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マーシャは入団時から魔力の高さも、繰り出される魔法の質や規模も、他を圧倒していた。
魔法士団の上層部はこれはすごいのが入ってきたと色めき立った。
そうして新人研修期間を終えてすぐ、即戦力と判断されて魔獣の討伐に駆り出されたマーシャは、面倒くさそうに辺り一帯を焼け野原にしたらしい。
魔法士団だけではなく騎士団でも共通ではあるが、魔獣の討伐においてやむを得ない場合を除き、周辺には極力影響を出さないようにするものだ。
周辺の生態系をぶっ壊す気か、と説教を食らったマーシャは、すみません、としょんぼりしてみせた。
そして恐る恐る投入した次の討伐で、マーシャは今度は何もしなかった。
曰く「私は細かな作業が苦手なので、前のようになるとご迷惑かと思いまして」と。だから何もしなかったのだ、としれっと言ってのけた。
頭を抱えつつも、ガルーシュたち魔法士団の上層部はマーシャに色々とやらせてみた。
討伐の前線ではなく後方支援、負傷した魔法士や騎士の治癒、土砂崩れを起こした現場での土砂撤去、そう貴重ではない魔法具の修繕、魔法薬に使う広大な薬草園での水やりなんて事まで。
とにかく大きな事から小さな事まで色々やらせてみた結果、やる気がない時のマーシャは一言で言ってしまえば大雑把。
やれと言われればやるけれど、細かい事にまで気は配りません、という態度を隠しもしない。
かと思うと興味のある事はやたらと粘着……しつこく追い求め、いい加減にしろと怒られてようやく渋々下がって来る。
これではとても現場では使えないと判断した上層部は、本人の「魔法の研究がしたい」という希望を聞き入れて早々に研究棟に押し込めた。
今はもう定期的にレポートを提出させて、好きな事を好きなように研究させている。
「魔力と魔法は、本当に優秀なんだ……あの性格を矯正する魔法を生み出してくれないものかと真剣に悩んでいるくらいだよ」
はははっと笑うガルーシュに、ブラウンはとんでもない問題児って事か、と遠い目をした。
「で、ブラウン。本当のところ、あれと何があった?」
「っ! い、いや。酒の心配をだな……」
「あれは酒が駄目なんだ。昨日も飲んでいるふりをしてずっと魔法を使っていただろう?」
愉しそうに笑って「さぁさぁ、ぺろっと吐いて構わないよ」と促すガルーシュに、結局ブラウンは吐かされた。
勿論「張り型で臀を掘られた」なんて事は言わず、魔法で眠らされ拘束されて襲われかけたという事にした。
「俺の筋肉をもってしても打ち破れない拘束魔法を使えるなんてどんな女だ、と」
「いやぁ……魔法を筋肉で破るブラウンも相当だけどね」
呆れたように溜め息をついたガルーシュは、それなら、と言って部屋の奥へ消えた。
そうしてしばらくして持って来たのが、一つのバングルだ。
「すーーーっごく貴重な魔法具だからね。失くさないでくれよ」
と前置かれての説明によると、このバングルは魔法を封じるための魔法具だという。
魔力は血液と同じように体内を巡っているものなのだが、その流れが乱されると上手く魔法が使えなくなるのだという。
この魔法具は魔力の流れを阻害して、魔力を巡れなくしてしまうのだ、と。
「これを貸してやるから、次にマーシャに会ったら使ってみると良い」
すごく貴重らしいその魔法具をぽんと投げてよこしたガルーシュに礼を言って、ブラウンは魔法士団長室を後にした。
「マーシャはブラウンの事が気に入ってるみたいだったからなぁ。さて、ブラウンが落ちるか、それともマーシャが落とされるか」
楽しみだなぁ、とガルーシュがニコニコと見送っていた事など、もちろんブラウンは知る由もなかった。
その日からずっと、ブラウンはいつマーシャに遭遇しても良いように、そのバングルを隊服のポケットに潜ませていたのだ。
――結局今回も一度は臀を許す羽目になってしまったが。
「ガルーシュ様が……?」
呆然としているマーシャの手首にはめたバングルを、ブラウンがゆっくりと撫でる。
「随分と愉しんでいたようだが――自分だけ愉しんで終わりというのは、ずるいと思わないか?」
「で、でも、ブラウン様だって、気持ち良かったでしょう?」
もぞもぞと身じろいでブラウンの拘束から逃れようとしているらしいマーシャは、魔法が使えなければただのひ弱な女だった。
まさか本当に振り解けないのかと、内心ひどく驚きつつブラウンはマーシャを注意深く観察する。
ブラウンは本当に軽く手首を押さえているだけで、新人のひょろひょろ騎士団員であってもこの程度ならばすぐに逃げられるだろう。
女人とはここまで非力な生き物だっただろうかと考えながら、ブラウンは身じろいで時折ぐっと眉間や腹に力を入れている――恐らくは魔法を使おうとしているマーシャをしばし観察して、どうやらこの魔法具の力は本当らしいと確信する。
「俺はな、マーシャ。突っ込まれるよりも、突っ込む方が良い」
「いえ、あの……」
ブラウンがマーシャの顎を掴んで上向かせると、マーシャの目が泳ぐ。
「この前も、今日も、散々勝手に愉しんだんだ。――俺も、愉しませてくれるよな?」
