42 / 46
いつか幸せを抱きしめて〜運命の番に捨てられたαと運命の番を亡くしたΩ〜
目隠しの夜
しおりを挟む何度目かのヒートを越えた頃。
雅哉は危機感を覚えていた。
徐々に心身の健康を取り戻し始めた祐正の発するフェロモンが、耐えられないほど強くなってきたのだ。
(これは、どうにかしないと……)
ヒートを終えたばかりの祐正が、腕の中で健やかな寝息を立てているのを見つめながら、雅哉はため息をついた。
優しい花のような匂いが祐正の体を取り巻いている。
(あぁっ、くそ)
鼻腔をくすぐる甘いフェロモンに、下半身へ血液が集まっていくのを感じて、雅哉は少し腰を引いた。
寄り添い合って眠るには強すぎる刺激に、体はつい年甲斐もなく反応してしまう。
むくりと起き上がってくる素直すぎる己の分身に、雅哉は眉間に深い皺を刻んだ。
(イイ歳をして、情けない……)
うんざりと天井を睨みつけながら、情けなく膨らむ熱い主張を、気合いで無視する。
規則的に聞こえてくる愛らしい寝息を数えながら、まんじりともせず夜を明かし、翌朝。
雅哉は思い切って、寝室を分けることを提案した。
「祐正くん。寝室を分けないかい?」
「え!?」
寝室横の洗面所で顔を洗い終わったばかりの祐正は、驚いて振り向いた。
濡れた前髪が、数本額にくっついている。
「急にどうされたんです?僕の寝相、そんなに激しかったですか?くっついてしまうのが、鬱陶しかったのですか?」
不安げに睫毛を震わせている祐正の愛らしさに、雅哉は思わず前言撤回しかけた。
「い、や、そういうわけでは、ないんだが」
「じゃあ、どうして急に?何か、ご不快になったのでしょう?」
潤む瞳に、決意が揺らぐ。
しかし、ここを切り抜けないと、祐正の身の安全に関わる。
雅哉はぐっと奥歯を噛み締め、苦悩の末、恥を捨てることを決めた。
「……このままだと、我慢、できなくなるかもしれない」
顔が赤らんでいることを自覚しながらぽつりと呟けば、祐正は理解出来なかったようで、きょとんと首を傾げた。
察しの悪い祐正に、雅哉は破れかぶれで言い放った。
「だからっ、……君のことを襲ってしまいそうだと言っているんだっ」
雅哉のあけすけな言葉に、祐正は一拍おいてから「ええっ」と叫んだ。
「……雅哉様。僕のこと、オメガとして見れたんですか?」
驚愕の表情でまじまじと雅哉のこと見つめてくる祐正に、雅哉は赤くなった顔を腕で覆って隠した。
子供のような年齢のオメガを相手に欲情していると告白するなんて、恥ずかしすぎて居た堪れない。
しかも、それを確認された。
「だから、そうだと言っているだろうっ」
顔を背けながら吐き捨てるように言って、雅哉は唇を噛みしめた。
情けなさすぎて、消えて無くなりたい気分だ。
(あぁもうっ、なんで五十歳近くなって、こんな中学生みたいな辱めを受けなくてはならないんだ!?)
祐正の方に顔を向けられない。
自分に向けられる視線を感じながらも、雅哉は頑として窓の外を見続けた。
「べつに……構いませんよ?」
「え?」
ぽつりと落とされた呟きに、聞き間違えたのかと雅哉が振り向けば、林檎のように頬を赤くした祐正が俯いていた。
「初夜の時、雅哉様、仰ったでしょう?……僕が望むまで、手を出さないって。だから」
途切れ途切れの声は、恥ずかしさを堪えているのか、微かに震えている。
その、あまりに扇情的な可愛らしさに、雅哉の心臓はドクドクと大きく高鳴った。
「望んで、くれるのかい?」
カラカラに渇いた喉から問いを絞り出せは、声は色欲に濡れていた。
雅哉の欲情を孕んだ声に、祐正はふるりと震えて、暫く躊躇った後で、小さく頷いた。
「……東條様に触れられた体を、私の肌が上書きしてしまってもよいのかい?」
確認するように、一歩踏み込んで問いかければ、祐正は息を飲んだ。
黙り込んでしまった祐正に、雅哉は苦い笑みを零した。
「……まったく、無理をするんじゃないよ」
これで話を終わりにしようと、空気を切り替えるように、雅哉は明るく言った。
しかし。
「ま、さや、さまがっ、お嫌でなければ、構いませんっ」
祐正は、両手で襟元を握り込んで、真っ赤な顔で声を絞り出していた。
「いやでは、ありません」
幼子のように、たどたどしい言葉の肯定。
