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本編

60. 乙女は野獣の腕の中で眠りたい。

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リィナが意識を取り戻したのは、丁度フェリクスにベッドへ下ろされた時だった。

「ふぇるさま……?」
「気づいたか?」

そう言われてくしゃりと髪を撫でられて、リィナは自分が意識を失ってしまっていた事を知る。

「すみません、私……」
「気にすんな」

また撫でられて、離れていこうとするフェリクスの腕に慌てて手を伸ばすと、小さく笑ったフェリクスがちょっと待ってろとリィナの額に口付ける。
リィナはふと自分の身体にぐるりと巻き付けられているタオルに目をやった。
そういえば身体もさっぱりしているし、毛先が濡れている。
意識がない間に洗ってくれたのかしらと考えている間に、フェリクスが床に落とされたままだったリィナのネグリジェを手に戻って来た。

「自分で着られるか?」

聞かれて、少し考えたリィナはフェリクスに向かって腕を伸ばす。
フェリクスは仕方ねーなと笑うと、リィナの頭からズボッとネグリジェを被せた。


リィナがもぞもぞと袖に腕を通している間に、フェリクスも衣服を身に着ける。
床に散っていた最後の1枚、自身のシャツを取り上げたところで、その下に小さな布が落ちている事に気付く。

「あー……」

くしゃりと前髪を掻き上げてから小さな布を拾い上げて、ネグリジェを着終わって、上手く拭き取ってやれずに濡れたままだった毛先をタオルで拭いているリィナの横に腰かける。

「おい、忘れもん」

きょとんと顔を上げたリィナの目の前にぴらりと出すと、リィナはその小さな布を目にした途端にひゃっ!?と悲鳴を上げて慌てて手を伸ばす。

「穿かせてやろうか?」

ネグリジェの裾を捲ったフェリクスに、リィナが真っ赤になってぶんぶんと首を振る。
ついさっきまで全部見てたどころかもっとすごい事をしていたくせに、下着を見られただけで恥ずかしがるなんてどういう事だか、と「少しあっちを向いていてください」と言われたフェリクスは大人しくリィナに背を向けつつも首を傾げた。


「お待たせしました」と声を掛けられて身体の向きを変えた途端にリィナの手が伸びて来て、持っていたタオルでこちらもまだ濡れたままだった髪を拭かれる。
人に髪を拭かれた記憶なんてものがないフェリクスは何となく居心地の悪いような気分を覚えたものの、強くもなく弱くもない力加減で拭かれるという事が存外気持ちの良いものだと気付いて、黙ってリィナの手を受け入れる。

「すみません、洗って下さっている間全然気付かなかったなんて……」

拭き終わったのか、ふわりとタオルとリィナの手が離れたと思ったら、申し訳なさそうにリィナが眉を下げた。
フェリクスはリィナの腕を引いて、その身体を抱き寄せる。

「そのまま戻ったんじゃ、何のために風呂場行ったかわかんねーだろ」
「それは、そうでしょうけど……」
「それに、まぁ役得ってやつだな」
「え?」

ニヤリと口端を上げてリィナの髪を掬っていじっているフェリクスに、リィナは一体何をされたのだろうと赤くなる。

「別に変なことした訳じゃねーぞ?ただ隅々までしっかり洗っただけだ」
「隅々、まで……ですか……?」

フェリクスは、頬を染めて自身の腕の中で恥ずかしそうに俯いているリィナの髪に口付ける。

「──そろそろ、部屋に戻るか?」

そんな事を言われて、リィナはきゅっとフェリクスのシャツを握りしめた。

「朝まで一緒にいたいです」
「一緒に寝てるところ見られんのもなぁ……」

アンネ達なら何も言わないだろうが、他の使用人が起こしに来るとしたらどうだろうかと首を捻る。
恐らくはジェラルドやリアラに即報告されてしまう気がする。
リィナがフェリクスの屋敷に泊る許可は貰っているとはいえ、『何もしてません』な体を装っているとは言え、娘が早々に男のベッドで眠っていたなんて事を知ったら、あの父親はとんでもなく取り乱してしまうだろうという事が容易に想像出来て、やっぱり戻れと言おうとしたフェリクスをリィナの言葉が遮る。

「大丈夫、です……明日は、アンネが、こちらに起こしに来てくれるって……」

とろんとしたような声音に加えて、とん、とフェリクスの胸に寄りかかってきたリィナの顔を覗き込むと、既にほとんど目を閉じてうとうとしている。

「……そういや、コソコソしてたな」

リィナが部屋に来た時に、陰から3人娘がこちらを伺っている気配があったのを思い出す。
あれはリィナがフェリクスの部屋に入るのを見届けに来ていたのかと、フェリクスは息を落とす。
フェリクスがリィナを追い出せずにこうなる事を読まれていたのかと思うと悔しい気もするが──

「じゃあまぁ、信用させて貰うとするか」

フェリクスの胸にもたれて小さな寝息を立て始めてしまったリィナの身体をそっと横たえて自身も隣に横になると、フェリクスはリィナを抱き込んで目を閉じた。



❊❊❊❊❊ ✽ ❊❊❊❊❊

ふと廊下に気配を感じて、フェリクスは目を開けた。
窓の外を見ると、まだ空は白み始めたばかりのようだ。

無視して瞼を閉じようとして──腕の中のリィナに視線を落としてあぁそうかと、そっとリィナの肩を揺する。

「リィナ、起きろ。アンネが来てる」
「ん……」

僅かに身じろいだだけのリィナの肩をもう一度揺すってみるが、もにゃもにゃと何か呟いてフェリクスの胸に顔を埋めてしまったリィナに、フェリクスはどうすっかな……とリィナと部屋のドアとを交互に見る。

とりあえずアンネを室内に呼ぶかと、リィナをそっと自分の身体から引き離してベッドを下りようとしたところで、後ろからつんと引っ張られた。
視線をやると、ぼんやりと目を開けたリィナがフェリクスのシャツの裾を握っていた。

「……いっちゃ、や、です……」

まだまだ寝ぼけているらしいリィナの頭を、少しだけ乱暴に撫でる。

「迎えが来てるぞ」
「………早すぎます」
「俺に言われてもな」

フェリクスはリィナの身体を抱き上げて部屋のドアの前まで行くと、そこでリィナを下ろす。
そしてまだ眠そうにしているリィナの目尻に唇を落とした。

「部屋戻ったら、もう少し寝とけよ」
「はい……」

小さく頷いたリィナがフェリクスのシャツを握って背伸びをしたので、フェリクスはかがんでその頬にキスをする。
リィナが僅かに顔の向きを変えて、自身の唇をフェリクスの唇に触れさせて、
一旦離された唇がもう一度ゆっくりと降ってくるのを、リィナは目を閉じて受け入れた。


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