うっそりと笑ったブラウンに、マーシャはひぅっと小さな悲鳴を上げた。
魔法士団の上層部はこれはすごいのが入ってきたと色めき立った。
そうして新人研修期間を終えてすぐ、即戦力と判断されて魔獣の討伐に駆り出されたマーシャは、面倒くさそうに辺り一帯を焼け野原にしたらしい。
魔法士団だけではなく騎士団でも共通ではあるが、魔獣の討伐においてやむを得ない場合を除き、周辺には極力影響を出さないようにするものだ。
周辺の生態系をぶっ壊す気か、と説教を食らったマーシャは、すみません、としょんぼりしてみせた。
そして恐る恐る投入した次の討伐で、マーシャは今度は何もしなかった。
曰く「私は細かな作業が苦手なので、前のようになるとご迷惑かと思いまして」と。だから何もしなかったのだ、としれっと言ってのけた。
頭を抱えつつも、ガルーシュたち魔法士団の上層部はマーシャに色々とやらせてみた。
討伐の前線ではなく後方支援、負傷した魔法士や騎士の治癒、土砂崩れを起こした現場での土砂撤去、そう貴重ではない魔法具の修繕、魔法薬に使う広大な薬草園での水やりなんて事まで。
とにかく大きな事から小さな事まで色々やらせてみた結果、やる気がない時のマーシャは一言で言ってしまえば大雑把。
やれと言われればやるけれど、細かい事にまで気は配りません、という態度を隠しもしない。
かと思うと興味のある事はやたらと粘着……しつこく追い求め、いい加減にしろと怒られてようやく渋々下がって来る。
これではとても現場では使えないと判断した上層部は、本人の「魔法の研究がしたい」という希望を聞き入れて早々に研究棟に押し込めた。
今はもう定期的にレポートを提出させて、好きな事を好きなように研究させている。
「魔力と魔法は、本当に優秀なんだ……あの性格を矯正する魔法を生み出してくれないものかと真剣に悩んでいるくらいだよ」
はははっと笑うガルーシュに、ブラウンはとんでもない問題児って事か、と遠い目をした。
「で、ブラウン。本当のところ、あれと何があった?」
「っ! い、いや。酒の心配をだな……」
「あれは酒が駄目なんだ。昨日も飲んでいるふりをしてずっと魔法を使っていただろう?」
愉しそうに笑って「さぁさぁ、ぺろっと吐いて構わないよ」と促すガルーシュに、結局ブラウンは吐かされた。
勿論「張り型で臀を掘られた」なんて事は言わず、魔法で眠らされ拘束されて襲われかけたという事にした。
「俺の筋肉をもってしても打ち破れない拘束魔法を使えるなんてどんな女だ、と」
「いやぁ……魔法を筋肉で破るブラウンも相当だけどね」
呆れたように溜め息をついたガルーシュは、それなら、と言って部屋の奥へ消えた。
そうしてしばらくして持って来たのが、一つのバングルだ。
「すーーーっごく貴重な魔法具だからね。失くさないでくれよ」
と前置かれての説明によると、このバングルは魔法を封じるための魔法具だという。
魔力は血液と同じように体内を巡っているものなのだが、その流れが乱されると上手く魔法が使えなくなるのだという。
この魔法具は魔力の流れを阻害して、魔力を巡れなくしてしまうのだ、と。
「これを貸してやるから、次にマーシャに会ったら使ってみると良い」
すごく貴重らしいその魔法具をぽんと投げてよこしたガルーシュに礼を言って、ブラウンは魔法士団長室を後にした。
「マーシャはブラウンの事が気に入ってるみたいだったからなぁ。さて、ブラウンが落ちるか、それともマーシャが落とされるか」
楽しみだなぁ、とガルーシュがニコニコと見送っていた事など、もちろんブラウンは知る由もなかった。
その日からずっと、ブラウンはいつマーシャに遭遇しても良いように、そのバングルを隊服のポケットに潜ませていたのだ。
――結局今回も一度は臀を許す羽目になってしまったが。
「ガルーシュ様が……?」
呆然としているマーシャの手首にはめたバングルを、ブラウンがゆっくりと撫でる。
「随分と愉しんでいたようだが――自分だけ愉しんで終わりというのは、ずるいと思わないか?」
「で、でも、ブラウン様だって、気持ち良かったでしょう?」
もぞもぞと身じろいでブラウンの拘束から逃れようとしているらしいマーシャは、魔法が使えなければただのひ弱な女だった。
まさか本当に振り解けないのかと、内心ひどく驚きつつブラウンはマーシャを注意深く観察する。
ブラウンは本当に軽く手首を押さえているだけで、新人のひょろひょろ騎士団員であってもこの程度ならばすぐに逃げられるだろう。
女人とはここまで非力な生き物だっただろうかと考えながら、ブラウンは身じろいで時折ぐっと眉間や腹に力を入れている――恐らくは魔法を使おうとしているマーシャをしばし観察して、どうやらこの魔法具の力は本当らしいと確信する。
「俺はな、マーシャ。突っ込まれるよりも、突っ込む方が良い」
「いえ、あの……」
ブラウンがマーシャの顎を掴んで上向かせると、マーシャの目が泳ぐ。
「この前も、今日も、散々勝手に愉しんだんだ。――俺も、愉しませてくれるよな?」
うっそりと笑ったブラウンに、マーシャはひぅっと小さな悲鳴を上げた。
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