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これだからガキは!

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「ねぇ智さん!つがいましょうよ!」

連日のように我が家を訪れては、馬鹿で憐れな佑希少年は俺を口説こうとしている。美辞麗句なんて知らないコドモなので、ただひたすらに
「好きです!」と「愛しています!」と「番いましょう!」しか言わないが。

「お前、番うの意味もわかってねぇだろ!」
「分かってますよっ!それくらい、常識です!」
「へぇー?」

やけに胸を張って答えるガキに、意地の悪い気持ちになった俺は、「じゃあ、説明してみろよ」と薄く笑った。相手にするのが面倒臭すぎて、言葉に詰まるだろうコドモを虐めて、黙らせようとしたのだ。
しかし。

「はい喜んで!」
「は?」

キラキラ輝く笑顔で居酒屋のような返事をされて、俺は固まった。ギョッとしている俺に佑希はぐいっと近寄って、俺の両手を握りしめる。そして、つぶらなお目目を爛々と輝かせながら、嬉々として口を開いた。

「番うとはですね!僕の可愛い欲望の剣を智さんの愛の鞘におさめ、うなじに永遠の牙を突き立てることです!いかがですか智さん、あなたの蜜壺を僕の優しいスティックで掻き回して、愛を滴らせてみませんか!?」
「いや待てどこでそんな表現を学んだ!?」

あまりにも流暢に、まるでふざけた官能小説のような台詞を吐くもんだから、俺は目を剥いてソファーから飛び上がった。どこのどいつだ、こんな幼気な子供ガキに、そんなことを教えたやつは!

「それはですねぇ、坂月家の対アルファ性教育実践訓練家庭教師の」
「わああああああ!言うな!聞きたくない!知りたくない!」

坂月家は何やってんだ!?
それともアルファって皆そう言う感じなの!?

佑希はにこっと子供らしい顔で笑って、意味不明…………というか意味を理解したくない説明をしてくれようとする。やけに堂々と振る舞う小学生に、何故か俺の方が真っ赤になって焦りまくってしまった。

「もうお前は黙れ!ちっくしょう、精通もまだ来てないくせに何言ってんだマセガキ!」
「せいつう…………?」

両手で耳を塞ぎ、悔し紛れに吐き捨てれば、佑希はキョトンとした顔で首を傾げた後に、パッと顔を綻ばせた。

「精通来たら良いんですね!?」
「ダメに決まってんだろ!?」

満面の笑みを浮かべる十歳児に、ハタチも過ぎたオトナの俺が赤くなって喚く。年甲斐もないとは思いながらも、俺は根が真面目で冗談が苦手なのだ。このチビの勢いに振り回されてしまって、どうしようもなかった。

「えー、いいじゃないですか!だって、精通来たらアルファはオメガをイかせられるって見まし」
「な に を 見 た!?」

教師に教わったとは思えない、あまりにも適当かつ杜撰なオメガへの理解に、俺は思わず真顔になって佑希に詰め寄った。
そんな考えで育つな!なんちゅうモラハラ自己中セックス予備軍だよ!

「えっ…………っと、なんていうかぁ、アダルティな動画…………みたいな?」

さすがにマズイと思ったのか、それまでの威勢が何処へやら、ウロウロと視線を彷徨わせながら言う佑希に、俺は真っ赤な顔で叱りつけた。

「未成年が何見てんだ馬鹿野郎!」
「だって僕の部屋に!義兄のコレクションが残ってたんだもん!僕悪くないもん!あったら見ちゃうもん!だってオトコノコだもん!」

ぷんぷん、と頬を膨らませて、佑希は可愛らしく不平を訴える。しれっと責任を逃れようとする佑希と、そして佑希が暮らすに俺は頭を抱えて絶叫した。

「坂月家はマジでいい加減にしろ!また育て方間違えるつもりか!?」






また、ある日は。

「ねぇ智さん!」
「うわっ!」

知らぬ間に家の中に入り込んでいた佑希が、読書に集中していた俺の足の間から現れて言った。

「ココ、舐めて良い?」
「だ め に 決まってんだろ!?」

満面の笑みで、股間のチャックに手をかけている佑希の頭を叩き、俺は能天気な馬鹿面に向かって強く吐き捨てた。
いつの間にか屋敷の人間達を味方につけた佑希は、最近顔パスで玄関を通り抜け、我が家を闊歩している。俺の部屋までフリーパスなのは本当に勘弁して欲しい。いくら体重35キロほどのお子様相手とはいえ、一応こいつだってアルファなのだ。いつ寝込みを襲われるかと思うと気が気ではない。

「えー、だって僕、まだ当分精通来なさそうなんだもん!」

ぷぅ、とほっぺたを膨らませる佑希に、俺は引き攣り笑いを浮かべて、プスリと膨らんだ頬を突いた。

「そりゃそうだろうよ!お前この前まで幼児だっただろうが!」
「そこまでガキじゃないよ!?僕、年齢二桁だからね!?」
「二桁になったばっかりだろうが!」

二桁、すなわち、やっとこさ十歳だ。何を威張ってるんだ、このガキは。
我ながらあまりに低レベルな言い争いにため息をつき、無視を決め込んで読書に戻ろうとすると、佑希はしれっと俺の横に腰掛けた。

