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帝国の後宮にて
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ケイは、両親は知らない。
生まれ持った名前もない。
気づいた時には、もう貴族の屋敷に飼われていた。
きっと、酷く幼いうちに、奴隷として売られたのだろう。
物心ついた最初の役目は、幼い少女の玩具だった。
美しい絹で何重にも縛り付けられて着飾られたり、犬のように芸をしたり、首に縄をつけて庭を散歩をしたり。
決して飼い主を傷つけない生き物として、重宝された。
少女がケイに飽きて愛玩動物が不要になると、その父親のモノになった。
様々な手管を教え込まれ、男の体に奉仕することを学んだ。
奴隷の身には過ぎた教養を拷問のように叩き込まれ、旅芸人の楽器弾きや踊り子のような真似まで教え込まれた。
ある程度形になった後は、新しい奴隷に気を取られる主人に放り出されるように、その男の妻のところへ遣られた。
そこでは礼儀作法と妖艶な身のこなし、そして女を悦ばせる術を叩き込まれた。
男よりも余程容赦のない指導に、母親や女に対する幻影は一気に消え失せた。
もとより、男に対する夢も、見てはいなかったのだが。
けれど、その時の技術は確実にケイの力となり、今の立場を築く礎となったのだから、むしろ感謝している。
最初の家では、良くしてもらえた、と思う。
それは考えてみれば当然だった。
彼らは、そのうちケイを「上の者」へ貢ぐ心算だったのだ。
心証の良い贈り物というのは難しい。
この成熟しすぎて腐敗した暑い国で、最も簡単なのは愛玩用の美しい人間だ。
異国人であれば、尚更珍重されて好まれる。
ケイは、黒髪黒目の、異邦人でもあった。
それは、きっと、奴隷に堕ちた人間としては、とても幸運なことだったのだろう。
貢物として用意する人間を、貴族は粗末には扱わない。
貢物は贈った先で気に入られることが第一であるし、気に入られれば望みを聞いてもらえる。
そこで、貢物の口から自分の家の引き立てを願ってもらわねばならないからだ。
反対に「あの男達には酷い目に遭わされました、どうか倒して下さい」などと言われれば、お仕舞いだ。
貢ぐ先は、自分よりも高位の貴族だと、相場は決まっているのだから。
ケイはどんどんと「贈られ」ていった。
新しい場所で新たな技を覚えて、新たな知恵を得て、高貴な者たちの愛玩動物として、さらなる高みへと昇っていった。
そして少しずつ、少しずつ。
ケイは帝国で最高権力を持つ男の元へ、近づいていった。
行き着いた至上の場所は、たいそう居心地が良かった。
スルタンの後宮は、皆平等だ。
皆が、スルタンの奴隷だからだ。
生まれも出自も関係ない。
必要なのは容姿の美しさと、男を悦ばせる手管と、魅惑的な肉体だけだ。
完全な実力主義だった。
ケイは、後宮におさめられてから、ずっと一番のお気に入りであり続けた。
少女から女へ羽化する途中の危うい美しさが好みだとほざく老いたスルタンの要望に応え続けた。
十二から、十年間。
肉体は多少は年を取ろうとも、ほとんど変わることのない瞳とあどけない表情が、スルタンに愛された。
この国の人間に比べて驚くほど老けにくい自分の容姿と、帝国の女達に比べれば華奢で少女めいた薄い肉体に感謝した。
この後宮では、女達は歳をとることを酷く恐れた。それこそ死よりも老いを恐れた。
後宮に入った時は美しく可憐だった元少女達は、スルタンに愛されるために、戯れの愛を失わないために、妖術師やあやしげな薬師に頼った。そして毒のような妙薬を煽って命を散らしていったのだ。
美しかった人間達の末路を見ていたから、そんなことをしなくても済む、そしてスルタンから勧められなくても済む己のカラダに、ケイは深く感謝していた。
けれど。
十年、だ。
スルタンのすぐ側に侍り、各地の要人やその妻をもてなし、程よい我儘と程よい欲と程よい愚かさを見せ、暗殺されぬよう必死に生きてきた。
確かにそろそろ、頃合いだろう。
次代のスルタンは女よりも少年を好む人間だ。
自分の地位は危うくなる。
それならば、安全なうちに、自分もまだ美しいうちに、新しい場所で立場を固めるのが賢い。
