掌編「人魚姫と堕天使(ヲトメ)」

大友珠希

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掌編 人魚姫とヲトメ(堕天使)

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 わたくしは海の底で、日々を淡く夢みておりました。
 けれどもある日のこと、きらめく波間に、あのお方のお姿を見つけてしまったのです。
 王子様……そして、いつも傍らに寄り添う従者殿。
 おふたりの視線がふと絡み合う、そのひととき。
 胸の奥が甘く震え、わたくしは海の泡よりも儚く身をよじらせました。

 ――ああ、これこそ乙女の夢、乙女のときめき。
 どうしてわたくしは、この光景を前にして涙がこぼれてしまうのでしょう。

 わたくしは決意いたしました。
 この胸の高鳴りに殉じるためならば、声を失おうと、痛みに苛まれようと、陸へ上がりましょう。
 だって、乙女ですもの。

 けれども……。
 けれどもですわ。

 そのお方が、あろうことか隣国の姫君との婚約をなさると聞いたとき、
 わたくしの胸は張り裂けるようでございました。

 「野郎、日和りやがった…!」(by人魚姫)

 その一言が、ひび割れた唇からこぼれ落ちたとき、わたくしは自らの心の真実を知ったのです。
 これは恋などではございません。萌え、でございます。

 裏切りに傷つき、わたくしはついに王子様の命を奪わんと刃を手にしました。
 けれども――ああ、できません。
 この胸を震わせた「萌えの片割れ」を、どうしてわたくしが手にかけられましょう。

 わたくしは泡となる運命を選びました。
 けれど、その瞬間に叫びました。

 「萌えに殉じた我が生涯に、一片の悔いなし!」

 誰も知らぬ叫び。
 けれど、わたくしの胸は満ち足りておりました。

 ――そして天上に召されたわたくしは、そこで再び夢を見ました。
 
 あらまあ、なんて素敵な地上の殿方たち(のふれあい)。天使様方の無垢なお心に、ほんのりと花咲くときめきの芽……。

 この熱いときめきを説いて(布教)まわった結果――
 「まあ、羽が黒く? うふふ、もうヲトメでいらっしゃいますのね♡」

 堕天使、と書いて、ヲトメ、と読むのでございます。

 めでたしめでたし。

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