生まれる前から一緒の僕らが、離れられるわけもないのに

トウ子

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「やめて、なんて言っておいて、悠くん、ちっとも抵抗していないじゃないの」
「やっ、あっ」

くすくすと笑いながら、ペロリ、と首筋を舐められる。
思わず漏れた嬌声に、僕は絶望を深くする。

「ふふふ!かわいいこえ!」

嬉しげな呟きとともに、どんどん下へと這っていく唇と舌、吹きかけられる淡い吐息。
そんなものにビクビクと体を震わせながら、僕は涙を堪えて、もう声はこぼすまいと唇を噛んだ。

なぜ、こんなにも。
僕は、僕らは、快楽に弱いのだ。

「あら、トロトロね」
「ゃっ、あ!」

ふぅふぅと懸命に息を吐きながら、悦を堪えることに集中していた僕は、気づけば下まで脱がされていた。
嬉しそうに突っ込まれた、女性にしては長い指。
瞬よりも細い指は、繊細な動きで僕の内壁をくすぐっていく。
瞬とは全く違う、予測のできない動きだ。

「いやぁ!」

ヒートの熱の中で与えられる慣れない快感は、僕の脳を狂わせた。
逃げ出したいのに逃げられない。
体が熱い。熱を放ちたい。アルファに受け入れられたい。アルファを受け入れたい。……僕の、中へ。

「ぁ、あっ、ぁあ!」

子供のように泣きじゃくりながら、それでも僕は逃げようともがいた。
ずりずりと上に這い、快楽から逃れようと。

「あぁっ、もう!我慢の限界だわ!」

けれど僕の些細な抵抗は、簡単に封じられる。
がばりと開かれた脚の間に膝立ちした池田は、ロングスカートをたくし上げ、聳り立つアルファの証を見せつける。

「急かさなくても、いれてあげる!」
「いやだぁあああ!」
「っ、悠!!」

絶望の悲鳴を上げた時、扉が開いた。

「な、にやってるんだ!池田、悠を離しなさい!」
「いやよ!これは同意の上だわ!アンタたちが離れなさい!」

僕の上から引き剥がされた池田は、事務所スタッフに羽交い締めされながら暴れている。
完全に理性を失っている様子で、普段の面影はなかった。

「悠、大丈夫!?」
「だ、いじょ、ぶ、……ギリギリ、未遂」

僕は真っ青な顔をした瞬の腕の中で、震えながら必死に言った。

「よくせ、ざい、ちょ、だい」
「あ、あぁ!もちろん!」

慌てた瞬が、すぐに錠剤を取り出し、僕の口に放り込む。
僕は必死に薬を噛み砕き、慣れ親しんだ匂いの中で深呼吸を繰り返した。

「しゅん、どうして?」

徐々に落ち着いてきた呼吸の中で、質問を絞り出せば、瞬は僕の背中を優しく叩きながら答えた。

「撮影に現れるのが遅いから、おかしいと思ったんだ……間に合って、良かった」
「うん……」

僕は、助かったのだ。
そう理解して、じわりと視界が滲む。

怖かった。
とても、怖かったのだ。
アルファに逆らえないオメガの性を、快楽を求める本能に逆らえないオメガの性を、容赦なく叩きつけられて。

僕はとても怖かったのだ。








撮影は延期となり、僕らは事務所に連れ戻された。
僕ら二人だけを前にして、社長は大きなため息をついてから話し始める。

「今回、抑制剤を飲む暇もないほどの、突然のヒートに襲われたがゆえの、なのかと思っていたけれど……」

一度口を閉し、社長は眉間に深い皺を刻んで額を押さえる。
そして酷い頭痛がすると言いたげな顔で押し黙り、しばらくしてから再び口を開いた。

「部屋を調査したら、ヒートを誘発する媚香が炊かれていた、らしい」
「っ、な」

隣に座る瞬が息をのむ。
けれど僕は、「やはり」という感覚だった。
全くなんの予兆もなく、部屋に入った瞬間に訪れた、発情のピーク。
普通であればありえないのだ。

「君たちを陥れようという悪意ある人間か、もしくは、…… ヒートを起こした君たちと鉢合わせたかった熱狂的なファンがいたか、だね」

後者の可能性はほとんどあり得ないと思っているのだろうに、社長は僕らを和ませようとするように、ふざけた口調で付け足した。

「一体どこの怒りを買ったんだか。まぁ、人気者の証だからね。君たちを売り出すの、ちょっと頑張りすぎちゃったかなぁ?あはは」

冗談めかして笑い声をあげてから、社長は優しく苦笑するように目を細めた。

「ちょっと、疲れただろう?……二人とも、しばらくお休みするかい?」

その提案に僕らは俯き、暫くしてから頷いた。
翌日、僕らの活動自粛が発表された。
これでやっと、少しは穏やかになる、と思った。




しかし、その翌週。
紙のように真っ白の顔色をした社長が僕らを呼び出した。

「ナガヤから、CMの、依頼が来た。……自粛を発表した、直後なのに」

いつでも陽気でへこたれない社長が、カタカタと震えながら、幽鬼のような顔を向ける。

「……ねぇ、君たち。まさか……」

絶望を音にしたような声で、社長は尋ねる。

「ナガヤに、逆らったのかい?」

息を飲み、ソファに座り込んだ社長を前に、僕たちは、力なく項垂れるしかなかった。



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