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帝国の後宮にて
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後宮に仕える侍従のような姿で離宮の廊下を歩くケイに、意識を向ける者はほとんどいなかった。
時折振り返り、不自然に視線を送ってくる人間もいたが、怪しんでいるというよりは、ケイから匂い立つ清艶な色香を感じ取った者たちだったのだろう。
彼らの目は、欲に濡れていた。
一歩一歩、離宮の中へと足を踏み入れるたびに増していくその視線は、ケイの自信と喜びを強めていった。
身分の高い者ほど強く嗅ぎ取る魅惑の香気は、ケイが持つ唯一にして最大の武器だったからだ。
「ていのいい厄介払いでしょう」
見咎められても言い訳のきく最後の領域。
高貴な者たちが過ごす空間へ踏み入れる一歩手前の庭園を横切っていると、苛立たしそうに吐き棄てる声が聞こえてきた。
「いかに美しいと言えども、年のいった愛妾を下げ渡すとは。我が国を馬鹿にしているとしか思えない!」
「おい、口が過ぎるぞ」
嗜めるような声にも苦みが混じり、不快感は隠し切れていない。
「口が過ぎる?全て本当のことでしょう!噂では、あのご高齢のスルタン様の愛妾を何十年もしてきたと聞きます。そんな老婆を与えられるとは、皇子がお気の毒過ぎる」
「いい加減にしろ!帝国内で、スルタンへの不満を口にするなど、刎頚となっても文句は言えんぞ」
押し殺した声での叱責に、ようやく若い声の憤りが静まる。
深いため息の後に、諦念混じりの落ち着いた男の声が、どこか言い聞かすような響きで聞こえてくる。
「仕方ないことだ……我らの皇国は、帝国とは比べるべくもない小国だ。正妃は隣国のご婚約者様がいらっしゃるが、……二つの国の格の差を考えれば、どのような者であっても、皇子の第一の側妃として迎えねばなるまい」
「既に純潔を失った者が側妃など、穢らわしいっ!馬鹿にするにも程が」
「やめよ!殿下のお立場を考えよ!」
吐き捨てられた若者の言葉を、苦々しげな声が切り捨てる。
「貞淑を重んじ、一夫一妻を良しとする我が国と違って、帝国は優れた者は多くの妻を持つべきとされている。スルタンに我が国を侮辱する意図はない。むしろ褒賞のつもりだろう。これは文化の違いだ。……だが」
大きな重々しいため息とともに、壮年の男の声に悲哀が混じっていく。
「殿下は十七歳。成人前でまだ正妃様をお迎えになる前から、愛を夢見ることも許されず……あの美しく気高いお方がスルタンの戯れの犠牲になるとは……」
沈痛な空気を纏い、重々しいため息とともに吐き出されるのは、主君への愛と同情だ。
「あぁ……なんとも、おいたわしい事だ」
悲しげに呟いて去っていく二つの足音は、おそらく件の皇子の元へ戻って行ったのだろう。
「ふ、くく」
随分と低い皇国側の評価に、ケイは必死に笑いを堪えた。
確かに、愛妾として上がるのには薹が立った年齢かもしれない。
けれど、自分で言うのはおかしいかもしれないが、帝国で生きた伝説のように扱われる妾妃を下げ渡されるのだ。
申し訳ないが、年齢ばかりは我慢して頂きたい。
「まぁ、スルタン様も、嫌われてるわねぇ」
会話を聞くと、帝国のスルタンが散々楽しみ尽くした後の愛妾を下げ渡されることは、彼らの自尊心をいたく傷つけたらしい。
だが、壮年の男の言う通り、スルタンには全く悪気はない。そして、彼の発想は仕方ないことでもあるだろう。
実際、王と家臣ほどに、二国の地位は離れているのだから。
愛妾を下げ渡すのは、彼にとっては何の意図もなく、ただ純粋に「ご褒美」なのだ。
「まぁ、仕方ないわね」