「ちなみに智さん、僕と初夜を迎えるに当たってなんだけども」
「は?なんて?」
「初夜を迎えるに当たってなんだけども」
「迎えないからな?」
「まぁもうすこぉし先の話だけどさ」
「話を聞け?」

マジで人の話が聞けない子だな、こいつ学校で友達いるのか心配になるぞ。
俺は頭痛を堪えながら、読書を諦めて佑希に向き直った。こいつは俺が相手をするまで話をやめない。

「智さんとしてはさ、僕がストイックに鍛錬して、スーパーテクニシャンになってた方が嬉しい?」
「…………は?」

本を机に置こうと手を伸ばした姿勢のままピタリと停止した俺の前で、佑希は「それとも」と続ける。

「まっさらチェリーボーイで、智さんに初めてを捧げた方が嬉しい?」
「チェッ、いや、ストイックに鍛錬とは!?ってかお子様が何言ってんだ!?」

頭に一気に血液が集まってくる。動揺と混乱のあまり叫んでしまい、「こいつといると俺は情緒不安定すぎる」と思って、改めて嫌になった。

「え、だから、そういう生業の手慣れたオメガサマのところに行って、せっせとシコシコズコバコ練習を」
「やめろ!!そんな可愛い顔でそんなえげつないことを言うんじゃねぇ!!」

聞きたくない!と騒いで、俺は両耳を両手で塞ぐ。佑希は不満そうに唇を尖らせ、眉を吊り上げて俺の両腕にぶら下がってきた。

「義兄とはズッコンバッコンしまくってたんでしょー!?なんなの?なんでそんな真っ赤になるの?初心な顔するの?僕を誘ってるの!?」
「ガキが真顔で迫ってくるなー!」

泡を吹きそうになりながら、佑希の子供のくせに整いまくった顔を必死の力で引き離す。

「智さんは僕が他のオメガと裸と裸のぶつかり合いしても良い?」
「黙れ!ガキはガキらしく相撲でも取ってろ!」
「粘膜と粘膜の懇ろなディスカッションしても良い?淫らで野生的なお突き合いをしても良い?」
「だまれぇええええ!ガキのくせに変なこと言うなぁあああ!!」

動揺と羞恥にそろそろ泣き出しそうな俺を眺めて、佑希は呆れたように首を振った。

「もう!可愛い顔してさぁ、智さんの方が子供みたい。婚約者がいるアルファなら、こんなもんだよ?」

腕を組んで「困った人だねぇ」とか抜かす大人ぶったガキを、俺は涙目で睨みつけた。

「婚約者じゃねぇ!俺は了承していない!」
「まったく、意地っ張りだなぁ」

やれやれ、と肩をすくめる仕草がやけに様になっていて嫌になる。こいつは確かに優れたアルファなのだろう。こんなチビでもちゃんとカッコイイ。むかつく。

「まぁいいや、僕も智さん以外のオメガに触りたくないし。とりあえず参考文献と動画で勉強するよ。…………実地で勉強した義兄よりヘタでも呆れないでね?」

ちょっと不安そうな顔で見上げてくるのが思いの外に可愛くて、不覚にも若干キュンときた。

「う、るせぇ!そもそも初夜なんか迎えねぇから大丈夫だよ!」
「もぉ~頑固なんだからなぁ」

ふぅ。
ちょっと絆されそうになった。
危なかった。

俺はわりと政略的な意味で大事な体なので、気軽にヒートを起こしてアルファと番う訳にはいかない。

俺は、違法薬物スレスレの超極力な抑制剤を飲んでヒートを抑え続けた。
わりとしんどかったが、俺は耐えた。
大丈夫、一年の辛抱だ。一年経てば……!
そう信じて。

けれど。





「今日も今日とて最高に愛しています!一刻も早く結婚してください!」
「何でだよ!」

薬の効果が全然切れないという恐るべき事実に俺が震え上がるのは、アイツと初めて会った一年後のことだった。

「アイラブユー智さんっ!マイ・スイートハート!」
「変な英語を喋るな!黙れっ!!」

なんとアイツは、一年間全く同じテンションで俺に求愛し続けたのだ。

「いや、子供だから効き目が長持ちしてるんだろ……でも、二年経てばさすがにきっと……!」

そう思ってもう一年耐えた。
しかし。

「結婚してくださぁあああい!我が最愛の永遠の恋人の智さぁああああんっ!」
「何でまだ効果切れないんだよ!?」

まさか子供には薬効が強すぎて、一回飲んだだけなのに依存状態になってしまっているのか?
そう悩み、薬をうかつに放置していた自分を責めて、病院に連れて行こうとしたこともあった。だが、本人と周りに止められて断念した。

「すっごく愛してます!結婚して下さい!」
「黙れガキ!薬のせいだよ!」
「こんなに愛してるのにー!」
「お前薬効きすぎ!」

そんなことを何百回と繰り返した後で、俺は知った。




この能天気少年が、実は最初から薬を飲んでいなかったことに。
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