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エピソード1
漢前な床上手。(3)
「甥っ子がね、お友達が欲しいって言うんだ。
でも、父が……ああ、彼にとっては祖父なんだけれど、友達は不要って考えの人で。
それなら、世話係を連れていこうと思って……それで……」
「オレにその甥っ子の世話係をさせたい、って言うのは分かった。
だけど、なんでオレなんだ? 他にも相応しいヤツはいるだろ。
見ての通り、オレはろくでもない生まれだ。お前みたいな身分高い相手の世話を焼ける立場にはない。学だってねぇし」
「仕事なら屋敷についてから覚えればいい。
それよりも大切なのはタフで、意思が強くて、約束事を守れること。
世話焼きで、情に厚くて、責任感があること。
あとは……戸籍がないこと。
いろんな街を探し歩いたよ。そうして見つけたんだ。君を」
「……普通、世話係にするなら身元がしっかりしてる奴だろ」
「身元がしっかりしてると、凄く面倒なんだよ」
「面倒」
「うん。面倒」
あっけらかんと頷く男に、口の端が引き吊るのを感じた。
「……確かにオレは戸籍を持ってない。それなりに口も固いと思うし、まあ、健康体だ。
だけど、世話焼きだとか、情に厚いとか、その辺については、条件を満たしているとは思えない」
「そんなことはないよ。
10歳の頃、君が傭兵になって各国を巡っていたのは家族を支えるためだったんだろう?」
オレはハッとして顔を上げる。
目があった男の瞳は、真っ黒なガラス玉のようだ。
「そして、お母さんが亡くなって……傭兵を止めた。
お母さんの死に目に会えなかったのが、つらかったんだよね。それに、傭兵は命の保証はない。だったら、こうして体を売って生計を立てた方が、家族の側にもいられるし、長く稼ぎ続けられるって君は考えたんだ」
熱っぽく語られたことに、背筋が寒くなる。
彼の言ったことは、ほぼ……いや、全て正しい。
「……お前、ホントになんなんだよ」
「お金なら、いくらでも払うよ。だから、お願いだ。甥っ子を、君の弟や妹みたいに愛してあげて欲しい。
君の全てをかけて、愛して、世話を焼いて欲しい」
「バカ言え。弟も妹も家族だ。他人とはわけが違う」
「確かに違う。でも、君なら愛せるよ。
だって、そうすれば……君の家族は幸せになれるんだもの。
お金があれば、戸籍を買うことができる。戸籍とお金があれば、ちゃんとした病院に行けるし、学校にも行ける。学校に行ければ、仕事が選べる。未来を選べる。
今のまま、君が全てを捧げても君の望む未来は手に入らない」
知れず、オレは奥歯を噛みしめていた。
「僕が君の代わりに、君が与えたくて与えられなかったものを、君の家族にあげる。
だから、君は……妹や弟に注いだ愛情を、僕の甥っ子に与えて欲しい」
「……そんなこと、簡単にできるかよ」
そう吐き捨てながらも、納得しかけている自分がいた。
正直、この生活を続けたとしても、戸籍を買うどころか、この街からだって抜け出せない。日々の生活をしていくだけで、精一杯なのは事実だ。
……冷やかしかもしれねぇ。詐欺かもしれねぇ。
そのどっちかじゃなかったら、むしろ……かなりヤバイ。
どんな目に遭うか想像もつかねぇけど、とにかくヤバイ。
男は生死を問わずに、オレを連れ帰ろうとした。
世話係とは言うが、それすらオレの考えている「世話係」と同じかどうかも怪しい。
――それでも。
オレはずっと願っていたんだ。……こんな、革命的な奇跡が起こることを。
握り締めた手をゆっくりと解していく。ついで服の裾で、手のひらの汗を拭った。
「……もちろん前金も、提示した額を貰えるんだよな?」
「前も後も、君の望むように望む額を払うよ」
試しにオレは自分が生涯かけて稼げる金額の倍を前金として提示してみた。
男は何の躊躇いもなく頷いた。
「まじか」
「交渉成立ということで、いいかな?」
「……ああ」
男が手を差し出す。
握り返せば、その手は氷のように冷たかった。
「それじゃあ、気持ちが変わる前に出発しよう」
「それなんだけど、出るのはギリギリまで待って貰っていいか。
家族をちゃんとした街に移してやりたい」
たぶん、オレとこの男……彼を取り巻く環境との間には、様々な価値観について致命的なズレがある。命の重さを含めて。
「オレが弟妹たちに出来ることは、これで最後だからさ」
そう続けると、男は小さく吐息をこぼした。
それから、彼は目深く被っていたフードを脱いだ。
「あはは。やっぱり、僕の目に間違いはなかったみたいだ」
肩口で切りそろえられた、漆黒の髪が揺れる。
「とても助かるよ。僕、賢いニンゲンって好きだ」
男は声を上げて笑った。
彼の笑顔はあまりに美しくて凶悪だった。思わず跪いて頭を垂れてしまいたくなるような、暴力的な美、とでも言おうか。
オレは、周辺の気温がグッと下がるのを感じた。