その健気な姿に、雅哉の理性は耐えられなかった。
「あぁ、っもう」
ガバッと力一杯抱き締めて、「どれだけ可愛いんだろうね、君は」と雅哉は八つ当たりのように呻いた。
自分に触れて欲しいと、恥じらいながらも必死に伝えようとする様子は、あまりにもいとけなく、そして、蠱惑的だった。
「帰ったら、覚えていなさいよ」
真っ赤に熟れた両頬にくちづけを落とし、雅哉は苛立ち混じりに吐き捨てた。
「あぁ、もう。なんで今日に限って……っ」
車窓に叩きつける雨粒を眺めながら、雅哉は苦々しく吐き捨てた。
早々に帰ってくる予定だったのに、突発的なトラブルが起きて、それどころではなくなった。
舌打ちをしながら対応に明け暮れ、職場を出るのが深夜になった雅哉は、正直がっくりと気落ちしていた。
ザァザァとうるさく降る雨の音が、余計に気分を滅入らせる。
「旦那様、到着致しました」
「あぁ、ありがとう。遅くなってすまなかった」
「いえ、旦那様こそ、大層お疲れのようですので、よくお休みになった下さいまし」
運転手の柔らかな労いに笑みを返し、雅哉は玄関に入る。
寝静まった屋敷の中から、主人の帰宅を待っていたらしい使用人が現れ、雅哉の荷物を受け取る。
「……さすがに、もう寝ているか」
普段なら玄関まで出迎えてくれる祐正の姿がないことに、雅哉は落胆を隠せない。
だが、もう午前零時を回っている。
仕方のないことだと割り切り、祐正を起こさないように静かに寝室の扉を開けた、のだが。
「お帰りなさいませ」
「っ、祐正」
微笑みを浮かべて出迎えてくれた祐正に、雅哉の顔へ笑みが広がる。
帰宅が遅くなる旨を伝えた上で、玄関に現れなかったということは、もう寝たのだと思っていたのに。
「……起きていたのか」
「だって……」
嬉しそうに破顔した雅哉に、祐正は膨れて、愛らしく唇を尖らせた。
恨めしそうに雅哉を見上げる祐正の頬は、じんわりと赤らんでいる。
祐正の言いたいことを理解して、雅哉はくすりと笑った。
「……待っていてくれたの?」
低い声で囁けば、体を一瞬強張らせ、そしてかすかに頷く。
そっと頬に手を当てれば、普段よりもしっとりとしている。
入念に手入れしたのだろうと察して、雅哉は笑みを深めた。
「ありがとう」
「っ、わ」
ひょい、とその場で祐正を抱き上げて移動して、寝室のベッドに下ろす。
「シャワーを浴びるのは、後でもいいかい?」
頷くのを待たず、雅哉は小さな体をシーツの中に押し倒した。
「……緊張しているの?」
「は、い、すこし」
祐正にとっては、初めての経験だ。
恐れもあるだろう。
あたう限り優しくしようと思いながら、雅哉はそっと祐正の額にくちづけた。
形の良い額、ふっくらとした頬、すらりと長い首。
順番に辿り、祐正の火照った体を守る、薄い布に手をかける。
そっと夜着を脱がせれば、下にあるのは、滑らかな肌だ。
薄い胸、腹筋のない腹、小さな臍、そして。
びくり
下着を脱がそうとした手に、祐正はわずかな抵抗を見せ、体を強張らせた。
「怖い?」
性急な手を引き戻し、優しく頭を撫でれば、祐正は小さく頷く。
潤んだ瞳には、僅かばかりの怯えを滲ませていた。
「少し、急ぎすぎたかい?イイ歳をして、がっついてしまったかな。いやだった?」
祐正の恐れを払拭しようと、敢えておどけて尋ねれば、祐正は困惑と混乱を載せた顔で首を傾げた。
「わ、かりません、私は、悠一郎様の手しか、知りませんので」
「っ、そ、うか」
他意のない、純粋な返答が、雅哉の胸を突き刺した。
この白い肌は、九十を過ぎた老人が己の情欲などとは無関係に、ゆっくり、やさしく、この上ない愛情をもって愛で、慈しんだものなのだろう。
その美しい記憶が刻まれた肌なのだ。
祐正は、雅哉が欲望のままに散らして良い花ではない。
鈍く重い痛みを抱きながら、雅哉はそっと祐正から顔を離した。
歪んでいる表情を見られたくなくて。
「ねぇ、祐正くん」
震える肩から己の手をそっと遠ざけて、雅哉は優しく話しかけた。
「目隠しをしようか」
窓の外では、雨が強く地面を打っている。
黒い雲に隠れて、月は見えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる