉妹揃って同じ反応だと思ってな──満足したか?」


姉の部屋にたくさん貼られている『英雄』の絵姿はどれも厳しい表情をしていた。
姉付きの侍女のアンネが「凶悪犯みたいな顔」なんて言っていた事もあったし、初めて本物に会ってみたら、確かにその顔は──目付きは、少し怖いと思った。
けれど姉を見つめている目がとても優しくて。
だから姉が常々言っていたように、きっと『優しい人』なのだろうなと思った。

そして今、間近でその『優しい目』で微笑まれて、リディはぽぽぽっと自分の頬が火照るのを感じた。

「は、はい──あの、ありがとう、ございます……」
「じゃあ下ろすぞ」

ふわりと下ろされて、あっという間に目線がいつもの高さに戻ってしまう。

「ちゃんと足ついたか?手離すぞ?」
「──はい」

しっかりと自分を支えていてくれた手がするりと離れてしまった事を何だか寂しく思って、
そしてリディは何故だか熱くなっている両頬を押さえた。



リディが「男性に必要なのは筋肉と優しさです!」と騎士団見学に入り浸る様になるのは──あと5年ほど後の話。




*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
リディはきっと立派な筋肉と結婚するとおもいます。
気は優しくて力持ち的な人だと、ジェラルドさんも心穏やかだと思いますが……はてさて。


あとエミリオくんツンデレ疑惑。
多分家族のことを日々チベットスナギツネみたいな顔で眺めている内にこうなったんだと思います。
穏やかに笑って過ごせるような彼女が出来ると良いなと思います。

でもきっとこういう子は自分から沼にはまってしまうタイプと予想…。
エミリオくんに幸あれ(´ー`)

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