でも、父が……ああ、彼にとっては祖父なんだけれど、友達は不要って考えの人で。
それなら、世話係を連れていこうと思って……それで……」
「オレにその甥っ子の世話係をさせたい、って言うのは分かった。
だけど、なんでオレなんだ? 他にも相応しいヤツはいるだろ。
見ての通り、オレはろくでもない生まれだ。お前みたいな身分高い相手の世話を焼ける立場にはない。学だってねぇし」
「仕事なら屋敷についてから覚えればいい。
それよりも大切なのはタフで、意思が強くて、約束事を守れること。
世話焼きで、情に厚くて、責任感があること。
あとは……戸籍がないこと。
いろんな街を探し歩いたよ。そうして見つけたんだ。君を」
「……普通、世話係にするなら身元がしっかりしてる奴だろ」
「身元がしっかりしてると、凄く面倒なんだよ」
「面倒」
「うん。面倒」
あっけらかんと頷く男に、口の端が引き吊るのを感じた。
「……確かにオレは戸籍を持ってない。それなりに口も固いと思うし、まあ、健康体だ。
だけど、世話焼きだとか、情に厚いとか、その辺については、条件を満たしているとは思えない」
「そんなことはないよ。
10歳の頃、君が傭兵になって各国を巡っていたのは家族を支えるためだったんだろう?」
オレはハッとして顔を上げる。
目があった男の瞳は、真っ黒なガラス玉のようだ。
「そして、お母さんが亡くなって……傭兵を止めた。
お母さんの死に目に会えなかったのが、つらかったんだよね。それに、傭兵は命の保証はない。だったら、こうして体を売って生計を立てた方が、家族の側にもいられるし、長く稼ぎ続けられるって君は考えたんだ」
熱っぽく語られたことに、背筋が寒くなる。
彼の言ったことは、ほぼ……いや、全て正しい。
「……お前、ホントになんなんだよ」
「お金なら、いくらでも払うよ。だから、お願いだ。甥っ子を、君の弟や妹みたいに愛してあげて欲しい。
君の全てをかけて、愛して、世話を焼いて欲しい」
「バカ言え。弟も妹も家族だ。他人とはわけが違う」
「確かに違う。でも、君なら愛せるよ。
だって、そうすれば……君の家族は幸せになれるんだもの。
お金があれば、戸籍を買うことができる。戸籍とお金があれば、ちゃんとした病院に行けるし、学校にも行ける。学校に行ければ、仕事が選べる。未来を選べる。
今のまま、君が全てを捧げても君の望む未来は手に入らない」
知れず、オレは奥歯を噛みしめていた。
「僕が君の代わりに、君が与えたくて与えられなかったものを、君の家族にあげる。
だから、君は……妹や弟に注いだ愛情を、僕の甥っ子に与えて欲しい」
「……そんなこと、簡単にできるかよ」
そう吐き捨てながらも、納得しかけている自分がいた。
正直、この生活を続けたとしても、戸籍を買うどころか、この街からだって抜け出せない。日々の生活をしていくだけで、精一杯なのは事実だ。
……冷やかしかもしれねぇ。詐欺かもしれねぇ。
そのどっちかじゃなかったら、むしろ……かなりヤバイ。
どんな目に遭うか想像もつかねぇけど、とにかくヤバイ。
男は生死を問わずに、オレを連れ帰ろうとした。
世話係とは言うが、それすらオレの考えている「世話係」と同じかどうかも怪しい。
――それでも。
オレはずっと願っていたんだ。……こんな、革命的な奇跡が起こることを。
握り締めた手をゆっくりと解していく。ついで服の裾で、手のひらの汗を拭った。
「……もちろん前金も、提示した額を貰えるんだよな?」
「前も後も、君の望むように望む額を払うよ」
試しにオレは自分が生涯かけて稼げる金額の倍を前金として提示してみた。
男は何の躊躇いもなく頷いた。
「まじか」
「交渉成立ということで、いいかな?」
「……ああ」
男が手を差し出す。
握り返せば、その手は氷のように冷たかった。
「それじゃあ、気持ちが変わる前に出発しよう」
「それなんだけど、出るのはギリギリまで待って貰っていいか。
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たぶん、オレとこの男……彼を取り巻く環境との間には、様々な価値観について致命的なズレがある。命の重さを含めて。
「オレが弟妹たちに出来ることは、これで最後だからさ」
そう続けると、男は小さく吐息をこぼした。
それから、彼は目深く被っていたフードを脱いだ。
「あはは。やっぱり、僕の目に間違いはなかったみたいだ」
肩口で切りそろえられた、漆黒の髪が揺れる。
「とても助かるよ。僕、賢いニンゲンって好きだ」
男は声を上げて笑った。
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オレは、周辺の気温がグッと下がるのを感じた。
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