人狼坊ちゃんの世話係

Tsubaki aquo

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エピソード7

悪夢残滓(3)

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『夜遊びしていると、ヴァンパイアに攫われるぞ』
『悪い子は、人狼の餌にしちまうよ』

 子供の頃、よく大人たちから聞いたセリフ。

 歳を重ねれば、それが聞き分けのない子供をコントロールするための方便なのだと分かる。
 人狼もヴァンパイアも空想の産物で、いるわけがない。
 信じて疑わなかった。それが、今、あっけなく覆された。

「人狼と、ヴァンパイア……?」

「はい。ヴァンパイアの母と、彼女に仕えていた人狼の父……
 血統を重んじるヴァンパイアにとって、異種交配は禁忌です。
 二人は駆け落ち同然で結ばれて……僕が生まれました」

 ユリアは寂しげに自身の両手を見下ろした。

「僕は、母からはヴァンパイアの魔力と特性を、
 父から太陽や銀を跳ね除ける強靭な体を引き継いだ。
 祖父は世間体を、それ以上に、僕の体質を憎みました。……当たり前ですよね。
 切り刻んでも再生する、朝日を浴びてもビクともしない、昼も夜も関係なく動ける、
 銀すらものともしないヴァンパイアなんて」

 彼は諦めたような微笑みを浮かべて、肩を竦める。

「祖父は僕の力を封じ、この屋敷に閉じ込めたんです」

「力……じゃあ、あの獣は……」

「はい……力は人格を持っています。
 普段は眠っていますが、
 力が祖父の封印を上回る満月の夜になると、僕の体を乗っ取ろうとする」

 ユリアは一度言葉を区切ると、袖の上から手首を撫でた。

「痛みを感じる間だけ、僕は僕でいられた。
 だから、自分の意識を保つために、手首を……
 でも、この間はうまくいかなかった。たぶん力が大きくなりすぎたんです。
 ……次の満月も、きっと僕は負けてしまう。自信が、ありません」

 掠れた声で呟き、ユリアが悄然と項垂れる。

「だから……もうあなたとは一緒にいられないんです。
 あなたを危険に晒したくない」

「オレを傷つけたのはお前じゃねぇよ」

「僕ですよ。僕が」

「違う」

 自分でも驚くほど大きな声が出た。
 ユリアがビクリと体を震わせる。
 オレはゆっくりと、語り聞かせるように言葉を続けた。

「……事情は理解した。
 でも、オレはお前の世話係だ。
 お前が助けを求めてるのに、それを無視して出ていくなんてできねぇ」

 一人で消えていくのを待つだけなんてあんまりだ。

「この前みたいなことにならないように、オレも気をつける。
 ヤツが出てきそうになったら、すぐ避難する。
 この前は、何も知らなかったからどーしよーもなかったけど、
 色々対策立てれば逃げるくらいは出来ると思うんだ。
 だからさ、一緒に探そう。アイツを抑える方法」

 ユリアの祖父が何もしていないとは思わない。
 だけど、人間であるオレでした手に入れられない情報もあるんじゃないか。

「諦めんなよ、ユリア。一緒に足掻くぞ」

「あなたは、どうしてそこまで……」

「言ったろ。世話係だからだって」

「仕事熱心過ぎますよ」

 ユリアが小さく噴き出す。

「はは、真面目なのはお互い様だ」

 やつれた顔に安堵が滲んでいくのを見て、
 オレはいつものように腕を広げた。

「ほら、来い」

「……はい」

 ユリアが嬉しそうに顔をくしゃりとさせ、オレに腕を伸ばす。

 ――その瞬間。

「……っ」

 ユリアの体が、白い獣と重なった。

 ぅ、あ

 全身の毛穴が開いて、冷や汗が吹き出る。

 血が。
 痛みが。
 快感が。

 残虐な眼差しが。
 アイツの哄笑が脳内にわんわんと響いて、
 悲鳴のような恐怖が、足先から、脳天へと突き抜けた。


「バンさん」


 声にハッとしてオレは顔を上げる。

「な、なんだ?」

「僕が、怖いですか?」

「は……なに言って……」

 怖いはずがない。怖いはずがないんだ。
 だってオレは、お前のこと……
 だから怖いなんて、ない。

 体がすくむ。
 吐き気が込み上げてくる。

 ……なんでだよ。さっきまで、平気だったのに。
 なんで。なんで、なんで、なんで!

 舌が引き吊ったように、何も言えなかった。

「……バンさん、ありがとう。
 僕なら、大丈夫だから」

 ユリアが笑おうとして失敗する。それからそっとオレから手を離した。
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