「我が君の仰せのままに、寒い北の国へも参りましょう。そして我が国の華やかに雅な我らの文化を、知らしめてみせましょう」
生まれ持った名前もない。
気づいた時には、もう貴族の屋敷に飼われていた。
きっと、酷く幼いうちに、奴隷として売られたのだろう。
物心ついた最初の役目は、幼い少女の玩具だった。
美しい絹で何重にも縛り付けられて着飾られたり、犬のように芸をしたり、首に縄をつけて庭を散歩をしたり。
決して飼い主を傷つけない生き物として、重宝された。
少女がケイに飽きて愛玩動物が不要になると、その父親のモノになった。
様々な手管を教え込まれ、男の体に奉仕することを学んだ。
奴隷の身には過ぎた教養を拷問のように叩き込まれ、旅芸人の楽器弾きや踊り子のような真似まで教え込まれた。
ある程度形になった後は、新しい奴隷に気を取られる主人に放り出されるように、その男の妻のところへ遣られた。
そこでは礼儀作法と妖艶な身のこなし、そして女を悦ばせる術を叩き込まれた。
男よりも余程容赦のない指導に、母親や女に対する幻影は一気に消え失せた。
もとより、男に対する夢も、見てはいなかったのだが。
けれど、その時の技術は確実にケイの力となり、今の立場を築く礎となったのだから、むしろ感謝している。
最初の家では、良くしてもらえた、と思う。
それは考えてみれば当然だった。
彼らは、そのうちケイを「上の者」へ貢ぐ心算だったのだ。
心証の良い贈り物というのは難しい。
この成熟しすぎて腐敗した暑い国で、最も簡単なのは愛玩用の美しい人間だ。
異国人であれば、尚更珍重されて好まれる。
ケイは、黒髪黒目の、異邦人でもあった。
それは、きっと、奴隷に堕ちた人間としては、とても幸運なことだったのだろう。
貢物として用意する人間を、貴族は粗末には扱わない。
貢物は贈った先で気に入られることが第一であるし、気に入られれば望みを聞いてもらえる。
そこで、貢物の口から自分の家の引き立てを願ってもらわねばならないからだ。
反対に「あの男達には酷い目に遭わされました、どうか倒して下さい」などと言われれば、お仕舞いだ。
貢ぐ先は、自分よりも高位の貴族だと、相場は決まっているのだから。
ケイはどんどんと「贈られ」ていった。
新しい場所で新たな技を覚えて、新たな知恵を得て、高貴な者たちの愛玩動物として、さらなる高みへと昇っていった。
そして少しずつ、少しずつ。
ケイは帝国で最高権力を持つ男の元へ、近づいていった。
行き着いた至上の場所は、たいそう居心地が良かった。
スルタンの後宮は、皆平等だ。
皆が、スルタンの奴隷だからだ。
生まれも出自も関係ない。
必要なのは容姿の美しさと、男を悦ばせる手管と、魅惑的な肉体だけだ。
完全な実力主義だった。
ケイは、後宮におさめられてから、ずっと一番のお気に入りであり続けた。
少女から女へ羽化する途中の危うい美しさが好みだとほざく老いたスルタンの要望に応え続けた。
十二から、十年間。
肉体は多少は年を取ろうとも、ほとんど変わることのない瞳とあどけない表情が、スルタンに愛された。
この国の人間に比べて驚くほど老けにくい自分の容姿と、帝国の女達に比べれば華奢で少女めいた薄い肉体に感謝した。
この後宮では、女達は歳をとることを酷く恐れた。それこそ死よりも老いを恐れた。
後宮に入った時は美しく可憐だった元少女達は、スルタンに愛されるために、戯れの愛を失わないために、妖術師やあやしげな薬師に頼った。そして毒のような妙薬を煽って命を散らしていったのだ。
美しかった人間達の末路を見ていたから、そんなことをしなくても済む、そしてスルタンから勧められなくても済む己のカラダに、ケイは深く感謝していた。
けれど。
十年、だ。
スルタンのすぐ側に侍り、各地の要人やその妻をもてなし、程よい我儘と程よい欲と程よい愚かさを見せ、暗殺されぬよう必死に生きてきた。
確かにそろそろ、頃合いだろう。
次代のスルタンは女よりも少年を好む人間だ。
自分の地位は危うくなる。
それならば、安全なうちに、自分もまだ美しいうちに、新しい場所で立場を固めるのが賢い。
「我が君の仰せのままに、寒い北の国へも参りましょう。そして我が国の華やかに雅な我らの文化を、知らしめてみせましょう」
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