期待が低ければ低いほど、初めて自分と見えた時の驚きは増すだろう。
自分にとってはきっと悪くない条件だ、と思った。
時折振り返り、不自然に視線を送ってくる人間もいたが、怪しんでいるというよりは、ケイから匂い立つ清艶な色香を感じ取った者たちだったのだろう。
彼らの目は、欲に濡れていた。
一歩一歩、離宮の中へと足を踏み入れるたびに増していくその視線は、ケイの自信と喜びを強めていった。
身分の高い者ほど強く嗅ぎ取る魅惑の香気は、ケイが持つ唯一にして最大の武器だったからだ。
「ていのいい厄介払いでしょう」
見咎められても言い訳のきく最後の領域。
高貴な者たちが過ごす空間へ踏み入れる一歩手前の庭園を横切っていると、苛立たしそうに吐き棄てる声が聞こえてきた。
「いかに美しいと言えども、年のいった愛妾を下げ渡すとは。我が国を馬鹿にしているとしか思えない!」
「おい、口が過ぎるぞ」
嗜めるような声にも苦みが混じり、不快感は隠し切れていない。
「口が過ぎる?全て本当のことでしょう!噂では、あのご高齢のスルタン様の愛妾を何十年もしてきたと聞きます。そんな老婆を与えられるとは、皇子がお気の毒過ぎる」
「いい加減にしろ!帝国内で、スルタンへの不満を口にするなど、刎頚となっても文句は言えんぞ」
押し殺した声での叱責に、ようやく若い声の憤りが静まる。
深いため息の後に、諦念混じりの落ち着いた男の声が、どこか言い聞かすような響きで聞こえてくる。
「仕方ないことだ……我らの皇国は、帝国とは比べるべくもない小国だ。正妃は隣国のご婚約者様がいらっしゃるが、……二つの国の格の差を考えれば、どのような者であっても、皇子の第一の側妃として迎えねばなるまい」
「既に純潔を失った者が側妃など、穢らわしいっ!馬鹿にするにも程が」
「やめよ!殿下のお立場を考えよ!」
吐き捨てられた若者の言葉を、苦々しげな声が切り捨てる。
「貞淑を重んじ、一夫一妻を良しとする我が国と違って、帝国は優れた者は多くの妻を持つべきとされている。スルタンに我が国を侮辱する意図はない。むしろ褒賞のつもりだろう。これは文化の違いだ。……だが」
大きな重々しいため息とともに、壮年の男の声に悲哀が混じっていく。
「殿下は十七歳。成人前でまだ正妃様をお迎えになる前から、愛を夢見ることも許されず……あの美しく気高いお方がスルタンの戯れの犠牲になるとは……」
沈痛な空気を纏い、重々しいため息とともに吐き出されるのは、主君への愛と同情だ。
「あぁ……なんとも、おいたわしい事だ」
悲しげに呟いて去っていく二つの足音は、おそらく件の皇子の元へ戻って行ったのだろう。
「ふ、くく」
随分と低い皇国側の評価に、ケイは必死に笑いを堪えた。
確かに、愛妾として上がるのには薹が立った年齢かもしれない。
けれど、自分で言うのはおかしいかもしれないが、帝国で生きた伝説のように扱われる妾妃を下げ渡されるのだ。
申し訳ないが、年齢ばかりは我慢して頂きたい。
「まぁ、スルタン様も、嫌われてるわねぇ」
会話を聞くと、帝国のスルタンが散々楽しみ尽くした後の愛妾を下げ渡されることは、彼らの自尊心をいたく傷つけたらしい。
だが、壮年の男の言う通り、スルタンには全く悪気はない。そして、彼の発想は仕方ないことでもあるだろう。
実際、王と家臣ほどに、二国の地位は離れているのだから。
愛妾を下げ渡すのは、彼にとっては何の意図もなく、ただ純粋に「ご褒美」なのだ。
「まぁ、仕方ないわね」
期待が低ければ低いほど、初めて自分と見えた時の驚きは増すだろう。
自分にとってはきっと悪くない条件だ、と思った。
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