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ここは、王子様を真に愛する人間のアカウントです。
しおりを挟むとあるSNSで、一つのアカウントが開設された。
『ここは、王子様を真に愛する人間のアカウントです。』
紹介文はその一言。
アカウントの名前は『エス』。
誰を応援するとも言わず、ただ日々『王子様』への愛を呟いている。
「あの変なアカウント、すごいよね」
「うん、ちょっと異常だよね」
そう囁かれるようになった頃、フォロワー数は十万を越えていた。
応援する相手の名前を出すことは一度もなかったが、彼もしくは彼女の崇拝する『王子様』が時野瞬であることは明らかだった。
時野瞬が雑誌に載れば、必ず一つ一つの言葉にコメントし、それぞれを深く考察する。
時野瞬がテレビに出れば、必ず彼を褒め称え、素晴らしい才を持つ彼の未来を寿ぐ。
トークや演技、ダンスに歌、あらゆる分野で紡がれる細やかで的確な称賛は、ただのファンによるものとは思えなかった。
複数の業界人が運営しているアカウントなのではないか、という声も囁かれた。
そのアカウントが取り上げるのは、本人の出演や掲載だけではない。
メディアに取り上げられた時野瞬の評価や、彼に関するコメントは、全て拾い上げるのだ。
どんな些細なことであっても。
しかし、必ずその隣にいるはずの、時野悠に対するコメントは一切ない。
時野瞬についてだけを拾い上げ、語り、称える。
その徹底した無視は常軌を逸しており、明らかに異常だった。
次第に、そのアカウントの主は一般のファンから、尊敬と畏怖と、そして嫌悪を込めて、『信者』と呼ばれるようになった。
「ねぇ、知ってる?あの『信者』、裏アカがあるらしいよ」
「わぁ、怖いもの見たさで、ちょっと見てみたい」
招待制の鍵アカウント。
限られた者……王子様を真に愛する者だけが集うそこでは、時野瞬への盲目的な賛美と、時野悠への狂気じみた憎悪が渦を巻いていた。
瞬と悠を比較して、瞬を神の如く讃え、悠を徹底的に貶める。
悠さえいなければ、瞬はもっと上を目指して羽ばたけるのに。
足手まといの悠が邪魔をするから、瞬はあんな立場に甘んじなければならない。
あの邪魔者のせいで、瞬は適切に評価されることなく、それどころか、理不尽な暴力をあびているのだ。
「シュンを助けなければ」
瞬への神聖視、そして悠への殺意にも近い過剰な憎悪。
それらが合わさり、SNS上で力を持ち始める。
「シュンこそが天使」
「天使と呼ぶのにふさわしいのは、シュンだけ」
「横にいるもう一人は悪魔だ」
「あいつはシュンを不幸にする」
「悪魔は、滅ぼさなければ」
憎しみは憎しみを呼んでどんどんと巨大化し、そして闇は深くなる。
ほんの少しの種火が投下されれば、全てを破壊する大爆発を起こしそうなほどに。
「……くく、あははははっ」
アカウント管理画面を眺めながら、真っ暗な瞳で僕は笑った。
あぁ、なんて単純な世界だろう。
反応を見ながら少しずつ、普通のファンなら知るはずもないような情報を紛れ込ませ始めれば、鍵アカウントのフォロワー達はにわかに浮き立った。
「信者さん、あなたは、ただの追っかけじゃなかったの?」
「彼らに近しい人間なのか?」
「それなら」
歓喜と期待が渦を巻く。
「あなたがいれば、アイツを排除できるかもしれない」
『信者』は、どんなコメントにも、一切反応を返さない。
その正体は謎に包まれている。
それにも関わらず、フォロワー達の間に興奮は加速していく。
それは徐々に鍵アカウントの外へも広がり、憶測と妄想は様々な噂を呼んだ。
「なんだか、またおかしなことになっているらしい」
KOTO芸能事務所にも不穏な噂は届き、事態を重く見た社長は更に警戒を強めた。
その結果、二人の周りには、これまで以上に目が光らされるようになる。
「妙な扇動をしている奴がいるみたいだから、身の回りの、慣れた人間にも注意しなさい。誰も信用してはダメだよ」
そう言われ、悠は瞬と目を見合わせて苦笑した。
もともと自分たちは、他人など信用していないのに、とでも言いたげな顔で。
その夜。
『彼らを取り巻く警備が厳重になりました。良いことですね。我々の王子様が日々、つつがなく安寧に暮らせますように』
鍵アカウントには、そんな情報がさらりと告げられていた。
『一番の害虫も、早く駆除してくれたら良いのに』
『信者』の呟きの真意を察したフォロワー達が、ますます色めきたったのは、言うまでもない。
「くくくっ」
暗い部屋の中、狂ったような声で笑って、僕はスマートフォンの画面を見つめながら目を細める。
社長から与えられたのは、心底馬鹿馬鹿しい忠告だった。
周りの人間?
そんなもの、僕たちは元から信用などしていない。
そもそも、ただ近くにいるだけの彼らに、こんなに瞬のことが分かるわけないだろう?
瞬の本当の素晴らしさを知る僕だから、これほど詳しく、そして正確な賛美を紡げるのだ。
「あぁ、待ち遠しい」
僕の呟きに同調した人間達は、なにかきっかけがあれば、すぐにでも行動を起こすだろう。
時野悠を、排除するために。
「いいかんじ……」
瞬の幸せのためなら平気だ。
僕は君のためならなんでも出来るのだから。
僕の存在が、瞬の幸せの妨げになってしまうなんて、許せない。
そんなの、考えるだけで反吐が出そうだ。
でも、大丈夫。
「待ってて、悠」
もうすぐ僕を排除してあげるからね。
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